晴れぬ翳りは決して無し
さっちゃんの人私は何をしているのだろうか。
「ご注文をお聞きする」
「柴関ラーメン1つ、チャーシュー麺1つで」
「柴関が1、チャーシューが1。了解した」
「おおサッちゃん、オーダーメモつるしたら4番に注文持っててくれ」
厨房へ戻ると、そう言って大将は湯切りをしながらカウンターに置かれているラーメンを指さす。そのオーダー品をトレイに乗せて、厨房を出る。
それと入れ替わるように、オーダーを受けたシロコが戻ってきた。
「ん、大将。7番から追加注文」
「あいよー!」
私は今、避難所でラーメン屋のバイトしていた。
シャーレの保健室で目を覚ました後、私は部屋に入ってきた少女――砂狼シロコからなぜ私がシャーレの保健室に寝かされていたのか聞かされた。
どうやら路地でダメになっていた私を先生とアズサが発見し、そのままシャーレに運び込まれたらしい。
その後、シロコから電話を借りる形で先生と連絡を取り、現在キヴォトスが置かれている状況を知った。
『砂糖』はキヴォトス中を蝕み、三大校は半壊状態にあること。
それによって学校内で過激派と穏健派で分裂していること。
先生が穏健派を束ね、この事態を終結させようと奔走していること。
自分もすぐに合流すると伝えたが、その要求は却下された。
「“行動を起こすのはもう少し先になりそうなんだ。それまでサオリにはシロコと別の仕事を手伝ってほしいんだ”」
そういって先生から頼まれた仕事は避難所での手伝いだった。
砂糖の蔓延によって避難してきた人たちがD.Uの一角で仮住まいをしているらしい。
そうして私の新しいアルバイトが始まり、その中でシロコから自身の話を聞かされた
砂狼シロコ。私がシャーレで目を覚まして最初に出会った相手であり、同じ仕事することになった同僚……という言い方でいいのだろうか。
そして、私の仲間が行ってしまったアビドスの生徒だ。
だがアビドスの生徒ではあるが、彼女もこの砂糖騒動の被害者側だ。彼女の先輩が砂糖を広め始めた時に他の仲間たちと共に監禁され、そこから逃れてきたらしい。
彼女自身も砂糖を広げている先輩を止めたがっていた。彼女曰く、その先輩は本来なら今のような出来事を起こそうとする人物ではないらしい。
その時にしていた彼女の表情は悲しみと苦しみに歪んでいた。それを見たとき、彼女が自分と重なって見えた。いや、それは彼女に失礼だろう。
私はただの――
「ここにいた」
「……あ、ああ」
「サオリにお客さんだよ?」
仕事を終えて、建物裏でここしばらくの出来事を思い返していると、私を呼びに来たシロコの声が私の意識を呼び戻した。
時間を見れば、既に今日の営業時間からかなり立っていた。そこで私へ会いに来るなど、いったい誰なのか。見当もつかずに中へと戻る。
「サオリ!」
「……アズサ?」
「あ、アズサちゃん。落ち着いて……」
中へ戻るとそこにはアズサが自分の仲間をつれて、席についていた。
私の姿を見ると、アズサは勢いよく立ち上がり、仲間はそんな彼女を落ち着かせていた。
「よかった、無事で」
「お前も無事そうでなによりだ。だが、なぜここに?」
「先生から聞いたんだ、サオリが無事に目を覚ましたって。私たちも色々とやることがあったから、会うのが遅くなってしまったが」
「そうか、先生が」
グゥゥー
そこから話を始めようとした時、腹の音がなり響いた。
……どうやら私の音らしい。
「さっちゃんよ、今日はうちで食ってきな。友達たちも食ってくかい?」
「すまない、大将」
「いいのか? ならぜひともお願いしたい」
「あ、ありがとうございます」
私の腹の音を皮切りに大将のご厚意へ全員で甘えることになった。
大将が私達のラーメンを作るなかでアズサたちは自分たちの動向を話してくれた。
大事な仲間が砂糖に堕ち、今のアビドスで首領の一角となっていること。
そして、そんな彼女のことを必ず連れ戻すという――あの時と変わらない覚悟。
あの日、引き金を引けなかった私とは違う。
「へいお待ち、柴関4つね」
「ん、お待ちどうさま」
ラーメンが出来上がり、シロコと大将が私たちの元へできた品を持ってきてくれた。
シロコも席に着き、全員でラーメンに手を付ける。
「ん、やっぱり柴関ラーメンは美味しい。懐かしい」
「おお、ヒフミ。このラーメンすごく美味しいぞ」
「はい! ホシノさんたちから話は聞いてましたけど、とてもおいしいです!」
「そいつは嬉しいね。よけれりゃ替え玉もサービスしてくよ」
3人は大将のラーメンに目を輝かせていた。いや、シロコは前からの常連だから違うか。
手伝いをしていたが、食べようという気になれなかった大将のラーメン。
いや、食欲全般が目が覚めてから湧かなかった。ふとした瞬間、スクワッドの仲間たちの姿が脳裏をよぎる。
あの砂漠の地へ飛び去った姿が、それを止めることができなかった己を不甲斐無さが。後悔が私の中で沈殿していることを突き付けてきた。
それでも今は空腹に逆らえない。
「……ああ、美味いな」
食べたラーメンの感想を言い表すにはその言葉しかなかった。食事なんて活動するための栄養補給でしかなかった。それも味だってよくもないレーションが主だ。
そんな奴に味を褒める大層な語彙などない。
だが、もう少し言い表すなら――
「暖かいな」
「! サオリ、大丈夫か!?」
突然アズサが私の方を見てると、その表情を驚愕に染めた。
一瞬、なにが起きたのか理解できなかったが、なぜアズサが驚いていたのかが分かった。
「泣いているのか、私は」
その理由は私自身が気づかずに涙を流していたからだった。
止めたいのに、その涙は止まらない。
例え状況が動いていないとしても、今の状況では泣いている暇もないというのに。
なのに、そのはずなのに、涙が止まらない。
「なあ、さっちゃんよ」
そんな時、大将が私の頭を撫でた。
「そんなに溢れちまうものがあるなら、ここで吐き出しちまいな。ここしばらく仕事をしてきたが、お前は生真面目すぎて溜め込むみたいだ。シャーレの先生より頼りないかもしれないが、俺も大人だ。子供は大人に甘えていいんだよ」
「……大将」
「それに来てくれた友達もいるんだろ? 大人に甘えられないなら、友達に頼っていいんだよ。1人で抱え込まなくていいんだ」
その言葉が止めになった。
「--ッ……ぁぁぁぁああああああああ!」
あの日、仲間を失ってできた傷が再び開いた。情けない声と涙は止めどなく溢れだし、私は大将の胸を借りて泣いていた。
「サオリ…」
そんな私の姿をアズサは痛ましげな視線を向けている。
「アズサ……私はまた、失敗した……私は、ただの愚か者だ」
その視線に、自分の中の後悔が口から溢れていく。
「“砂漠の砂糖”の話を聞いた時、皆の下へ行くべきだった。皆なら大丈夫だと考えて、ブラックマーケットでアツコたちと会った時、もう手遅れだったんだ……。
アツコたちがアビドスへ行こうとした時、私は動揺でアツコ達を止めるために引き金を引けなかった…。」
“友達に頼っていいんだよ”。大将に言われたように。先生と同じように尊敬できる大人の言葉に従ってみることにする。
そして、我がままな願いが口にする
「あれだけお前達に、相手が何者であっても切り捨てられる様に、"全ては虚しい"と宣っていた私がだ…。」
「…」
「今更こんな事を言うのは厚顔無恥であることはわかっている…だが、私は皆を取り戻したい。私に、手を貸してくれないだろうか…?」
私の頼みを聞いたアズサの表情はとても落ち着いていた。
「…Vanitas vanitatum」
「!? …et omnia vanitas.」
「たとえ全てが虚しいものだとしても、それは─」
「「今日最善を尽くさない理由にはならない」」
アズサの瞳は真っ直ぐに光を宿している。
「まだ何も終わっていない、サオリ。それに言ったはずだ。私は仲間を取り戻すと、それはハナコだけじゃない。アリウススクワッドの皆も同じだ。皆をあんな砂糖から取り返してやろう」
「アズサ……すまない」
「まだゲームセットじゃない。ここからは私たちの反撃の時間だ」
大将から離れ、涙を拭ってアズサと向き合う。
「“そうだね。アズサの言うとおりだよ”」
「「「「先生!?」」」」
その時、アズサの言葉を肯定しながら来店客の入口に先生が立っていた。
その後、先生もお腹をすかせていたようで大将がもう1品作ってた。そんなこともあって私が泣いていたという空気間は完全に消し去られた。
そして私も吹っ切れた。
待っていてくれ、アツコ、ミサキ、ヒヨリ。必ず迎えに行く。