晴ぐだ概念
横に長いベンチ──悪くねぇ。
そう思ったのはいつ頃からだったか。
こうして俺の横に並び立つ男がいるというのは、存外に悪くないものだと思う。
戦乱の世において、家臣とは味方でありながらも潜在的な敵でもあった。
本当の意味で信頼出来る人間なんざほんのひと握り。その人間ですら、何を切っ掛けにして裏切るかは分からない。
だから背負った。
後ろにしか居ないというのであれば、後ろだけを気にしていればいい。道を切り開くのが常に己一人であれば、例え道を違えていようと途中で気が付き滅亡まではしない。
そういった自惚れが許される才はあったと思うし、事実としてそれが許され続けた。
一重に勝ち続けたが故に。
──まぁ、あの女……女?には適わなかったがあれは人間じゃないだろうからノーカンだ。
(そんな俺が、並び立つに足る男を見付けるとはな)
鼻で笑う。
横目で見れば白い服の男が見える。
瞳に宿る意志こそ強いが、それ以外は己と比べなんと弱々しきことか。
己の幕下にいたとして、生前なら到底評価はしなかったであろう少年。
どこぞから見つけてきた車のカタログを見ながら鼻歌なんぞ歌っている呑気さに呆れが出る。
されどこの平和の象徴のような少年が、俺の背負ったものよりも大きな物を背負って戦っているのだ。
初めは驚きと、あとは多少の憐れみがあった。
そして共に戦場を駆けて、戦慣れした戦術眼と戦火に似合わぬ人情を気に入った。
あのクソ女のマスターと言うからにはどんなとんでも人間かと思ったが……どこまでも「良い奴」だった。
「良い奴」は嫌いじゃねぇ。嫌いだとか言うやつは心底捻くれてるだけだ。優しさってのは生きる上で大切な要素だということくらい、理解はしてる。
だが戦国では「良い奴」は長生きできねぇ生命体だ。情が向けられるのなんざ身内位のもの。まして顔も知らねぇやつなんざ助けようったって無駄なこと。
とはいえそれは戦国で、の話だ。
修羅しか生き残れぬ時代ならともかく、平和な日ノ本ならこういう子供は数多くいるのだろう。
俺たちが駆け抜けた戦乱の時代は、時を超えて太平の世に移り代わったのだ。
そんな太平の世に生まれた男が、失われた平和を求めて戦っているんだ。力を貸さなきゃ男じゃねぇ。
そう思った。
だがそれだけじゃなかった。
こいつには「覚悟」があった。
少し前に媒体で見た特異点と異聞帯での記録を思い出す。
世界を救う戦いから一転して、世界を滅ぼす戦いになった。
こいつは自分の世界のために他人の世界を滅ぼし続けた。
何度も涙を流しながら、それでもたった一度の恨み言だって言わずに滅ぼした世界すら背負った。
そして今は、俺もその旅路を手助けする立場にいる。
……ああ、認めるよ。
こいつは俺より凄くねぇが、俺より凄いやつだ。
武田が手を貸すに値する男だ。
この俺に、手を貸してやりたいと思わせた男だ。
俺はにやりと笑って椅子に掛けたコートを藤丸に放り投げてやった。
目をぱちくりさせながらも真っ直ぐ俺を見つめるのは、遥か遠き蒼穹の瞳。
「暇だ、遠駆けに付き合え」
俺の黒雲に載せてやると言外に言えば、眼を輝かせて身支度を始めた。
しれっと俺の投げつけた服を羽織る姿に多少なりとて優越感が湧いてでる。
──ああ、やはり赤が似合う。
俺の隣にいるのならば、やはり赤が似合わなければな。
