時空迷子と二年前ローの話。
その日、おれの身に起きた衝撃と言えば、正に雷に打たれたと言っても過言ではない。
数日ぶりに海中から出てきたポーラータング号。甲板部で洗濯物を干していると、海鳥が一羽、黄色い巨大魚の近くへと寄って来た。その背に乗せられた新聞の束。一部分の代金を渡して新聞を抜き取れば、海鳥は一声鳴いてから去って行った。
最近の世界情勢を確認するには新聞を見るのが早い。洗濯物干しはそのままクルーに任せ、一足先に自室でもある艦長室へ戻ろうと踵を返す。途中、食堂でコーヒー入りのカップを受け取って、廊下ですれ違うクルー達と挨拶を交わしながら部屋へ向かう。
重い扉を開けて、隙間から体を潜らせて室内へ入る。コーヒーを飲みながら書き物机の椅子を引き、腰掛けながら新聞を机上に置いて一面から順繰りに内容を目で追っていく。見た限り、おれが興味を抱きそうな記事は特に載っていない様だ。最近だと王下七武海の一角が失脚したとあったが、あれもどこまでが真実なのかは分かりやしない。いっそ自分で情報を集めた方が確実か。段々と文字を追う目が詰まらなそうな色を宿し始めたところで、新聞の間から紙の束が零れ落ちた。
あぁ、新しい手配書か。何と気なしにそれを手に取り、一枚ずつ物色していく。以前に見た顔もあれば、見覚えのない顔もある。数枚は懸賞金が更新されており、まだ生き残ってこの海の何処かにいる事を伝えてくる。さて、この内何人が実際に会う事が出来るのやら。何枚目かに出てきた、賞金首らしからぬにこやかな笑顔を浮かべる麦わら帽子に呆れながら、次の手配書を見ようと捲る。
捲った先、新しく手配された男の顔を見て、思わず手が止まった。それを見ている内、無意識に目が見開いていき、指先が震えていく。勢いのまま立ち上がろうとするも、足が縺れて椅子の脚にぶつかり、そのまま背中から倒れてしまった。
―ドンガラガッシャーン!
『ぅえっ?! なになに?!』
『キャプテンの部屋だ!』
『キャプテーーーン?!』
扉の向こうで、洗濯物を干し終えて戻って来たらしい仲間達が駆け付けてくる気配がする。コーヒー入りのマグを落とし、背中から床に倒れた無様な姿を晒す事になると言うのに、おれは体を起こす事が出来ずにいた。倒れようとも、手に持った手配書を離す事はなかった。辺りに散らばった他の手配書なんかはもう意識の外に追いやられ、震える手を叱咤しながら、手にしたそれを眼前に掲げる。
≪海賊狩り ロロノア・ゾロ≫
懸賞金6000万ベリ―。初めて手配されたにしては高額な部類だ。一体何をやらかして、これだけの賞金首になったのか。
掲載された写真で見る男は、記憶にあるよりもずっと歳を重ねている。おれや妹の前ではよく笑っていた顔は眉間に皺が寄り、険しい表情を見せている。あれから何年も経っているのだから、印象が変わっているのは仕方がないだろう。だが、それでも分かった。こいつはアイツだ。ほんの短い間、今は亡き故郷で出会った。今までに過ごした人生と比べれば、瞬きの様な時間でしかなかった。もしかしたら、アイツはおれと妹の前にだけ現れた、夢のような存在なのではないかと。
でも、違った。アイツは実際に存在している。今は目の前に居なくても、この海の何処かで、確かにいる。生きている。最後の記憶の様に、血に塗れて息絶えてしまったのではなかった。
「っは、ははっ。はははは……っ」
無意識に、口から小さく笑い声が漏れた。同時に、視界が歪んで手配書の顔が見えづらくなる。堪らず片手で両目を覆えば、手の平がぬるい水分で湿っていく。扉の向こうで、何度もおれを呼ぶ声が聞こえるのに、笑い声が徐々に嗚咽交じりになって、それに応える事も出来ずにいた。
生きてた。ちゃんと生きてた。その事実に、これ以上ない程感情を揺さぶられている。
「――よか、った……っ」
かつて存在した友人の名を、一人きりの部屋で泣きながら呟いた。
アラバスタ王国での事件が世界的に報じられてから、数日経ったある日の事だ。