春の陽射しに包まれて……
三月の春休み。ゆいちゃんの卒業と、そして同じ高校に入学できたことのお祝いにみんなでお花見に行くことになったの。
でも、あまねちゃんとゆいちゃんからちょっと遅れるって連絡があったので、待ち合わせ場所に来たのは拓海くんだけだった。
花が綻ぶ桜並木の下、場所取りがてら二人ぼっちでみんなを待つ、私と、拓海くん。
「え、えっと、さ、最近、あったかくなりましたね花寺先輩」
「うん…なんだか、生きてるって感じの温もりだね」
「そ…そっすね…」
「うん……」
拓海くん、緊張してるみたい。うん、その気持ちわかる、わかるよ。私も何を話して良いかわかんないんだもん!
ふわわわ……男の子と二人っきりになったことってあんまりないから、緊張しちゃうよぉ〜。
えと、うんと、前に二人きりでお話しした男の子って誰だっけ?そうだ、中学の時に同級生だった益子道男くん。
あの時はプリキュアの正体を探られてたから、今とは別の意味でドキドキしてたんだよねぇ〜。でも、あの時に益子くんはジャーナリストを目指す理由を教えてくれて、その話してる様子はとってもキラキラしてた……
……拓海くんも、そんなキラキラを持ってるのかな?
持ってるよね、絶対。
私は知ってるよ。君のキラキラがゆいちゃんだってこと……
……エッチな本が幼馴染茶髪ロング巨乳系ばっかりだったし。ごめん、拓海くん、不法侵入しちゃって本当にごめんなさい。
あれからちょっと男の子を見る目が変わっちゃったけど、あまねちゃんが言うにはあれが普通、どころか拓海くんはむしろ一途過ぎてかえって不安だっていうくらいなんだって。そういえば差し替えられた生徒会長モノはどうしたんだろ。
読んだ? 読んだのかな、拓海くん!?
色んな意味でドキドキしながら彼の方を見ると、拓海くんは何か悩んでいるように視線を遠くに向けていた。
その唇がかすかに動いて、ゆい、という言葉を声もなく溢した。
「……拓海くん?」
「へ?あ、はい!」
「ふふ…ゆいちゃんのこと考えてたのかな?」
「え!?あ!?その……はい」
ふわあー…良かった、生徒会長モノを妄想してたとかじゃなくて本当にホッとした。うん、私は君のことを信じてたよ。
「…その……誰かから聞いたんですか…?」
「へ?」
拓海くんからの問いかけに慌てて現実に帰る。
「な、何を?」
「その…俺が…ゆいのこと……を…」
「好き、ってこと? うん、まぁ観てたら、ちょっと分かっちゃった」
頭にチラリと浮かんだエッチな本のことを無理やり追い払いながら、私は苦笑した。
そっすか、と彼はちょっとホッとしたみたいに、笑った。
「そんなにわかりやすかったですかね、俺」
「うん、わかりやすいよ。ゆいちゃんのことをすごい大事にしてるってね。その優しさは、いつも感じてたから」
「優しさ、ですか。どうなんでしょうね、俺はけっこうアイツのこと邪険に扱ったこともありましたし。だからアイツ、俺のことせいぜい仲の悪い兄弟ぐらいにしか思ってないですよ。きっと」
「それって喧嘩するほど仲が良い、ってことじゃない?」
「本当の兄妹だったら…そうやって本気で喧嘩もできるんでしょうけどね……」
ふっと浮かべた、寂しそうなその横顔。
そうか。怖いんだね、拓海くん。ゆいちゃんに恋しちゃったから余計に、今の関係が壊れちゃうのが怖いんだね。
「だったらさ、拓海くん、ゆいちゃんのことデートに誘っちゃえばいいんじゃない?」
「で、デート!?なんでそうなるんですか?」
「兄妹なら兄妹のまま、仲の良いお兄さんになれば良いって思ったの。カッコいいお兄さんが居るって、私だったらきっとみんなに自慢したくなるくらい嬉しいな」
「……つまり、今の関係のままもっと仲良くなれば良い、って言いたいんですか?」
「ふわぁ。そう、そうだよ拓海くん、大正解!」
「でもデートかぁ。っていうか兄妹ってデートするんですか?」
「まぁ、家族っぽいけど、デートっぽい、みたいな?」
あ、そういえば前ゆいちゃんと女子トークした時に、こんなこと言ってたな。私は思い出したそれを拓海くんに告げた。
「ゆいちゃんね、好きな人とお家で一緒におむすび作るのが理想って言ってた気がする!」
まさにこの二人にピッタリだよね、と内心で得意になってたら、
「……それ、割としょっちゅうやってますけど?」
「……へ?」
「週に二、三回はアイツん家で俺がおむすび握ってゆいに食わして……そういえば、アイツのお弁当も最近は俺が作ってるんですよ…」
「そ、そう…なの……?」
「あの〜先輩、この場合はどういう判定になると思いますか?」
「う、う〜んと……優しいお兄ちゃん? かな?」
「家族としての好き、って意味ですよね。やっぱり」
そっかぁ、ゆいちゃんの理想って、つまり今の現実、現状のことなんだ。
満たされちゃってるんだね、ゆいちゃんは……
ガックリと項垂れてる拓海くん。優しいよね、君は。
いつもいつも、ゆいちゃんのことを大事に思って、ゆいちゃんが今に満足してそれ以上を望まないくらいに、君は、あの子を守ってる。
私、君たちの関係が好きだよ。そばで見守りたくて、だからこうして、君たちとお友達になれたことがとっても嬉しいの。
だから、落ち込む君のことを、ちょっとだけ私も心配しても良いよね。
そよ風が桜並木を揺るがせて、花びらの一枚が彼の髪に舞い降りた。
「花びら、ついてるよ」
彼の髪から花びらをそっと払いのけて、私は彼の頭をポンポンと、軽く撫でた。
偉いよ、偉いね、って。
そしたら、私の掌の下で彼は……静かに、泣いた……
幼かったあの頃みたいに……