星野ターコイズ 仕事の流儀その3  僕の演技「あるくノ一の死」

星野ターコイズ 仕事の流儀その3  僕の演技「あるくノ一の死」


タクシーで都内某所のスタジオ付近まで移動し徒歩でスタジオ入りする。

会う人会う人には元気よく挨拶を行う。

礼儀かつ業界の基本中の基本だ。


「おはよーございますッ!」


「おはよーター子ちゃん元気だねー!!」

「星野ちゃんおはよう」「今日最後だけど頑張ろう」

僕のキャラは元気娘。家よりテンションを上げていく。スタッフさん、出演者の方達に兎に角挨拶。

「礼儀正しい元気娘」というキャラは嫌われにくい。挨拶一つすら演じている。


(お母さんもそうだったのかな?)

僕達には明るく優しい、可愛いお母さん。

芸能界で演じるお母さんはどんな人だったんだろう?

(今度おじさんやミヤコさんに聞いて見よう)

この2人ならきっと思い出話をしてくれる筈。

僕がこれほどまでに細やかにこのキャラ付けを意識するのは一度だけ共演したある特撮番組の主演俳優さんが教えてくれたからだ。

[芸能界は魑魅魍魎跋扈する真っ黒な世界。なのに、ゴリゴリの体育会系。礼儀と挨拶出来ない人は旬が落ちたら何か強い武器が無い限り這い上がるチャンスが閉ざされる]

そうだ。

部活は入って無いから体育会系がどんなものかよくわかっていないが、先輩後輩の上下関係が厳しいということは分かるので

目上・先輩には礼儀正しく丁寧に、歳下・後輩にも偉そうにせず丁寧に、を心がけている。

この行いが正解かはわからないけど、悪い結果にはならないだろう。

されて気分が悪くなる人は居ないだろうし。

「ふぅ…早く着替えて身体慣らしておかないと今日はミヤコさん来れなかったから色々1人でやらなきゃ」

控え室に入り、あくせく準備して行く。

ミヤコさんは僕のマネージャーもやってくれているので一緒に現場に入って、準備も手伝ってくれる。

だが、今日は別件の仕事で来られないから僕1人で色々やらないといけない。

スタイリストさんは10分後に来るそうなので自分で着替えられる範囲は着替えて、今日の自分の流れをおさらいする。

「えーっと…今日の撮影の順番的に町中で会話、殺陣、死ぬで良いんだっけ?血糊滅茶苦茶つくなぁ…

お母さんの髪留めは…どこに付けようか?」

そんなことをぶつぶつ言いながら準備する。

お母さんの形見のうさぎの髪留めを僕は必ず現場にこっそり付けて行く。

お母さんが僕の側にいてくれるように感じるから。

自信が持てない僕でもお母さんが側にいるなら気合いが嫌でも入る。自信が無い姿なんて見せられない。

コンコン

「ターちゃん、スタイリストの真中です。準備良い?」

「はーい、OKでーす!」

よし、スタイリストさんに相談してから仕込むか。


「今日はクライマックスに繋がる最初の話になります!みなさんの真に迫った演技がそのままクライマックスにつながりますのでみなさん、気を引き締めて怪我が無いようにお願いします!!」


「「「「はいっ!!」」」」


監督の激励を受けて撮影が始まった。僕は兄妹揃っての生まれつき金髪のため今回のような黒髪でやらなければならない現場は1day用のヘアカラーで髪を黒く染める。

黒く染め切ったら楽なんだけど、毎日鏡に星野ターコイズ(僕)じゃなくて偽物の星野アイ(お母さん)が現れると思うと辛くなる。お母さんによく似た紛い物。決してお母さんのような星には慣れないガラス玉。

紛い物が星になるなんで烏滸がましい。

だから毎回1dayの髪染めを持ち込んでいる。

あと今回、髪留めはスタイリストさんのアドバイスで髪を帯で括るので帯の中に仕込んでいる。

飛んだり跳ねたりで落ちないようにしっかり髪の中に包んだ上で縛り上げているから大丈夫そうだ。

出番まで柔軟しながら他の共演者と話をしていたらアクション監督がやって来た。

「星野さん、今日は貴方が演じるくノ一、ナナシの最期です。壮絶な最期になりますが、プランはありますか?」

僕の演じるくノ一…ナナシは無駄なことはしない、the 仕事人。主人公陣営に居ながらも感情を見せないミステリアスな存在。

敵であるなら子どもであろうとも始末し、時には主人公と分かり合えた敵の一味すら容赦なく殺す冷酷さを見せる。

戦いのことしか知らないため、主人公に感情をぶつけられても無表情のまま首を傾げるばかり…だったが主人公達に助けられてから少し微笑んだり…みたいに感情を得て行く場面がある。

まあ、感情を理解せぬまま戸惑っていたのが前の話なので理解した今回の話で生命を落とすのだが。

「そうですね…最期まで暴れて2人くらい道連れにして血反吐撒き散らして自害したいですね。台本だと『応戦するも敗れ、自害する』ですから解釈も幅広く好きに出来たら良いなぁと」

「おお…中々にスプラッタですね…注意して欲しいのはナナシはセリフが少ない代わりに動きで魅せる登場人物でした。

なので最期だからってやたら饒舌になる、というのはやめてください。

今回は『愛』を知って自害する、なので表情は気をつけてください。多少のアドリブはokです。」

せっかくだから不敵に笑って散りたかったがダメみたいだ。

大切な人を守るために命を落とし、最期に愛を知る。

最期に愛…まるで…


『私の子ども達に手を出さないで!!』

お母さんが苦しいのに痛みを堪えながら僕や兄、姉を庇ってこえをはりあげている。

血を流しているのに

『ルビー、アクア、ターコイズ…愛してる…

ああ、やっと言えた…この言葉は嘘じゃない…』

小さくなっていく鼓動、冷たくなっていく体温。

血に染まりながらも最期まで微笑んで私達を抱きしめてくれた最愛の人の姿が脳内に蘇る。


「……!!フー!フー…!ハァ…ハァ…!!」

苦しい。苦しい、苦しい…!

ダメだ、落ち着け。落ち着けターコイズ。

今はそんなことしてる場合じゃない。

冷静に、息を整えて、目を瞑れ。

「ほ、星野さん?大丈夫ですか?顔色が…」

「ター子ちゃん?大丈夫?」

近くにいた共演者の方々が僕の異常に気付き駆け寄って来る。

落ち着け落ち着け…お母さんの最期なんか悪夢で見慣れているだろ

落ち着け、星野汰愛恋津

お母さんを死なせたおまえが一丁前にその死から逃げようとするな。逃げるな、思い出せ…あの光景を。お母さんの最期の姿を

ナナシを星野アイに重ねろ。


おまえがナナシ(星野アイ)としてシネ。


落ち着いたか?なら目を開けろ。

「ふー…大丈夫です。感情演技するために色々思い出しただけです。…行けます」

最低限の打ち合わせをして僕の出番が来た。

ーーーーーーー

[……この情報だけは皆の下に持ち帰らねば]

影…ナナシは走る。主が相対する敵の企みを知った。早く持ち帰らねば国が滅ぶ。多くの血が流れてしまう。

【どこへ行く?誰に持ち帰るのだ?】

声が後ろから響く。瞬間、無数の火矢が舞う。

[!!]

ナナシはバク転しながらすぐ後ろを爆発する炎から逃れる。

【同胞を貴様らに屠られて来た。今度は我らが貴様らを屠る番だ】

闇が13人の人間の姿を取る。

【…だが、貴様は持っている全ての情報を吐いてから先に死んでもらう】

闇がナナシに迫る。

[…ほざけ]

影と闇が交差する

ーーーーーー

「いやー、凄いっすね。まだ15なのにぴょんぴょん走って回って着地!未来のアクションスターですね」

「かもな。演技は少し荒削りなところはあるが、子役から続けて来ただけはある」

俺は阪本。アクション作品や日本の特撮シリーズや海外でローカライズされたスーパー戦隊を撮影している。

今回の作品はスーパーアクション時代劇と名を打ったもので、現在の最新技術を使って今までの時代劇を変えてやろう!と企画したところあれよあれよと話が進んで製作開始となった。

ストーリーは

とある剣豪の遺児である主人公伊織は義妹 さなと田舎で二人暮らし。剣の腕はあれどそれだけでは暮らしていけないため、父の伝手を辿り兄妹2人で任官のための旅にでる。

その旅の最中に太平の世を崩そうとする企みを知り、出会った仲間達と共に悪意ある企みと戦う…なものが出来上がった。

知人の雷田氏繋がりでGOAくんに依頼出来たのは大きく、宮本伊織の生涯をベースに八犬伝要素を加えたものに出来た。

そしてキャスト陣の大半は俺が過去の作品で関わって気心知れている面々。だが動ける女優が今回に限っては不足していたのだ。

頼みたかった面々が舞台やドラマ、とバッティングしてしまい、当初予定していた人数が集まらず困っていた。

そんな折に少々畑違いではあるが知人の雷田氏を通して五反田監督から紹介を受けたのが苺プロ所属 星野ターコイズだった。

彼女は五反田監督作品を中心に子役として出ており、芸歴もそこそこ長く真面目で努力家。

和を大事にする人柄であると聞き、既にチーム感が出来ている阪本組の俳優・女優達とも軋轢なく付き合えるのでは?と考えて一度会って考えて見ようと思い、アポイントメントを取らしてもらった。

そうしたら、齢15で身長 177.5cmの長身で金髪の美少女が出て来て驚いた。

作品の話、こちらが求めていることを話した上で即快諾。


「アクションの勉強して来た成果がようやく日の目を迎えられます!」

そう言って嬉しそうに斉藤社長と手を取り合って喜んでいた。


「参加しているメンバーも芸歴長いのに擦れてない、チームワーク大事にする面々だった、てのもあるけど即打ち解けていて安心した。あと、オファー出した時もそうだが、彼女、セリフも多いネームドの役をやるようになって来ている。ブレイクする前に良い物件を手に入れられたと思うよ」


「そうですねー…そういや、ター子ちゃん。この現場だと髪を毎回黒く染めてますけど染めた姿、亡くなったアイにかなり似てません?姉妹みたい、というか

生き写しみたいな」

「当時売れていたアイドルだっけ?

酷い事件だよな…まだ若いのに…

人となりとか、そのあたりはまだアメリカに居たからよく知らないんだが、自分を魅せる天才だったらしいな

…使って見たかったなぁ、そんな女優…

カット!

星野さん、映像チェック後一旦休憩とメイクを!」

助監と話ながらカットを入れ映像を確認する。

…おそらく問題無いだろうが、星野さんと映像チェックだ。

アイ。彼女と同じ容姿を持つ、伝説のアイドル。見た目は今の彼女によく似ているが、確かに輝きはアイが上だろう。 

だが彼女はまだまだ磨けば光る原石だ。

我々製作者はこの原石をどこまで光らせられるか、その手腕が問われている。そんな気がした。

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「はぁ…はぁ…OKですか?監督」

監督の元に相手役の男優さんと向かい、映像を確認する。

空中で身体捻って着地とか慣れないことするんじゃなかった。

ぶっつけ本番だったし、腰イくかと思った。

阪本組の動ける俳優さん達が素でビックリしてたのは僕にしては良いアクションだったんじゃないかな?


映像見る感じ僕のアドリブに応じてくれたのと素でビックリしてる感じが合わさって良い感じに乱戦のひと場面感出てる。


「…よし、OKです。OKですけど次のカットは

目玉の自害と星野さん希望の2人ほど道連れにする場面です。アクションに制限をつけるので気をつけて下さい。

ナナシは傷だらけ、片腕は使えません。

星野さん、利き腕は?」


「右です。そちらを使わない感じで?」


「…腕ぷらーんか、腕もぐの、どちらが良いですか?」

なんとなく気付いていたけどこの人、ドSでリョナ?だっけか。その気あるな。

どちらが良いか?てどちらも嫌だわ。

「…腕ぷらは骨やられた感じですか?それとも筋を切られた感じで?」

「うーん、どちらも捨てがたいですね…星野さんはどうしたい?」

答え辛いから、聞かないで欲しい。

とりあえずもうひとパターンはどんな風にやれば良いか分からないから聞いてみよう。

「えーと…腕チョンパは…?どんな感じにやるんですか?」

「映像処理するんだけど腕に映像処理用のテープぐるぐる巻いて固定かな。後手で固定が良さそう」


「動きづらそう…んー、飛んだり跳ねたりは禁止…じゃないですよね?足のダメージは?」

「俺なら敵の足は潰すね。機動力あって厄介な奴だろ?足にクナイを刺すか、足の筋を切れば動け無くできるし…そこから星野ちゃんの反撃て、死に物狂いな感じ出ない?」


僕の相手をする敵の忍者軍団の頭領役、小澤レイトさんが提案して来た。滅茶苦茶動ける人でバク宙したり中国拳法を完コピ出来るヤバい人。

私生活では一児のお父さんだ。優しく気さくなのだが、演技では凄まじい殺気を出すから本当に怖い。怖いが、よく演技指導してくれるのでありがたい。

「「「確かに…」」」

確かにレイトさん提案のその場面が入ってから半死半生の状態で嬲り殺しに合って反撃して自害は凄まじさが違う。

説得力ある提案に僕、助監、監督は納得しか無い。

「よし、なら追加シーン撮って、繋げて自害に行こう。星野さん、いける?」

「OKです。最後の場面が着地してましたから、その後足を潰され、右腕を……切り飛ばされましょうか。後はとにかく必死にやります。口でクナイ咥えるのありですか?」

「良いよ。じゃあ少し休憩したら再開で」

「星野ちゃん、大胆にやってくれて良いよ

死に花を飾るんだから俺たちの胸を借りるぐらいの気持ちでやってくれ」

「ありがとうございます!」

僕は良い現場に恵まれた。

何が出番が少ない、だ。こんなに僕に理解を示して任してくれるなんて。

恵まれ過ぎているぐらいなのにそれを当然と思ってしまっていた。朝にミヤコさんへ話した内容に対して過去の自分が許せなくなる。

長身で役に恵まれてなかった僕にわざわざ声をかけてくれて、新参者の僕にも優しくしてくれた。…恩に報いらなきゃ。

休憩の後息を整えて、ダメージカットの撮影が始まった。

ーーーー

[……]

ナナシは13人の敵の忍者軍団と交戦しながら退路を探る。

が、退路は無い。全て防がれている。

眉ひとつ動かさず、状況を把握する。

死地。その名が相応しい状況である。

【諦めろ。大人しく情報を吐いて死ね】

集団の長の言葉を合図に向かってくる配下の下忍集団。

迫る最初の2人、刃を頭を屈めて回避し互いの刀で同士討ち。次の3人、バク転で回避。回避後手裏剣を投擲。5人、回避に徹する。徹するが、

[…っぐ⁈]

右足の筋を切られ、転ぶ。

寝転がりながら攻撃を回避する。

寸刻経たぬ間に自分が居た場所に刺さる小刀、手裏剣、苦無。

【鼠はすばしっこい。だが足を奪えば後は容易く手折るのみ】

右足は動かない。血が流れ続けている。

だが左足は無事だ。無事ならそれを補えるだけの…

【もう片方も仲間外れでは哀れよな。喜ぶが良い。揃えてやる】

左足に深々と苦無が突き刺さった。

[ァ、グゥうう…!?] 

はじめて顔を歪め苦悶を漏らし、受け身を取れず転がるナナシ。

【仕舞いにしようか。】

ゆっくりゆっくり、死が迫る。

それを歯を食いしばりながら見るナナシ…

ーーーー

「カット!確認しまーす」

カットがかかり立ち上がる僕、倒された忍者役のお二人に手を貸して立ちあがらせて映像チェックに向かう。

「ありがとねター子ちゃん。痛み耐える表情良かったよ。自然に汗流せるの凄いね!」

「いやーマジで切られちゃった⁈て焦ったわ…なんかそういう経験あるの?怪我したとか」

「…まあ、色々ありましたから」

主に4歳で。人が刃物を刺されて苦しむ様、死に至る様は記憶から消えない。

「「ええー…健やかに生きてくれ…若いんだから(若いのに)」」

心配されてしまうが、その言葉はその道のプロの方から上手いと言っていただいたと捉えさせていただこう。

過去の記憶、それを自分に置き換えてリプレイしただけ。

お母さんは凄まじい苦痛の中耐えながら僕を庇い、後ろにいた兄と姉を守るために立ち塞がっていた。あの必死な姿を傷つきながらも仲間を思い、必死に戦うナナシと母さんを重ねて思い浮かべただけ。

深みを出すために虚構と現実を重ね合わせて良いのだろうか。

お母さんの死を汚しているのではないか。

やめよう。僕は未熟だからどうしてもナナシの死はお母さんの最期をエミュしないと出来そうに無い。

終わってからお母さんに謝ろう。

今はやり切ること、ただそれだけだ。


「みんなもお疲れ様です。

星野ちゃん、怪我無い?受け身取らなかったよね?」

監督のもとへ他の忍者軍団の方々と一緒に向かうと、先に衣装を着崩して休憩していたレイトさんから声を掛けられる。

一緒に映像チェックするために待ってくれていたようだ。

「大丈夫です、レイトさん。実際ああいうことなったら無理かなと思いました。

あと顔面はぶつけないようにしたんで…まあお腹強くぶつけて本当に悲鳴あげそうになりましたけど」

あの状況下では受け身の取りようが無い、と判断した上での実演だが良く無かったようだ。レイトさんの声は優しいが目は厳しい。

「なら今度、受け身のバリエーション教えるよ。受け身取れていないようで取っているやり方とかあるし…それとアクション魅せたいの分かるけど無駄な避け方多いかな。朝の特撮番組なら大袈裟にしないといけないけど…まあ今回は派手さが要るから良いか。作風を考えたアクション、てのもこれから考えてみて。

色々言ったけど、良かったよ」

「すいません、精進します…」

褒められて得意になっていたが、レイトさんの言ったように見映えの良さを考えた動きをしていた。やはり僕はまだまだ未熟だ。反省して次に活かさないと。

「えー…最後に褒めたのに落ち込まないでよ。もっと上手くなるよ。君は努力家で勤勉だからさ。さ、早く観に行こうぜ」

レイトさんからタオルとお茶を受け取った後に監督のところへ皆様と向かった。

……

監督が凄く神妙で残念な顔をしながら口を開いた。

「…腕を切り飛ばす場面撮りたかったのですが、待ったがかかりました。」

え、僕…色々な表情とか考えていたのに。

ちなみに先程の映像は指摘や注意をいただきましたがOK貰えた。

拙いところは編集で修正だそうだ。

兄の仕事やおじさんの仕事を知っているだけに申し訳ない。

ご迷惑をおかけします。

「えー…覚悟してたのに」

「乗り気な君が少し怖い」

(((こんな子だったっけ?)))

何故かレイトさん達が引いている。

演技としては生きるか死ぬか、の死に近づいてるギリギリな場面に惹かれてしまう性分なので許してく欲しい。

「なので今日の見せ場に入るシーンでは足元に腕が転がってます」

「おー!」

「うわぁ…」

「待ったの意味よ…」

「時短かな?」「なんでター子ちゃんテンション上がってんの?」

わぁ…凄く危ない感じ…!

監督がさっきの神妙な雰囲気を吹き飛ばす勢いで言った言葉に気合いが入る。

役作りは無駄にならないようだ。

「つまり最初から右腕を喪った形から始まります!」

「よっしっ!!」

「なんで2人テンション上がってんの?」

「ター子ちゃん…」「見た目によらないなぁ」

皆さんに更に引かれたけど気にしない。

確かに気合いが入っているけど無理にでも明るくしている。空元気でも入れないと

最後の表現…自害する場面は僕の今までの経験から考えて未知数だし色々考えてしまう。

だから気合いを入れて挫けないようにしないと。

「…まあふざけましたが、星野さん、最期はわかってますね?」

監督は笑みを消して真剣な眼差しで僕を見る。

そうだ。この最後の場面が…ナナシ(僕)の最期が今日撮る話の出来を左右する。

「…はい。がんばります。足らぬところばかりですが皆さんの胸を借りる形でやらしていただきます」

一緒に撮っているスタッフさん、キャストの皆さん、監督。皆さんの顔を1人1人見てから頭を下げる。

どうかお力をお貸し下さい。

その一念で。

「おっと急に落ち着いた…まあ、失敗しても付き合うし、俺たちがフォローするから安心してくれ」

「そうだそうだ!」「ター子ちゃんなら大丈夫!」「頑張れ若人!!」

レイトさんを始めとしてみなさんからありがたいことに激励をいただいた。

…気持ち軽くなった。全力で挑もう。

お母さん、ごめんなさい。お母さんの最期を汚しているかもしれない。

だけど今は

(僕に、最高の場面を演るために力を貸して)

そんなことを思いながら形見(髪留め)を仕込んだ帯を撫でた。

ーーーー

右腕は無い。

切り飛ばされた。

足は動かない。

筋を切られ、縫い止められた。

無事なのは左腕。口のみ。

敵は11。たった2人しか仕留められなかった。

どうする?

ーーーどうしようもないか。

[ハッ…ここが私の死地、か]

仲間達の顔が何故か浮かぶ。

何故このような時に彼らの顔が浮かぶのか。

【そうだ。貴様の死に場所だ】

奴が嗤う。私を仕留めるために。

[…ただでは死なぬ。]

口に苦無を加え、無事な左腕に刀を握る。

ーーー来るなら来い。

敵が迫る。1人目、斬る。

2人目、口の苦無で刃を止め、そのまま突き刺す。

3人目、避けられない。肩を切られる。

だがまだ動く。左腕の刀で首元を斬る。

4人目、なんとか避けて頭突きをする、が膝に短刀が突き刺さる。

5、6、7…11人目

身体には無数の切り傷、刺し傷。無事なところなどどこにも無い。対処できる数と掛け離れている。なすすべなくナナシは倒れ伏した。

【しぶとい奴よ。何故そこまで立ち上がった?】

呆れ半分、驚き半分で聞いてくる頭領。 

ーーー確かに。何故私は必死だったのか。

ナナシは死に瀕しながらもふと、何のために命をかけていたか、思い出していた。


最初は鬱陶しかった。

目的が同じなだけで仲間になったつもりもないのに男…伊織とその妹は馴れ馴れしく接して来た。

邪魔にならないのなら好きにすれば良い。

そう思っていた。だが里は彼を主として仕えるように、と言ってきた。

彼の父との盟約だからと言っていたが、

命令だから従った。

煩わしさを知ったが、彼ら兄妹と居る時が増えれば増えるほど胸が何故か温かくなった。


次に腹が立った。

敵は処すべきなのに分かり合えたから、改心したから、と言って伊織は止めに来た。最初の方は無視して仕留めた。仕留める度に悲しみと憤りを内包した瞳でこちらを見てきた。私に向ける感情に対して

胸にのトゲトゲとしたものを感じた。

同時にギュッとする痛みを知った。


次に困惑した。

感情が無いように育てられ、戦うためだけに生かされてきた。なのに何故伊織達は私に知らない世界をわざわざ見せようとするのだろう。そして私が反応を示すと温かい笑みを向けるのだろうか。

わからない。

私はそのような温かいものを与えたことも、与えられたことも無いから分からない。分からないが私は仲間達の笑顔を見る度に空っぽだった胸に満たされていくものを感じた。 

「戸惑い」と「喜び」を知った。

ーーー答えは簡単だ。私は…

[知れたこと。何も無かった私に仲間達が…伊織達が様々な物を私に与えてくれた。私はそれに報いるため戦っている。

ああ、これがそうか。これが…]

ーーー答えを得た。道具として生きてきた私が人になれた。人になれたからこそ知ることが出来た。良かった。悔いはある。だが同時に嬉しくもある。

私はここで死ぬ。拷問され、辱められ仲間を売るくらいならここで果てる。だが、ただでは死なない。

遺せるものは…この苦無と刀。伊織達なら私の意図を汲んでくれる。私は信じている。

【いかん!散れ!!】

無事な左手で発破を地面に撒き、火をつける。

[答えを得た。おさらばです。皆々様]

ーーー私に『愛』をくれてありがとう。

1人、名もなき者が歴史に名を残さず散った。道連れに出来た数は僅か。

敵に与えた損害は微々たるもの。

だが彼女の死は決して無駄では無かった。

彼女が信じた仲間たちは彼女の遺志を汲み、巨悪を倒す一助となったのだから。

ーーーーーー

「…カーット!!お疲れ様!」


「お疲れ様、ター子ちゃん!」「星野ちゃん、良かったよ!」「あの表情やばいね…」

現実に戻ってくる。皆さんが声をかけてくれる。だけどダメだ…まだ動けない。

凄く苦しい。けどこの感覚は

「全力…を尽くせたんだ…」

僕はお母さん本人じゃ無いけど僕たちに向けたあの安堵したような、同時に少し悲しみを讃えた笑みの意味。

アレは…

「少しの悔いと…だけどそれを補って余りある安堵だったのかな」

答えは出ない。出ないけど…

「お母さん、ごめんなさい。だけど僕、少し成長出来た気がするよ」

晴れた空が記憶の中のお母さんの笑みと重なって見えた。

………

「何つう…死に顔だ」


彼女が演じるナナシが自害する場面で、どこからともなくそんな声が上がった。

素晴らしい…あんな表情出来る齢15の女優なんて聞いたことも見たことも無い!

「『死』をすぐ側で見た経験があるのかもな。だが…それを昇華しようとしている。

俺は良い女優を見つけたぞ…!!

まあそんな彼女をイロモノに誘ってるけど、良い仕事しそうだ…カット!OK!!文句無し!」

疲れて様子だが、レイト君の手を取り立ち上がった彼女は皆を見渡して明るく言った。

「ありがとうございました!!皆さんのおかげで、全力を尽くせました!」


先ほどの死顔とは真逆の良い笑顔をして少女はオールアップ。

現場では割れんばかりの拍手が響き渡った。



仕事の流儀編 了

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