昔の話
善悪反転レインコードss※空白の一週間事件が起きる以前の、反転ヨミーと反転保安部の雰囲気を自分なりにイメージしてみたssです。
※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。
※まだ平和だった頃なので反転ヨミーと反転保安部の関係が良好です。
※とある連続殺人を解決しよう的なストーリーです。
※犯人であるモブを逮捕する一環で反転ヨミーが怪我をして入院します。
※カナイ区って警察の影が本当に無いな……この世界でも無いんだろうな……という考えを反映させています。
※オチで反転ヨミーの重要な関係者が匂わせで登場します。
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雑居ビルの探偵事務所。
またの名を、世界探偵機構カナイ区支部に認定されているヘルスマイル探偵事務所。
「ここは紅茶ばかりだな。コーヒーを所望する客人にはどう対応しているんだ?」
「わぁ! 小さくて、四角くて。初めて見るチョコレートです!」
「前の時と比べて明らかにグレードダウンしてるじゃねぇか! 全部駄菓子で揃えやがって!」
「驚いたな……。童心に溢れたお菓子とあなたに縁があるなんて。……ん、狭いね」
一人は紅茶に文句を言い、一人は初めて見るチョコレート駄菓子を摘んで大喜びし、一人は茶菓子のグレードに文句を言いながら煎餅を齧り、一人は客用のソファーの下へと潜り込んでいた。
アマテラス社の保安部に所属する社会人達の自由奔放な立ち居振る舞いを静観しながら、応接用のソファーに座っているヨミー=ヘルスマイル所長は憮然とした面持ちで足を組み直す。
自由業だがキッチリとスーツを着込んでいるヨミーとの酷な対比も相俟って、アマテラス社の保安部の面子は暇人としか形容し難い。お茶や茶菓子を用意したヨミーの部下もドン引きしていた。
「お、お前ら! まるで食い物をタカりに来たみたいな空気になってんぞ!!」
「まるでも何もその通りだろ、ヤコウ。菓子代も馬鹿にならねーからグレードダウンはわざとやってるが?」
「ほら聞いたか!? 説教されちゃったぞ! オレが可哀想だと思わないのかお前ら!!」
「……部長も、お菓子を満喫すればいいんじゃないですかね?」
「部長。お口を開けてください。ほら、あーん」
「お嬢のあーんだと!? 職権乱用じゃねぇか部長! 愛する女が居る身の上で恥ずかしくねぇのか!」
「まあ、紅茶にしては悪くないか」
「やめなさい!!!」
押しかけてきた暇人どもの親玉——アマテラス社保安部部長ヤコウ=フーリオは部下達を叱りつけているが、誰も従おうとしない。終いにはヤコウはキレ気味のオネエ口調になっていた。
ヨミーは紅茶を啜りながら、ヤコウ達のわちゃわちゃとした騒動を眺めていて、一段落が着いた頃を見計らって口を挟む。
「で、用件は?」
愚痴りながらも、保安部の一同による愉快なやり取りを、今日も鳥が飛んでいるなぁ……ぐらいの日常風景のようにさらりと流していた。
ヨミーは世界探偵機構に所属する探偵だ。個性豊かな超探偵と多く接してきた経験が活き、保安部に所属する変わり者達を、何だかんだと許容していた。
他の、異能を持たない、その意味ではヨミーの同類と言える者達は、超探偵と共に任務をこなす度にへこまされていたものだが。
その劣等感は、ヨミーには共感し難かった。
超探偵か否かで世間は安易に批評すると憤るならまだしも、異能を持たぬ者は基礎スペックが高くなければ認められないのに。
なぜそれで自らの価値を貶め、蔑むのか。超能力の有無程度で、自信の喪失に繋がるのか。
そういった事に心底理解に困るヨミーだから、自由奔放な立ち居振る舞い以外にも、彼らの異能に対しても——不要な恐怖や怯え、猜疑心などに囚われたりせず、受け流せていた。
なぜ、アマテラス社の保安部が探偵に頼み事をしているのかと言えば、警察と連携するにあたって、警察と協力関係にあるヨミーを中継点に置いているからだ。
どうして、そんなややこしい真似をしているのか。
その前提には、アマテラス社の身勝手な事情が大いに関係する。
統一政府からの依頼を受けるようになり急成長したアマテラス社には、カナイ区を『城下町』にする構想の一環で、公的機関である警察機関を排除し、自社の保安部に治安を維持させるという度し難いプランがあった。
そして、実際にはどうなったかと言えば。
統一政府からの後ろ盾で警察に強気に出て。
コンプライアンスが整う間も無く、各部署の権力が増大して。
社内の権力闘争が激化して。
保安部が予想を上回って権益に反する自浄作用を発揮した為、権力が縮小されて。
上記の要因が複合的に絡み合った結果、カナイ区から警察が排除され、保安部の権力が理不尽に弱められた状態で、度し難いプランは空中分解した。
実に笑えない。アマテラス社を御せられる突き抜けた何者かが存在せず、同レベルの欲の皮を張った者同士が互いに足を引っ張り合った結果であった。
おかげで、カナイ区の有事には、最寄りの警察署から人員がわざわざ派遣されるのが現状だった。今更、せめて交番だけでも設置しようだなんて、そうは問屋が卸さなかった。
アマテラス社の身勝手な経緯が弱みとなり、警察は多少ばかり居丈高だ。そして、その被害に直接晒されているのは、よりにもよって冷や飯を食わされている保安部だった。
だから、保安部が警察と少しでも対等に渡り合うべく、ヨミーを緩衝材にしようと目論むのは致し方が無かった。
そして、ヨミー本人の感情はと言えば。
実を言えば、ヤコウ一人だけが保安部に所属していた冬の時代から。出世できないタイプだと分析しながら、貧乏籤を引かされたお人好しの事を、それなりに気に入っていた。
「……郷土愛を振りかざせば、オレが警察に口を利くと己惚れてやがるのか?」
ヤコウからの依頼を聴き終えたヨミーは、紅茶を一口飲んでから肩を落とす。
呆れ果てたように口上を述べながら、予め胸ポケットに忍ばせていたメモ用紙を、ヤコウ含めた保安部の全員に見えるようにと晒す。
【盗聴器あり。カメラなし。泳がせてる】
全員見たな、読んだな、と確信を持ててから再びポケットに忍ばせ直す。
「つ、つれないことを言うなよ。この街を守りたいって気持ちに立場なんて関係ないんだし……」
「あのなぁ、保安部の部長様よぉ。鳴り物入りした社員どもを従えて、クロックフォード家の令嬢まで部下になって。もう充分、自分でできることは増えてんだろ?」
ヤコウを素気無く扱う台詞を口にする。
ヤコウはお人好しの性質で自ら足を引っ張っているだけで、その能力は優秀だ。ヨミーのメモ帳を目の当たりにして以降、意思疎通の手段を瞬きによるモールス信号へと切り替えた。
もうちょっと非情になれれば社内での地位向上を望めるだろうに。程度や限界があるにせよ、味方だけでなく敵対者にも甘いのが彼の欠点である。
……口にはしないが、美点とも言い換えられる。
「部下を上手く操縦するのは上司の務めだろうがよ」
それができない人間だから余計にこの個性的な部下達に慕われているのだろうと思いながら、ヨミーは形だけ言葉にした。
◆
悪人を始末する連続殺人犯が、世間を賑わせていた。
なお、殺人鬼のターゲットにされる悪人の定義とは。
例えば、親族が偉くて金持ちだから訴えられないような。
例えば、侮辱罪を犯しているけど、被害者が申告できないから野放しにされているような。
法的に裁かれるはずが、なあなあで許されている者。
世間が忌み嫌う者達だからこそ。法で裁けぬ悪を退治しているヒーローなのだと、連続殺人犯を無責任に持て囃していた。
連続殺人犯が今宵ターゲットに選んだのは、異能を持つ部下達を抱えて調子に乗り始めていると噂の保安部部長ヤコウ=フーリオだった。
真夜中。一人で出歩いているヤコウは、ヘルスマイル探偵事務所の扉をノックしていた。非常識な時間帯だが、どうしてもヨミー探偵に用があったのだろう。
だが、営業時間外だから、幾ら叩いても返事が無い。
ようやっと諦め、ヤコウは来た道を戻ろうとする。
その脇腹を抉って命を奪うべく、鋭利に研いだナイフを片手に、連続殺人犯はヤコウへと突っ込んで——
「っ、掛かったな!」
「……え!?」
——ヤコウを刺したはずなのに。刺したヤコウの喉から放たれたのは、ヤコウの声では無かった。
頭が真っ白になった連続殺人犯の不意を衝くように、脇腹を刺されたにも拘わらず、ヤコウでは無い何者かは、連続殺人犯を取り押さえた。
「ヤコウが悪人扱いとか、笑えねーんだよ……」
ヤコウでは無い何者かは、刺された脇腹から血をだらだらと流しながらも連続殺人犯を捕縛し、警察へと連絡しながら。
「オメーが殺してきた奴らの実態、あとでじっくりと教えてもらえ」
侮蔑と憐憫の目で、見下ろしていた。
◆
件の連続殺人犯は、正義の味方だと持て囃されていた。
実際には、アマテラス社にとって不利益となる人間を殺し続けていただけの、黒幕に転がされていただけの捨て駒だった。
社会不適合者だと父親から罵倒されていた息子が、行き場の無い劣等感と承認欲求を拗らせて燻らせていた所を、然る黒幕によってそそのかされたのが発端だった。
黒幕は、自らに不都合な人間を、悪行のみを数珠繋ぎにする事で認識を偏らせていたのだが。
その対象にとヤコウを定め、ヤコウと親交のある探偵事務所の機材に盗聴器を紛れ込ませたのが、運の尽きだった。
ヤコウ達は、黒幕の存在と目的に感づいていた。ヨミーは、自身の事務所に盗聴器が仕掛けられている点から逆算し、その他の数々の要因も複合して推測した上で、次の被害者はヤコウだと結論付けた。
あの日、瞬きによるモールス信号で意思疎通を経た上で。
ヤコウ達が黒幕にと直接対決していた一方で、デスヒコの技術で変装を施されたヨミーは捨て駒にされていた実行犯と対峙していた。
黒幕がヤコウをターゲットに定めたのは、得体が知れなくて恐ろしかったのだろう。
弱腰の癖に、情けない立ち位置の癖に。翻弄されていると見せかけて、強力な特殊能力を備えた部下達を纏め、社内の不正を少しずつでも是正していっていた。
かのクロックフォードの令嬢が恩義からヤコウの部下になるべくアマテラス社に入社したのも、要因の一つになったのだろう。
だから、特殊な力や世間知らずのお嬢様を利用する悪人なのだと、頭が痛くなるような頭の悪い理屈で捨て駒を動かした。
……そして、捨て駒は、理屈にも満たない愚かな言いがかりを信じてしまった。
今回ばかりは失敗する確率が高かったのに、トカゲの尻尾切りにされるのが大前提だったのに。
第一、ヤコウを悪人扱いされて信じるとは、世間知らずの程度が度し難い。
あまりにも無知過ぎて、言及するのも憐れなくらいなのだが、それでも彼は愚かとしか言いようが無かった。
ヤコウの件を除いても、盲目な偽善に酔い痴れ過ぎて、既に何人も殺めて後戻りができなくなっていたのだから。
連続殺人犯は逮捕されて。
黒幕も、隠居という、見方によっては優雅な余生だと毒を吐きたくなるけれども、一応は社会的制裁を下せた。
ヨミーに下りた診断は、全治一週間だった。
「い、命に別状はないみたいで、良かったよ……」
「面白い顔してんな。今にも死にそうだ」
「いやいや危なかったのはそっちだからな!?」
防刃チョッキを着用していたおかげで傷は浅く、内臓まで達していなかった。傷が塞がれば退院できる。
病衣でベッドに身を横たえながら、ヨミーは退屈そうに新聞紙をゆっくりと読んでいた。
ヤコウ達が訪れた時には、探偵事務所の面々は既に見舞い終えた後との事だった。
「……こ、恋人? 恋人っつったか、今」
「ああ」
普段なら、ヨミーはデスヒコからの「モテてそうなのに相手が居ねーんだな」という煽りを受け流すのだが。
今回は負傷後という事で虫の居所が悪かったのか、デスヒコを封殺しかねない真実を言い返していた。
「か、影も形も、見たことがねぇんだが? 何なら見舞いにも現れてねぇっぽいが?」
「超探偵で、世界探偵機構からの任務に応じて世界中を飛び回ってるからな。最後に会ったのは一ヵ月前だ」
ヨミーの恋人。その存在を爆弾のように投下され、デスヒコはショックで動揺していた。
ついでに明かされた正体も凄まじいのだが、デスヒコの耳を右から左へと流れていった。恋人の存在自体が問題らしく、正体は二の次のようだった。
「ウ、ウウウ、ウソだろ、そ、そんなの! 激務だから普段会えないとか、彼女居ねーヤツが吐く嘘の定型文みてーな言い分じゃねーか!」
「なんでその定型文に詳しいんだよオメーは」
「うぐっ!」
墓穴を掘ったデスヒコに然程興味も無さそうに相槌を打ちながら、ヨミーは新聞紙を捲っていた。
ヨミーの関心は、恋人の存在で騒ぎ立てるデスヒコよりも新聞紙の内容の方に傾いていた。
「ホ、ホントだってんなら、写真見せろよ!」
「断る」
「じゃあフカシだって決めつけるからな!?」
「勝手にしろ」
ヨミーはそれ以上の情報を開示する意思は無いようで、食いついてくるデスヒコに塩対応だった。
デスヒコ以外の面々もちゃんと驚いていた。ただ、デスヒコが騒ぎ過ぎているので、相対的に静かなだけだった。
「恋人には連絡しないのか?」
「しないが? 向こうだって似たような目に遭っても、いちいちオレに知らせねぇ」
「……凄い割り切ってるなぁ、ほんと」
「逆に聞くが、オメーの立場だったらするのかよ」
「オレとお前じゃ立場とか色々と違うから、比べようがないだろ」
「じゃあ話はこれで終いだ」
ヤコウにも愛する人は居る。けれども、彼女は非戦闘員で、一般市民で、命懸けの覚悟を求められるべき立場に非ず。
だが、ヨミーとその恋人は、命懸けの覚悟を求められる職業同士だからか、ヤコウの感覚とは質感が異なっていた。
恋人に心配を掛けまいと適当に強がりを述べている可能性はあるのだが、ヨミー相手にそれを言及しようものなら嫌味で返されて収穫ゼロで終わるだろう。
「今回のこと、協力に感謝するよ。ただ、そこまで体を張ってくれるなんて意外だった」
「質の低いストーカーに盗聴器を仕掛けられて、黙って引き下がれるかよ」
「だとしても、ちょっと気合が入り過ぎてないか?」
「……」
恋人云々で騒いでいたデスヒコが落ち着いた後、ヤコウは本題に入り、感謝と疑問を伝えた。
ヨミーが読んでいる新聞紙の見出しには、連続殺人犯の零落が掲載されている。
蓋を開けてみれば、アマテラス社のお偉いさんの息子が、別のお偉いさんに優しくされて、アマテラス社に都合の悪い者を始末していただけ。それが真相だった。
世間を密かに躍らせていた熱狂は、滝つぼに落ちた花のように失墜していた。
「犯行も動機も駄々洩れ。逮捕してくださいって懇願してるも同然で、見え透いてんだよ。馬鹿馬鹿しい」
「なんか、共感できるような、できないような……」
「共感して欲しくねぇが? クソ面倒臭ぇ」
「今のお前の対応の方が面倒臭い感じなんだが…?」
噛み砕いて理解すれば、馬鹿馬鹿しい自己顕示欲の為に殺人が犯された事への怒りだ。
だが、それだけでは片付かない、ヨミーが明かさぬ本心が別の所にあるような気がして、ヤコウは首を傾げた。
◆ ◆ ◆
男は、カナイ区の大きな病院の清掃員だった。
業務内容は入院患者の病室の清掃やごみ集め、掃除など。毎日同じ業務をこなす。
年配の比率が殆どだからか、若くて体力があり物覚えの良い男は重宝されており、勤め始めてから三ヶ月目の新米だが可愛がられていた。
割り振られたシフトに従い、その個室のゴミ箱の中身を早々に回収して退室する。
退室する間際、ベッドで横臥している男を一瞥したいのを堪え、素知らぬ顔で通り過ぎる。
それでも視界の隅には、赤く鮮やかに染められた髪が見えた。
男は、殺しを生業にしていた。
一般市民として表向きの顔を用立てる為、戸籍を乗っ取った。本当の戸籍の持ち主は、既に処分済みだ。
殺し屋である男は、ある理由によりヨミーに執着しているのだが。
そのヨミーが、自己顕示欲に溢れた低俗な殺人犯を逮捕する為だけに身を挺し、入院している事実に、男は動揺を抑えながら表向きは真面目に勤務していた。
執着する理由とは、『気づかれた』からだった。
男が過去に事故として隠蔽した殺人事件を、ヨミーが目敏く掘り返して解いた。
事故では無く殺人事件なのだと、未解決事件なのだと解体し、立証し、残りは真犯人を突き出すだけの段階まで整えている。
今はまだ、『気づかれている』だけ。だから、こうして素知らぬ顔で、近距離で働いていられる。
ヨミーにいつか『見つかる』と警戒し、関係者各位ごと口封じを施す事を目論んでいる——のでは、無い。だったら、とっくに手を出している。
自らの犯行を誰かに『気づかれた』のは、初めてだった。
その初めてに対し、覚えた感情は。
みみっちい恐怖でも、敵愾心めいた警戒でも、完全犯罪に疵を付けられた激怒でも無く。
男自身、信じ難いと認識しているが、歓喜だった。
捕まれば身の破滅なのに。それが嫌だから、他人の戸籍を奪って成りすましているのに。
『気づかれた』のが。
いつか、『見つけて』もらえるのが。
例え、生涯に一度きりの、感情のバグなのだとしても。
こんなにも、嬉しいだなんて。
(オレの犯行と比べて杜撰だったから、見兼ねて、協力したんだ……)
男は、面白味の無い退屈そうな表情を偽りながら、内心では狂喜していた。
じっとり、しっとりと思い返す。
質の低いストーカー呼ばわりされた阿呆と違って、ちゃんとしっかり丁寧に密かに盗聴器を仕掛けて盗み聞きした、ヨミーとアマテラス社保安部部長の会話を。
ヨミーのプロフィールなんて、職業も住所も恋人の有無も家族構成も人間関係も、その程度なら調べ済みだったから。
目新しい情報は、此度の件に対するヨミーの所感のひとかけら。
(オレの方が凄いって褒めてくれたんだよな?)
男の想いは、半ば錯覚と思い込みだった。
自分の犯行を解けるような人なのだから、男にとって素晴らしい人柄に違いないのだと。社会に適合しているけど、頭がイカレているに違いないのだと。
都合の良い夢想を膨らませて、男は恋に恋する女子高生よりもふわふわと浮かれていた。
(……と、盗聴器。バレたら幻滅されるのか? あの人に興味がある、と迂闊に我を出してしまった……低品質の犯行なんて、あの人に失礼だ……)
——そうして夢を見ていた男から直々に、凡百の善人が唱えるような言葉を投げかけられ、冷や水を浴びせられるとは、今の段階では露も知らず。
男は、多幸感で酩酊していた。
(終了)