昇降口で (水瀬×伏見)
水瀬×伏見 【数年後if】
とある休日。三門市立第一高校の昇降口に、一人の男子生徒の姿があった。
「はぁ…休日に来てまで補講とか、マジでダルい。一条たちが終わんねぇとランク戦も出来ないだろ」
下駄箱の前に座り込んで大きなため息を吐くのは、2mを超えているであろう長身の生徒、水瀬一だ。今日は、任務で授業を欠席することが多いボーダー隊員の補講の日だ。三年生に上がった水瀬たちは進路の問題もあり、みっちりプリントを解かされに来ている。
「水瀬くん、もう終わってたの」
突然、一人の生徒が現れた。さらさらとした短い髪から覗く顔は整っていて、一見すると美少年のようだ。しかし、セーラー服を着ていることから女子だと分かる。名前は伏見七瀬。彼女もまたボーダー隊員である。
そして、水瀬が片想いしている相手でもある。
その想いに気付いているのかいないのか。定かではないが、伏見はいつも距離が近い。水瀬の隣に腰を下ろす。
「他の奴らは?」
水瀬が聞く。今日は一条、崎守、辰井、那珂川も来ていたはずだ。水瀬の補習が終わったとき、一条と崎守はまだ教室に残ってプリントを解いてるようだった。
「那珂川さんも、辰井さんも、もう終わって任務に行った。あと一条さんと崎守くんは、まだ教室でなんかしてた」
律儀に答える伏見。一条と崎守が戻ってくるのはまだ先になりそうだ。
無言の時間が過ぎる。伏見はよく喋る方ではないし、水瀬も自分から話しかけるようなことは少ない。水瀬がちらっと横を見ると伏見は熱心に教科書を見つめていた。
こちらの視線に気付かない伏見を眺める。少し前に短くなった伏見の髪から見える顔は、水瀬の好みにドンピシャだ。自分の飽き性を自覚している水瀬だが、ここまで見ていて飽きない顔も珍しくと思う。
ばっちりと、目が合った。
伏見が顔を上げたのだ。
「水瀬くん、好きだよ」
唐突な言葉。考えてることが伝わったのかと水瀬は焦る。そういえば、色恋沙汰に関しては超鈍感だが、コイツは勘が良いサイドエフェクトを持っている。だが。
「はいはい知ってるっつーの、どうせ水瀬くんみたいなお友達が出来て良かった~みんな好き~とか言うんだろ」
今までの鈍感さからは、そんなことは考えられない。どうせいつもの様な『友達はみんな好き』みたいなやつだろうと思い、水瀬は軽くあしらう。
「違うよ」
「…ッ」
静かな、だが強い否定。「うん、みんな好き」という返答を想定していた水瀬には不意打ちの様な言葉だ。思わず言葉に詰まる。そんな水瀬に、伏見は言葉を続けた。
「恋愛として、好き」
伏見の言葉はいつもシンプルだ。普通の人なら躊躇う言葉も、なんの躊躇もなく口にする。
「…」
「…」
水瀬の返答を待つ伏見。水瀬は混乱する頭で必死に言葉を探す。コイツに限って、恋愛なんて事を口にするはずが無い。
「…ッハ、分かった、最近の崎守と一条が良い感じだから焦ったんだろ。置いてかれちゃう~とか。とりあえず手近なオレにしたんだろうが、残念ながら乗らねーよ」
いつもの調子で返す。いや、返せたつもりだが、少し早口になったと自分でもよく分かる。
「違う。普通に好きだから」
プルプルと首と振ってすぐに否定する伏見。
「…どこが」
思わず聞いてしまった。その後に後悔が押し寄せる。これでは、自分の気持ちに気付かれてしまったのではないか。そんな水瀬をよそに、伏見は指を折って挙げていく。
「まず、武器の使い方がすごく上手いところ、あと、ランク戦のときに楽しそうなところ、いつも一緒にお弁当食べてくれるところ、それから、数学とか理系が得意なところ、他には…」
「もういいもういい。お前がオレのこと好きだってことは十っ分、伝わったから。ま、さっきも言った通りお前にわざわざ付き合う気はねーけどな」
伏見の言葉を遮るように言った。聞いてるこっちがこそばゆくなる。しかし、伏見は水瀬の顔をじっと見つめた後に微笑む。会ったばかりの頃には全くと言っていいほどに表情を変えなかった伏見だが、今ではふとした瞬間に少し表情が変わるようになった。その表情に水瀬の心臓が速くなる。
「…そうやって、照れ隠しみたいに思っても無いこと言う所とか、好き」
「…………あっそ」
伏見は言いたいことを言えて満足といった様な表情だ。対して、煽りも効かず、むしろカウンターを喰らった形となった水瀬は、照れと悔しさとその他の様々感情が混ざり、複雑そうな表情をしている。
ヴーッ ヴーッ
携帯の着信音が鳴る。伏見の携帯だ。すぐに確認する伏見。緊急の任務も入ることが多いボーダー隊員の癖だ。内容を読んで伏見が立ち上がる。
「任務」
それだけ言って靴を履き替える。伏見がいなくなると分かり、水瀬は少しほっとした。あの空気のまま一条達を待つのは色々と困る。
「あ」
玄関を出るときに伏見が振り返る。
「一条さんと、崎守くんに待てなくてごめんねって言っておいてほしい」
「はいはい、分かった。これ一つ貸しな」
伏見はすっかりいつもの調子だ。それを受けて水瀬もいつものように軽口で返す。
「あと、好きじゃなくて『大好き』だから」
再度、微笑んで水瀬の言葉を訂正する伏見。それだけ言うと外に出ていく。あとに取り残されたのは水瀬だけ。
「……ッんだよソレ」
ずるずると体の力が抜ける水瀬。混乱する頭は、伏見の言葉の意味を考えることで精一杯だった。
水瀬がその後やってきた崎守に顔の赤さを指摘されるのは、また別のお話。