早瀬ユウカと感動の再会
3月13日
「おろろろろろっ」
「あーもう! 無茶しすぎよ。こんなに騒いで……」
陸八魔アルの誕生日は盛大に祝われた。
深夜を超え、朝日が昇るまで続けられた狂乱のバカ騒ぎにより、辺りは死屍累々となっている。
当の本人であるアルは限界が来たのか虹色の滝を生成しており、ユウカはその背中をさすりながらこの惨状を招いたホシノに怒っていた。
「うへぇ、やりすぎちゃったかな~?」
「この有様でやりすぎじゃないなんてことないでしょう! なんでシャンパンタワーまで用意したんですか」
「え、でも227号の子たちが必要だって言い張るから」
「私欲が混ざり過ぎです。意見を聞きすぎるのは良くないですって」
「ごめんねぇ、みんなに楽しんでほしくておじさんが奮発しちゃったから」
「はあ……」
しおらしくするホシノに怒る気も失せたのか、ため息を吐いたユウカが肩を落とす。
「これじゃ私の……」
「ん? 私の?」
「あっ」
気が抜けた瞬間に小さく漏れた言葉を、ホシノは耳ざとく聞き逃さなかった。
「私のって、ユウカちゃんもしかして誕生日? え、ユウカちゃんも誕生日近いの?」
「え、えっとそれは」
「いつ? いつなの?」
「明日ですけど……」
「明日!? こうしちゃいられない、ハナコちゃんヒナちゃん起きて~! 次の誕生日の準備するよ!」
「しなくていいんですって!」
ホシノがユウカの誕生日に目を丸くして、ハナコたちを叩き起こそうとするのを慌てて止める。
「え~でもさ、おじさんはみんなの誕生日を祝いたいし」
「でももへちまもないです! こんなに散財してまだやるつもりですか!? もう返し終わったとはいえ、アビドスが借金まみれだったのもその散財癖のせいじゃないんですか?」
「うぐっ……それを言われると、耳が痛いなぁ」
ホシノの脳裏にかつてのアビドスの記録が過ぎる。
羽毛の体操マット、稀少鉱物の使われた花火などが多くあり、贅沢三昧をしていたことは想像に難くない。
人間は一度贅沢を覚えてしまえば、グレードを下げることは難しい。
砂糖を金脈としてかつてのような勢いを取り戻したアビドスで、ホシノも知らず知らずのうちに同じように増長していたようだ。
「帳簿はどこですか! いっておきますけど、私の目は裏帳簿も少しの数字のミスも全て見抜きますからね!」
「うへ……」
ユウカの剣幕に押され、ホシノは渋々と生徒会室へと彼女を招き入れたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ここの売り上げがこうなってて、こっちの原価と加工の手数料から差益を計算して……」
「ユウカちゃんもう夜だよ~少しは休もうよ~」
「今いいところなんです!」
度々休もうと声を掛けてくるホシノを切り捨て、ユウカは山のようにあった帳簿を処理していく。
時折口に含む紅茶抽出砂糖飽和水溶液を飲めば、眠気も疲労も感じることなく効率的に動くことができる。
限界まで砂糖が溶かされとろみのあるシロップに近くなったそれは、極限まで集中力を高めてくれるのだ。
「ふう……これでよし、と」
「お疲れ様~、ごめんね、おじさんが適当すぎたせいでユウカちゃんにこんなことさせちゃって」
「いいんです。私が好きでやってることですから」
「でもお礼を言わないのは違うよねぇ」
「そうですね。なら次からはしっかり領収書は纏めておいてくださいね」
「うへぇ、気を付けるよ~」
時折席を外したとはいえ、ホシノはユウカに付き添っていた。
書類作業に1人奮闘するユウカの行いをじっと見ていたのだ。
「それでさユウカちゃん、今何時かわかる?」
「え? 今は……夜の12時?」
「てっぺん回ったね。つまり今は3月14日。お誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう……もしかしてそれを言うために遅くまで残ってたんですか?」
「えへへ……ユウカちゃんがアルちゃんみたいな盛大なパーティーは嫌だって言うからさ、ささやかでも良いから少ないメンバーで集まって祝うくらいは良いと思って、ね?」
「ホシノ先輩……」
ホシノの言葉に、ユウカの胸がじ~んと熱くなる。
この少女は書類作業で一人だったユウカの身を案じていたのだ。
いくら決戦が終わったからといって、まだまだやることは山積みだというのに。
「それでね、ユウカちゃんにプレゼント用意したんだ~。ちょっとこっち来て」
ホシノに手を引かれ、ユウカは隣の部屋に案内される。
そこには大きな箱がご丁寧にラッピングされて置かれていた。
「喜んでもらえるといいんだけど……」
「……もう、また無駄遣いしたら怒りますからね」
口ではそういいながらも、ユウカの口元は綻んでいる。
大きなリボンを引いて箱を開けたユウカの目に飛び込んできたものは、ユウカの良く知るものだった。
「あれ、このにおい、どこかで……」
「ノア?」
箱の中に居たのは、かつてセミナーで苦楽を共にした少女、生塩ノアだった。
「おもい、だした……ユウカちゃんだ」
身体を起こしたノアが、匂いを頼りにユウカに抱き着く。
「ユウカちゃん、ユウカちゃんのにおいだ、たすけにきてくれたんですね」
ノアはユウカの匂いを嗅いで、童女のようにキャラキャラと笑う。
その姿に、ホシノがうんうんと頷いて説明を続けた。
「ヘルメット団で使い潰されていたんだけど、どこかで見たことあると思ってたんだよね。だから回収してきたんだ~。喜んでくれる?」
「ホシノ、先輩……」
ミレニアムがアビドスに呑まれて、ユウカの知り合いは散り散りになっていた。
その一人の末路が、この目の前のノアだった。
かつての記憶能力は消え失せ、新しく物事を覚えることすらおぼつかない無能になり下がった。
ユウカへのプレゼントだからと外見は整えられているものの、彼女の服の下の体はボロボロだった。
そんな少女の姿を見てユウカは
「ありがとう!」
ホシノに礼を言った。
「いや~そういってくれると思ったよ。おじさんの目に狂いは無かったね」
「会計作業をしていてちょっと寂しいって思ってたんです。ここにノアがいてくれたらな、って。だからまたノアと一緒にいられるのは凄く嬉しい!」
「うんうん、仲のいい友達は一緒にいるのが一番だよね~。おじさんもそう思うよ」
「いっそのことアビドスでセミナー支部作ろうかしら」
「お、いいじゃんいいじゃん。どんどんやっちゃって。足りない子が居るなら探してくるよ~」
「ホントですか!? ならコユキも呼びたいです。あの子ったら生意気で考えなしなところはあるけど、本当はとっても良い子だから」
「オッケーオッケー、コユキちゃんね。ハナコちゃんの人脈で探してもらおうかな」
「あ、あとリオ会長もいい加減こっち来いってガツンといってやらないと」
「そっちはヒナちゃんに空から探してもらうね。個人の戦闘能力は低いみたいだし、おじさんたちへの対抗手段で大型の機械を作るなら隠しようもないはずだしね」
「よろしくお願いします! よーし、心機一転がんばります!」
「その意気だよ。冷徹なる砂漠の算術使いさん」
「も~その呼び方は止めてくださいってば」
「えへへ、そうだね。ユウカちゃんとっても優しいもんね」
一度は仲違いした相手を、怒ることなく受け入れるのだ。
ユウカの懐の深さは、付き合いの短いホシノでさえすぐに察することができた。
ノアの頭を優しく撫でる姿はまるで聖母のようで、その愛情深さが伺い知れる。
「ホシノ先輩……」
「ん~なあに?」
どこかで歯車のズレたはずの物語は、それでも奇妙に噛み合い回り続ける。
逃れられない勢いを増して、やがて全てを砂の内に呑み込むまで止まることはないだろう。
「最高の誕生日プレゼントをありがとうございます!」