旧知丼
「潔世一はウチのなんだけど。自分のもの扱いするのは早いんじゃない?」
「確かに今の所属は青い監獄だが……どうせそのうちバスタードミュンヘンに来る」
「だから今もうちの子扱いってか。人でなしらしい無茶の通し方だな」
絵心に呼び出されたと思ったらノアも来た。潔が把握している状況はそれくらいで。ただ、絵心には悪いようにはしないとだけ言われていたので、潔は特に焦るようなことは無かったのだけれども。それでもこう舌戦が始まってしまえば話は別だ。潔は頭の上で交わされる言葉の刃におろおろと、二人の顔を交互に見遣った。
どちらかといえば絵心が突っ掛かる形ではあるが、ノアも応戦しているあたり、貴重なものを見ている気もする。やっぱこの二人結構仲良い? どこか呑気な潔がぼんやりとそう考えていると、絵心が潔の肩に手を回して引き寄せた。意外に強い力に潔がたたらを踏んで、絵心の体にぶつけた頭を反射的に摩っているとノアが僅かに口角を上げた。
「もう少し体幹を鍛えた方が良いな」
「あ、はい」
「それで、何時までいるつもり? 普段はすぐ部屋に引っ込むくせに」
絵心的にはノアがここにいるのは望んだことではないらしい。てっきり絵心が呼んだものだと思っていたので、潔は首を傾げた。
じゃあ絵心が俺だけに用事ってどんなことだ? U-20戦なんかでは割とデカい口利いた記憶があったけれど、それを追求するには時間が経ち過ぎている気がするし、そもそも絵心はそんなことを気にするタイプではない、と思う。
潔のその様子に大仰に溜息を吐いて――絵心は身振り手振りがちょっと大袈裟なところがあると潔は思う。わざとだろうか――絵心は潔に覆い被さるように身を寄せた。ノアは静かにそれを見ている。
「こんな所で惚けるようなクソガキとは思ってなかったんだが……普段あいつらにやってることと同じだよ。出来るだろ?」
「ああ……え。絵心さんも? サッカーじゃなくて?」
あいつらと、じゃなくてあいつらに、やってることなんて潔としては一つしかない。詰まる所は抱くと言う話だ。絵心が潔に望むのはサッカーに関することだけだと思っていたので、潔は少し面食らった。あとノアの反応が特にないのはわかってたってことか。大人の考えることはよくわからない。
「まあ……良いですけど……ノアは?」
「俺も概ね同じだな」
「そうなんですね……」
絵心の大きな舌打ちが聞こえる。この人たちやっぱり仲良いな。この状況でそう思う潔は普段から殺意だのなんだのを受け流しているだけの図太さがあった。
「こうなったら梃子でも帰らないつもりだろ。人の情緒を少しは理解しろよサイボーグ」
「お前に人の気持ちを説かれるとはな。先を譲っているだけマシだと思うが?」
「チッ……時間の無駄だ。潔世一」
「はい」
二人の間では何かしらの同意が得られたらしい。お前は何も気にしなくて良い。普段通りにやれ。その言葉に頷いて、潔は絵心の寝室へと足を踏み入れた。