ある日の正直な2人
「ええっと、今日の日直は…一条さんと水瀬さんね。それじゃHRはこれで終わり。2人とも、今日はよろしくね」
年配の経験豊かな女性の先生。ふくよかで人好きのする笑顔でこの1-Eの生徒を見守っている担任。普段であればそれくらいの感想であるのだが、この時ばかりはその笑顔が恨めしい。なにせ…
「勘弁してほしいもんだな。お互いに」
「全くです。あなたのような男と日直の仕事をしなければならないとは」
この男、水瀬一と1日仕事をこなさなければならないのだから。
「随分とご挨拶じゃねーの。俺だってヤだね。誰かに押し付けたいとこだけど…」
彼は顎に手を当て、少し考える振りをする。かと思えばニヤついた顔でこちらをからかうように言葉を紡いだ。
「あぁそうだ。崎守にやらせりゃいいんじゃねーの?アイツなら喜んでやってくれるだろ」
「そもそもクラスが違います。それに、そこまで崎守くんに迷惑をかけるわけにはいきません」
「ま、冗談だけど…意外。アンタなんでもかんでもアイツに押し付けてワガママ放題かと思ってた」
そもそもその話が風評被害だ。崎守くんにワガママ放題なのは私の妹、安寿であって私はそこまでワガママは言っていない。暑い日に『アイスを買ってきてほしい』だったり『服を買いに行くから荷物持ちとして手伝って欲しい』くらいのこと。むしろ今は隊長として隊員に示しがつくように...いや、これは今は置いておいた方がいいですね。
「とりあえず、仕事を済ませるとしましょう。黒板を消すのと...」
「移動教室の鍵の施錠、あとは学級日誌。学級日誌はオレが書く。アンタどうせそういうの向いてねーでしょ」
この男の他人をバカにしたような態度はどうにかならないだろうか、と何度も思う。確かに自分は座学が苦手ではあるが学級日誌を書くことくらいなんでもない。おそらく自分を怒らせて後々ランク戦に誘うつもりだろうがその誘いには乗らない。
「早く終わらせましょう。水瀬くんもその方がいいでしょうし」
「分かってんじゃん。んじゃ頼むわ」
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「あの、あなたが消したチョークの粉が私の頭に降りかかってくるのですが?」
「おー悪いな。オレより身長低いからな、かかるのもしゃーねーんだわ」
ワザとやっている。この男はワザとやっている。あのニヤついている顔にこの手に持っている黒板消しをぶつけてやろうか。いや、そんなことをすれば挑発に乗ったと言っているようなもの。
それに、そうなればまた崎守くんが呼び出されて彼に仲裁をさせてしまう。隊長として隊員に情けないところは見せられない……ふつふつと湧いてくる怒りを無視し、黙って手を動かした。
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「そんじゃ鍵閉めよろしく。オレはこれ運んでくわ」
「はい、お願いします」
器具が詰められ、ガチャガチャと音を出す箱を持った彼が足で扉を開け、歩き去っていく。
その後ろ姿を見ながら行儀が悪い、という気持ちと、ああやって重いものを持つくらい気が利くのならそうしていれば寄ってくる人もいるでしょうという感想が同時に浮かぶ。
「あの振る舞いさえなければ...いえ、あれがあの男らしいということなのでしょうか?」
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「ほい学級日誌終わりー。そんで日直も終わり。早くボーダー行ってランク戦してーわ」
「あなたはいつもそれですね」
「ハ、なんだよカマトトぶって。アンタもそうだろ?個人戦が好きだし、そもそも誰かと競い合うってのが好き…いや、ただ負けず嫌いってだけか?」
「あなたと一緒にしないでください。それと挑発なんてしなくても素直に言えば個人戦はやってあげます」
「あ?何の話だよ」
「時々していたでしょう。子どもみたいなんですから、全く」
気を引きたいからちょっかいをかける…なんだか幼い頃の妹を思い出す。そう思えばこの男が体だけ大きくなった弟のように見えてきた。
「……なんだよその目。なんか失礼なこと思ってるだろ」
「いえ?さて早く個人戦をしたいのでしょう。学級日誌を提出してボーダーに行きましょうか」
「へーへー。なんかムカつくけど個人戦がやれんならなんでもいいや」
「せっかくですし伏見さんもいたら誘いましょうか。人は多い方がいいでしょう?那珂川さんや辰井さんももしかしたらいるかもしれないですし」
「…なにか変なモンでも食った?アンタなんでいきなり優しくなってんの……?」
失礼な男を受け流しながら歩く。あんなことを言ったが、彼ほどではないにしろ私も競うことは好きだ。同級生やさらに強い隊員と戦える事に密かに心が躍り、自然と笑みが浮かぶ。
「うわ、こえー顔。なんで笑ってんの」
一度は受け流した男を、今度こそ睨んだ。