日常風景

日常風景

アパート「京都」の異常で愉快な日常

 一郎の同居人は変わり者である。そして同アパートの住人も変わり者である。

 一郎はその事を始めの一週間で確信することになった。

『一郎知ってるか?妖怪の噂』

「妖怪?」

 社会復帰プログラムによりアパートに住み始めて一週間。引き取り手であり保護者である手央読内がどこかへ出かけている間、三人で部屋の掃除をしていた時のことだった。突然ルイナーがこの話を切り出した。

『ここから少し行ったところの公園。夜中に通りかかると突然カランカランと音がして、ふと見るとそこには蹲る影。そいつが「これじゃない……これじゃない」と言いながら空き缶を次々投げ捨てている。で、突然「あった」と言うと近くの人に歩み寄ってくるらしい』

「……その後は?なんかホラーなオチがあるんだろ?」

『え、それで十分だろ。分からないってのは怖いんだぜ?発見者の塾帰り小学生ボーイは全速力逃走、警察に通報したが残念ながら正体は不明のままだそうだ』

「そんなもんか……トシはどう思……」

 そこで一郎は近くで耳を塞いで蹲るトシを発見した。

「トシ」

「聞こえない!何も聞こえないから!」

 そう叫んで目と耳を固く塞ぐトシにルイナーは囁く。

『………やーいお前の兄ちゃん2×1=3の男ー』

「殺すよ馬鹿。お兄を……えっと、事実でも馬鹿にしないで」

「あれは僕が少し混乱してただけだ!2×1=4だろ!?」

『お前やっぱり馬鹿だ』

 やれやれと触手を竦めるルイナー。

「ごめんトシ、怖いの苦手だもんな」

「苦手じゃないから!今たまたま聞いてなかっただけ!」

 必死に強がっているが、その姿を見れば真実は一目瞭然だろう。

「……怖いなら怖くなくせばいい。不審者退治だ、こっそりと」

 一郎はつぶやいた。



「で、今夜は読内さんは遅くなるらしい」

『妖怪の目撃された時間はそろそろだ』

「『トシは寝てるといいよ』」

 窓枠に手を掛け、外へ飛び出そうとする変身した一郎に、トシは必死でしがみついた。

「一人にしないで!」



『で、結局こうなるわけだ』

 トシを抱き抱えて、一郎とルイナーは夜のビルの谷間をスイングで駆ける。

「トシ、寒くないか?」

「大丈夫……上着も着てきたし」

『ああ二人とも、そろそろ目撃された公園だ』

 ルイナーの言葉と同時に下を見ると、カランカランと音が聞こえた。確かにゴミ箱から空き缶を取り出しては投げ捨てている影がそこにいる。

 上からではよく分からないため、静かに公園の前の歩道に着地。こっそりと忍び寄る。

「……とりあえず実体はある。実体があるなら殴れる」

 物騒な理論で一郎が息を整えた時だった。

「これだ!」

 影が叫ぶと振り返った。

「「『はぁ!?』」」

 三人は同時に驚愕の声を上げたが、それは正体が異常な何かだったからではない。むしろその逆だったからだ。

「……あれ?ダメだよ一郎くんにトシちゃんにルイナーくん、夜遊びなんか覚えちゃ。子供は早く寝なよ」

 空き缶を手にそこに立っていたのは、彼らの保護者である手央読内その人だった。

「いや、あの、この辺りで妖怪が出たって聞いて……」

「そりゃ怖い。でも僕はまだ見た事ないよ」

 一郎は自らの問いに対する答えに軽くショックを受けた。どう考えても目の前の男が妖怪の正体だ。

「……あの、読内さん。ここで何をされているんですか?」

 おずおずとトシが尋ねると、読内はあっさりと答えた。

「缶蹴りの練習」

『………俺人間じゃないから分からないけど、これ普通か?』

 トシと一郎はその言葉に全力で首を振った。

「酷いな、君たちのためだったのに」

「え?」

 驚き聞き返すトシ。それに対して、読内は当然のように続けた。

「君たちと打ち解けるためにはやはり遊びだと思ってね。取り敢えずオーソドックスに遊べる缶蹴りの練習から始めたわけさ」

『おめー少し前の夜に小学生へ声かけたことは?』

「……ああ、良い缶が見つかった時、丁度通りがかったから一緒に遊ばないかと声をかけたけど。それが何か?」

 その答えに、子供たち三人は肩を落とした。

「秘密にして驚かせようと思ったけど、まあ良いや。せっかくだしアパートから全員呼んで缶蹴り会やろうよ」



 その夜の公園は、アビリティと空き缶の飛び交う地獄と化した。

 カマキリは軍隊仕込みの高速匍匐前進で隠密缶蹴りを繰り返し、バッタは見事な跳躍で視界の外から缶を襲い、カダは缶の偽物を即席で大量に用意し戦場に混乱をもたらし、ノートンがアビリティで呼び出した偉人英雄が大暴れし、大家さんはそれらの全てに対して頭を抑えて蹲ることで対応する事を決めた。

「しかしこれでついに僕も含めて全住人が都市伝説になったのか」

 読内が呟く。

 シャーロックホームズの亡霊(夜の散歩中のカマキリ)、消える地縛霊(急いでいたため飛び上がり、目撃者の視界から唐突に消えたバッタ)、子供を飲み込むハーメルンのアパート(ノートンの開くアパートの部屋での子供向けお話会)、啜り泣く女幽霊(アパートの住人のトラブルに泣く大家さん)、動く首無し死体(顔を隠している黒い布が深夜でよく見えず、首無しに見えたカダ)。

 それらの都市伝説にさらに缶漁りの伝説が追加された瞬間だった。

 そして後日、深夜公園戦争なる都市伝説も追加され、その噂の中には現実に現れた変身ヒーローと、空に浮かぶ少女の幽霊と、謎の触手も登場したのだが、それは後の話である。

 この時確かな事は、全員が笑っていたことだけ。ずっと笑えていなかった少年少女も含めて。

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