新米魔女と呪われたカラス
いつかの時代、どこかの世界。
とある所に、ベネリット王国という大きな国がありました。
ベネリット王国は中心の王都と、それを囲うように作られた大きな3つの街からなる国でした。
その王都の隅にポツンと存在する小さな森に、1人の新米魔女が暮らしていました。
魔女の名前はスレッタ・マーキュリー。真っ赤な髪とまんまる眉毛が特徴的な、どことなくタヌキを連想させる風貌の女の子です。
スレッタの母親はプロスペラという魔女で、ベネリット王国でその名を知らない人間はいません。
プロスペラは強大な魔力とそれを難なく扱えてしまう才能を持ち合わせた偉大な魔女で、その腕を見込まれ王家直属の魔術師として王室で働いているのです。
王室で働いているプロスペラは滅多に家に帰ってきませんが、その代わりにスレッタのそばにはいつも使い魔のエアリアルがいるので、スレッタはちっとも寂しくありませんでした。
エアリアルはスレッタのためにプロスペラが魔法で生み出した精霊で、そんな芸当が出来る魔女は広い世界の中でも片手で足りる程しかいません。
それ故にプロスペラを恐れる者も少なからずいますが、スレッタはそんな母が大好きで、いつか自分も母親のような立派な魔女になる事を夢見て日々魔法の勉強に励んでいました。
スレッタは月に一度、森で採った植物と自身の魔法を掛け合わせて作った薬を売るために街へと出かけます。今日はその月に一度の日でした。
街にやって来たスレッタを街の人々は暖かく出迎えてくれます。先月の分の薬の効き目が良かったと、先月薬を買ってくれた人達はみんな褒めてくれました。その時の薬はスレッタにとっても自信作だったので、スレッタは褒めてくれた人達に笑顔でお礼を言います。
そして今月の分の薬を売り終えたスレッタは、浮かれた足取りで帰り道を歩いていました。スレッタがご機嫌な理由は、彼女が抱えている紙袋にあります。
スレッタが今日最後に薬を売りに行ったのはお得意先であるパン屋さんで、ちょうどその時にパンが焼きあがったからと店主さんが焼きたてのパンを一つ分けてくれたのです。
紙袋に入ったパンはまだ温かく、袋の隙間から漂う匂いを嗅いでいるだけでお腹が鳴ってしまいそうでした。
「……せっかくだし、温かいうちに食べちゃおうかな?」
家でお留守番してもらっているエアリアルの事が僅かに気掛かりでしたが、エアリアルは賢いので少し帰る時間が遅くなっても大人しく待っている事でしょう。
心の中でエアリアルにごめんねと謝りながら、スレッタは近くの公園を目指して歩みを進めました。
「……? 何だろう……?」
公園に到着したスレッタは、ベンチのすぐそばに黒い何かが落ちているのに気付きました。
マナーの悪い人がゴミを置いていったのかな、そう思って近寄ったスレッタはぎょっとします。
黒い何かはゴミなどではなく、ぐったりと力無く倒れた一羽のカラスだったのです。
「た、大変…! 大丈夫!?」
スレッタは慌ててカラスを抱き上げて、その軽さに再度ぎょっとしてしまいます。
羽毛の下のカラスの体は痩せ細っていて、きっと何日も何も食べていない事が容易に想像できました。
まだ辛うじて息はあるようですが、体のあちこちには傷も見受けられ、このまま放置してしまえばきっと程なくしてこのカラスは息絶えてしまうでしょう。スレッタは、そんな状況を見過ごせる女の子ではありませんでした。
「ごめんね、もう少しだけ頑張って…!今、私の家に連れて行くから!」
家に帰れば、スレッタが作った傷薬や手当てのために必要な道具がありますし、多少なりとも食べ物もあります。少なくともこの公園にいるよりは遥かにマシでしょう。
スレッタは自分が着ていたコートを脱いでそれにカラスを包んで、なるべくカラスの体に衝撃が加わらないように気を付けながら家へと帰る道を駆け出しました。