命を懸けた男への弔い
~海賊の歌姫は、今は亡き海兵の父を思う~〖怯えてはいけない 仲間も待つから
進まねばならない 蒼きその先へ………〗
…歌い終わると、私以外に誰もいないその場は、とても静かになる。
見上げると太陽はとても眩しく、青い空が目の前に広がっていた。
……あの人には、届いたかな。
「…あ、そっか。もし届いてても、私が誰か分からないかな?」
肝心なことを忘れていたことに気づいた私は、ハッとなった。
「私は…ウタ。麦わらの一味のもう1人の音楽家だよ。……って、それで新入りって思われても困っちゃうな~……」
私は顎に手を当て考えてみる。彼にとって、1番私だと分かりやすいのは……
「…あ、それじゃあ……エートコーシテアーシテ……
…こほん。『ギィギィ~』……なんちゃって」
私は両腕を小さく広げながら手を少し引っ込め、ダボッとした腕を作りあの時のようなポーズを取ってみる。
…実は少し、「一人で何やってるんだろう」と思って顔が赤くなりそうだったのは、ナイショ。
「……私はあの時、人形だったんだ。七武海ドフラミンゴの幹部、シュガーの能力でね。みんながやっつけてくれたから、元に戻れたの」
私は気を取り直して格好を直し、喋りながらその場に座ってみた。
…あの時は麦わら帽子の上に座っていたけれど、それでも今の私の目線の方が高い。
「辛かったなぁ~。人形だとご飯は食べれないし、熱さとか冷たさとかも分からないし。……何より辛かったのは、みんなに忘れられたことだけど。…あっでも、人形だった間のことも今となってはいい思い出だよ?」
私は取り繕うようにそう言った。
心配されちゃったら申し訳ないしね、…なんて。
「それに……私が人形だった時、あなたに撫でられて、昔話をしてもらって、歌まで歌ってもらって……ちょっと、嬉しかった。まるで、お父さんみたいだなって。」
これは冗談でもなんでもなく、その時本当に思ったことだ。
あの手で撫でられる子供は幸せだろうと、今になっても私は思う。
「この姿だったら、撫でてもらえなかったかな?私のこと息子みたいって言ってたし。…男のコじゃなくてごめんね~」
冗談混じりにそう言ったあと、私はしばらく空を見上げ黙り込んだ。
……無音の世界にいると、あの夜をそっくりそのまま思い出してしまう。
人形だったとはいえ、海賊の一味の私に本音を話してくれた、あの夜を。
「……あ、そういえばゼットさんはあの時、ルフィをちょっと認めてくれてたよね?強さはまだまだだ~って言ってたけど」
あんまり黙っているとしんみりしてしまいそうだったから、私はまた話を続ける。
「あれからルフィも、もっと強くなったよ。色んなヤツぶっ飛ばして、色んな人を助けて。……ルフィが作る新時代も、もうそんなに遠くないかもしれない。」
そう、新時代。彼もまた、大海賊時代を終わらせることでそれを作ろうとした一人なのだ。
やり方はちょっと……いや、だいぶ過激だったけれど。
「……えーと、それからね……ダメだ、話したいことたくさんあったのに。いざその時になってみると、全然言葉が出てこないなぁ……」
私は、人間に戻れたら、あの時のお返しに色んなことを話そうと思っていたはずだった。
辛かったことも、楽しかったことも。
今までの冒険のことも、私の家族の話も……
でも、上手く言葉がまとまらない。その色んなことが、あまりに色んなことすぎて。
「……えへへ、一人で喋ってるだけなのに、ホントにゼットさんと話してるみたい。なんだか照れくさいな~」
私は軽く笑い、肩を竦めた。
「あ、そうだ!ひとつだけ、言いたいことがあったんだった。…ゼットさんは、シャンクスのことよく思ってないみたいだったけど、シャンクスは悪い海賊じゃないよ!私の父親だしね。……まぁ、13年忘れられてたけど……」
…あれ?これ聞かれたら、シャンクスの印象もっと悪くなるかな?
……まぁでも、これは全部私にとって嘘ではないから良いだろう。
忘れられて辛かったことも、それでもシャンクスは私の父親であることも、シャンクスが悪い海賊じゃないことも。
「……それじゃあ言いたいこと言えたし、私、そろそろ戻らなきゃ。あんまり長いことここにいると、みんなにバレそうだし……
一方的にだけど、話せてよかった。……あ、一方的な話なのは、あの時も一緒だね。ふふ…」
私は立ち上がりながら、最後の言葉を冗談で締めた。
そう、私は暗い話をしたい訳じゃない。しんみりなんてしなくていいんだから、これで良いのだ。
…私は来た時と同じように、くるりと方向を変えて帰ろうとした。
その時。ひゅうと、風が吹いた。
一瞬だけ、私の頭の上に。
まるで、その感触は……
人に言えば、変な話だと思われるだろう。
それでも、私はそうとしか言い表せない。
…私は、風に頭を撫でられたのだ。
思わず私は、後ろに勢いよく振り返ってしまった。これに驚くなと言われる方が、無理な話だ。
「…え……」
私は固まって、何も言えなかった。
でも、そうして少しの時間が経つと、私も冷静になった。
……多分、ただの偶然だ。ちょっと本気にしてしまって、恥ずかしい。
「……もしかしてまた、撫でてくれたの?お父さん………な、なーんて!」
……とりあえず冗談めかして誤魔化そうとした私は、余計に恥ずかしいことを言ってしまった。
(…あー!あー!!何言ってるんだろ私!!早く帰ろうそうしよう、みんなに気づかれる前に!!)
慌てた私が思わず語気を荒らげ、心の中でそう叫んだ時。
今度は、私が転ぶぐらいの強い風が、これまた一瞬だけ吹いた。
「うわっ!…いたた……」
…強風に吹かれ転んだことに気づいた私に、もうこれを偶然だと思うのは無理な話だった。
「……ぷっ、あははっ!もしかして、お父さんって言われて怒ったの?ごめんごめん、海賊にそう呼ばれるのは嫌だよね~、私が息子さんに似てるからって!」
私は笑いながら起き上がり、足に着いた砂埃を払った。
それだけみれば不運な出来事のはずなのに、私は全くそう思うことはなかった。
「それじゃあ改めて……さようなら、ゼット!あなたが目指した新時代は、きっと……ううん、必ず!迎えられるから!」
そう言って笑う私の頬には、自然に涙が一滴、伝ったのだった……
「…えへへ、結局湿っぽくなっちゃった」
(おわり)