「新時代」 vsカイドウ Side:ウタ その3
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
何処かの街。路地裏の小さな一室。
その部屋の一角には新聞の切り抜きが多数張り付けられていた。
いずれも麦わらの一味に関するものだ。
更にその下には麦わらの一味の手配書が散乱している。
この部屋の持ち主が意図的に集めたもののようだ。
「…………」
この部屋の主、小さな少女は足をプラプラと動かしながら自分で作った新聞の切り抜きを見ていた。
最も新しい切り抜きは”四皇”の一人”ビッグ・マム”シャーロット・リンリンの本拠地「ホールケーキアイランド」。
そこで大騒動を巻き起こした麦わらの一味を大々的に取り扱ったものだ。
虚実入り混じる”新聞”を体現したような存在がトップにいるような新聞から発信される情報の真実性など最初から期待していない。
ただ知りたかった。
あの子は今も……
♪キミが話した 「ボクを信じて」
「…………」
突如聴こえてきた歌声に動揺することなく、少女はゆっくりと天井を見上げる。
無論何の変化もない、代り映えのない天井だけしか見えない。
「……ふーん」
少女はゆっくりと目を閉じると椅子の背もたれに身を預け脱力する。
聴こえてくる歌に身を任せるように。全身で感じ取ろうとするかのように。
♪見えるよ新時代が 世界の向こうへ さあ行くよ new world
「悪くないわ」
少女は歌に身を任せながら微睡む。
もし、出会いが違っていたのなら。
もし、何のしがらみもなかったのなら。
今もこの歌の先にいるあの子と……
”砂糖”菓子のように甘い”夢”を見ながら、少女は眠りへと落ちていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そこには一つの墓標があった。
破損しているとはいえ何らかの兵器であったことが伺えるソレの傍には一本の酒が備えられている。
♪信じたいわ この未来を 世界中全部 変えてしまえば
風に乗って歌声が響く。聴く人間など何処にもいないはずの墓標に声が届く。
そこに突如として強風が巻き起こり、歌声を彼方へと浚っていく。
――こんなところに届けるより、届けなきゃいけない奴らがいるだろうが
そんな声が聞こえるかのように、強風は歌声を乗せて空の向こうへと流れていく。
再び静寂に包まれた墓標には優しい風だけが残されていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
♪果てしない音楽が もっと届くように
「おい、聴こえてるか……?」
「ああ……こいつァ……」
航海を続けている船の中で思い思いに過ごしていた船員たち。
その中でも古参のメンバーたちが揃って甲板に顔を出し、
聴こえてくる歌声に耳を傾けている。
誰もが幻聴かと思った。
しかし、他にも聴こえている者がいることを確認すると胸から熱いものがこみ上げてくる。
あの子は、まだ自分たちに歌を届けてくれるのか。
取り返しのつかない過ちを犯してしまった自分たちに。
「……? 先輩方、いきなり甲板に出てきてどうしたんですかい?」
「……お前、聴こえねェのか?」
「?? 波の音以外は特に……」
そんな船員たちの会話を聞きながら、一人の男が海へ目を向ける。
何処までも広がる大海原、遙か水平線の向こうで歌い続ける少女の姿を幻視する。
あの頃と比べれば、まだ固い歌声だ。
心の何処かに”しこり”が残っているのを感じる。
だが、聴こえてくる歌声から感じられる強い決意はあの頃の歌にはなかったものだ。
絶対に届かせると、何もかも超えていくのだと、力の限りに叫んでいる。
ああ、やはりあの子は”世界一の音楽家”になれる存在だ。
こんなにも心を震わせる歌を歌えるのだから。
♪夢を見せるよ 新時代だ
「いい歌だな」
海風に乗って聴こえてくる歌声に耳を澄ませながら赤髪の男は空を見上げる。
「ウタ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「モモ、お前を!!! 信じてる!!!」
巨大化した拳を振り上げながらルフィは叫ぶ。
カイドウとの決着に鬼ヶ島を巻き込まないよう、モモの助に全てを託したのだ。
「待てルフィ!! ムリでござる!!」
モモの助がルフィに向かって叫ぶ。
いくら努力してもカイドウの”焔雲”の足元にも及ばぬ雲しか作れぬ己にはムリだと。
「ムリで……」
その時、モモの助の脳裏に様々な姿が思い浮かんだ。
まず浮かんだのは家族。今も戦っている仲間たち。
そして、戦場に歌を響き渡らせている少女。
己が生きた8年より更に長い12年間、
「悪魔の実」の能力で人形として過ごしてきたウタ。
初めてその境遇を聞いた時は言葉を無くした。
12年、人としての人生を奪われた?
誰にも己の声が届かず、友や家族から忘れ去られる?
自分と1つしか歳の違わなかった子供が背負えるものではない。
更には五感の大半を奪われ、眠ることすらできなかったとまであっては、
己如きでは想像すらできない地獄であったことは間違いない。
もし自分が同じ境遇に落とされたら……そう思うだけで震えが止まらなかった。
何故、耐えられたのか。ある時、ふと訪ねてしまったことがある。
口にした瞬間、問うべきではなかったと後悔した。
元に戻れたとしてもその時の恐怖を忘れられるはずがない。
すぐに己の浅慮を謝罪しようとしたが、彼女は嬉しそうに笑いながら
――ルフィが「ウタ」って呼んでくれたの。
――船の仲間たち、皆が私のことを「仲間」だって、大切にしてくれたの。
――人形になったのは、ずっとずっと苦しかったし怖かったけど……
――楽しい時間は、あったんだ。
♪見えるよ新時代が 世界の向こうへ さあ行くよ new world
彼女が今歌っている。
この戦場にいる全ての人間、いやそれ以上のものに声を届けようとするように。
光月モモの助よ、彼女の歌を聴きながら諦めるのか?
そんな無様を晒して、「光月家」を再興できると思っているのか?
ワノ国の未来を背負えると、本気で思っているのか?
……そんな男が、彼らの仲間だと胸を張って言えるのか?
♪信じたいわ この未来を 世界中全部 変えてしまえば
「……!!!!! うおおおおおおおおおおおお~~~~!!!!!」
モモの助は湧き上がってきた感情のままに、落ち行く鬼ヶ島へと突撃する。
「モモの助君!!」
「出ろ”焔雲”!! 拙者の意のままにィ~!!」
ボフン!と音を立てて”焔雲”が出現する。
先ほどまでより格段に大きくなった雲はしかし、鬼ヶ島を支えるには及ばない。
「これでもまだ……!!」
まだ、届かない。その現実を前に悔し気に呟くヤマト。
「出ろ! ”焔雲”ォ~!!」
だが間髪入れずにモモの助は新たな”焔雲”を出そうとする。
「!!」
「拙者、諦めぬでござる……」
驚愕の表情でヤマトがモモの助に目を向ける。
モモの助の目からはボロボロと涙が零れている。
しかしその表情に諦めの色は一片も残っていなかった。
♪果てしない音楽が もっと届くように
「せ゛っ゛た゛い゛に゛あ゛き゛ら゛め゛ぬ゛て゛こ゛さ゛る゛~~!!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(届いて!! もっと……もっと!!)
意識が朦朧としてくる。
視界はとっくにぼやけて良く見えない。
一瞬でも気を抜けば即座に意識は断たれるだろう。
この重い瞼が下に落ち切った時、私の歌はそこで途切れる。
♪果てしない音楽が もっと届くように
まだ終わっていない。
その意思だけが今の私を支えている。
ドンドットット♪ ドンドットット♪
……遙か遠くから不思議なドラムの音が聴こえる。
その音を聴いて脳裏に浮かんだのは、太陽のようにニカッと笑った彼の顔だった。
「……!!!!」
そうだ、この歌を誰よりも聴いてほしい人は今も戦っている。
この国を支配し、多くの人を苦しめる龍と戦っている。
夢見る未来へ向かう為に戦っている。
♪夢を見せるよ 新時代だ
(聞いて!!! ルフィ!!!)
ならばここで力尽きるわけにはいかない。
絞り出すものなど何一つ残っていない身体を奮い立たせる。
だって約束したんだから。
――作ろう!! ”新時代”!!
――おう!!
(これが私の……”新時代”!!!!)
♪新時代だ
(TO BE CONTINUED…)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
様々な音楽が鳴り響くとある”王国”の奥深く。
静寂に包まれた暗闇の中で何かが胎動している。
届く音など一つもないその場所に一つの楽譜が存在していた。
♪信じたいわ この未来を 世界中全部 変えてしまえば
届くはずのない場所に、聴こえるはずのない歌が響く。
楽譜は己に記された譜を謳うに相応しい存在が誕生したことに打ち震える。
それは役割を果たせることへの安堵か。あるいは待望か。
♪果てしない音楽が もっと届くように
記され後世に残されようと、謳われないのならばそれは存在しないも同じこと。
忘れ去られた譜に、誰にも届かない譜に何の価値があるというのか。
譜とは、誰かに謳われる為にあるのだから。
謳う為、誰かに書き記されたはずなのだから。
だからこそ”ソレ”は待ち続ける。
己を世界に響かせる存在と出会うことを。
♪夢を見せるよ 新時代だ
世界に”救世”の譜を。
慟哭、激昂、全ての苦しみへ”死”による救いを。
遍くに滅びを与え”夢”に誘う譜を。
混沌の時代に終止符を打つ”究極の譜”を。
謳え、謳え、謳え。
その身が尽きるまで”破滅の譜”を。
そして、この譜を世界に刻み付けるのだ。
今度こそ、己が知れ渡る。
今度こそ、認められる。
今度こそ、見つけてくれる。
♪新時代だ
嗚呼、早く!この素晴らしき譜を謳う為に生まれた”歌姫(ディーヴァ)”よ!
”ソレ”の中に蠢く幾多の感情、あるいは積み重なった妄念が、
遂に巡ってきた舞台の幕開けに歓喜の大合唱を奏でる。
今はまだ暗闇の中、”世界に響く歌声”に耳を澄ませる”ソレ”は、
開演の刻が迫っていることを確かに感じ取っていた。
♪ᚷ ᚨ ᚺ ᛉ ᚨ ᚾ ᛏ ᚨ ᚲ ᚷ ᚨ ᚺ ᛉ ᚨ ᚾ ᛏ ᚨ ᛏ ᛏ ᚨ ᛏ ᛒ ᚱ ᚨ ᚲ