「新時代」 vsカイドウ Side:ウタ その1
私は手で掴んでいるフランキー特製スタンドマイクに目を向けた。
酷くボロボロでもうまともに役割を果たせそうにない。
ここまでの戦いで酷使しすぎたんだろう。
後でフランキーに謝ろうかと思ったけど、
いきなり敵に炎を放ち始めたことを思い出し「やっぱりいいか」と思い直す。
「スゥー……フゥー……」
気を取り直して。
私は深呼吸をしながら音を拾うことのできないマイクを口に近づける。
意味がないことはわかっているけれど、やはり形は整えておきたい。
片足で地面を叩き、トントンと音を立てる。
歌う時のいつものルーティーン。
スッと目を閉じる。歌う前に集中力を高める最後の時間。
普段ならここまでしなくてもすぐに歌うことができるけど、今回は違う。
きっととんでもないことが起きる。
そんな予感がしているからこそ、いつもより時間を掛けて準備する。
”夢の世界”は万能だ。私の想像した通りのものが起きるし、出てくる。
”夢の世界”の中でなら私は何でもできるし、何にでもなれる。
そんな世界を作り、引き込むことが”ウタウタの実”の能力だった。
でも、今の私に必要なのはそれじゃない。
”夢に引き込む”のではダメだ。
私は”現実”にいる人たちに歌を届けたい。
だから”外へと広がり続ける世界”が必要だ。
何処までも果てがない、そんな世界をイメージする。
私はそんな世界に歌を響かせる”歌姫(ディーヴァ)”になるんだ。
その時、目を閉じたはずの私の視界に変化が起きた。
目の前に広がるのは水平線の向こうまで続く大海原。
空には真っ白な雲が浮かんで、何処までも晴れやかだ。
そんな世界の中心に立ち、私は歌おうとしている。
不思議な気分だった。
今なら聴こえるはずのない場所、届くはずのない人たちにも、私の声を届けられると確信できる。
この感覚は少しだけ懐かしい。
まだ私が人形に変えられる前、シャンクスたちと過ごしていた幸せな時間。
私の歌は風に乗って何処までも飛んでいけるのだと信じていた。
あの頃の私は歌うたびに、このフワフワとした全能感に包まれていたんだった。
だから歌おう。この心が命じるままに。
私は目を開いた。
瞼の裏に広がっていた世界は、勿論現実の何処にも存在しない。
でも大丈夫だ。あの世界は今も私の心に存在し続けている。
♪新時代はこの未来だ 世界中全部 変えてしまえば
歌い始めた瞬間、私の身体は急激な倦怠感に包まれた。
どうやらこの感覚を維持したまま歌うことは、
普通に能力を使うのとは比較にならないほど体力を消耗するようだ。
(でも今だけは関係ない)
私は今この瞬間に歌いたいんだ。
重くなる身体を支えながら歌い続ける。
何処までも、何処までも、私の想いを届けたい。
さあ皆、聴いて。
♪見えるよ新時代が 世界の向こうへ さあ行くよ new world
これが”世界に響く歌声”だよ。
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空に浮かぶ鬼ヶ島の下方。
鬼ヶ島を支えていたカイドウの”焔雲”が限界を迎え、
その大質量が「花の都」へ向けて落下し始めている。
「がんばれモモの助君!! ”焔雲”を出せー-!!!」
「そんな事言われても!!」
龍の姿へと変じているモモの助の身体に乗ったヤマトが叫ぶ。
しかしモモの助が出せる雲は悲しくなるほどに小さく、
カイドウの作り出した”焔雲”とは比ぶべくもないものだった。
「ムリでござる!! 出ぬものは出ぬ!!」
余りの不甲斐なさにモモの助の目から涙が滲む。
悔しくて仕方がない。何故これほどまでに自分は弱いのか。
「ムリでござる!! 母上に、合わせる顔が……」
♪新時代はこの未来だ 世界中全部 変えてしまえば
「こ、この歌は……?」
突如聴こえてきた歌声にモモの助は戸惑いながら周囲を見渡す。
大激戦が繰り広げられるこの鬼ヶ島で、
自分のいる場所まで届くような歌を誰が歌っているというのか。
「……ウタだ!! ウタが歌ってる!!」
モモの助と同じく呆然と歌に聴き入っていたヤマトが、
ハッと気付いたように声を上げる。
「ルフィが言ってた!! ウタの歌を聴くと力が出るんだって!!」
「この歌と君が合わされば、絶対”焔雲”を出せる!!」
♪見えるよ新時代が 世界の向こうへ さあ行くよ new world
「う……!! うおおおおおおおお!!!」
ヤマトの応援とウタの歌。二つの声を背に受けてモモの助は叫ぶ。
ポンッと音を立てて小さな雲が現れた。
「さっきより大きくなった!! その調子だぞモモの助君!!」
「やっぱりムリでござる~!!!」
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♪新時代はこの未来だ 世界中全部 変えてしまえば
歌っている私の脳裏にあるのは、ずっと共にいた仲間たちの姿。
不器用なようで、いつも私を気に掛けてくれているゾロ。
人形だった時もそれからも、ずっと私のお世話をしてくれるナミ。
”あの子”にオモチャに変えられた全ての人を助けてくれて、いつも楽しい噓話をしてくれたり便利な小物を作ってくれるウソップ。
人形だった時は目で見て楽しめる料理を作ってくれて、今は私の大好きな料理を沢山作ってくれるサンジ。
私と一緒に遊んでくれたり、怪我をしたらすぐに治してくれるチョッパー。
一緒に本を読んだり、時には遊んだり、ナミと一緒にお世話もしてくれるロビン。
私の使う歌唱道具をいつも用意してくれるフランキー。心配してくれているのは分かるけど、攻撃能力をつけるのはそろそろ辞めて欲しい。
人形だった時も演奏に誘ってくれて、私が歌う時にはいつも一緒に演奏してくれるブルック。
彼が大変な時に支えてくれた、とっても頼りになるジンベエ。
そして……
私を支えてくれた大切な仲間。大好きだ。
仲間だけじゃない。彼と共に旅立ってから出会った人たち。
共に笑いあった多くの友達。大好きだ。
世界は、多くの優しさで繋がっている。
不平等があった。不条理があった。
人を踏みにじり笑うものたちがいた。
大切なものを奪われ、泣き叫ぶ人たちがいた。
世界は、こんなにも苦痛と慟哭で満ち溢れている。
それでも、諦めない人たちがいた。
奪われたものを取り戻す為に戦い続ける人たちがいた。
道半ばで倒れ、それでも未来の為に後に続く者たちに託そうとした人たちがいた。
世界は、こんなにも愛と勇気で満ち溢れている。
♪果てしない音楽が もっと届くように
――シャンクスと一緒に世界を回って、沢山の曲を作って、最高のステージと私の歌で世界を幸せにする!!
――私は”新しい時代”を作るの!!
だから思い出したのだ。ずっと昔に願ったもの。
幼い頃に語り合った”夢”の話。
――おれは世界中を冒険したい!!
――色んな場所に行って!! 色んな奴らと会って!! 色んな食いもん食べてェんだ!!
――シャンクスみたいに!!
叶えてるよ。ずっと見ていたから。
その麦わら帽子も、昔よりもっと似合うようになったよ。シャンクスみたいに。
――おれは強いぞ!!
――ならもっと強くなるの。今よりずっと強くなったら、私も一緒に頼んであげる。
知ってるよ。ずっと見ていたから。
私のことを忘れても、あの言葉をずっと守ってくれていたことも。
――シシシ。その内、決める。
――海賊王におれはなる!!!!
決めたんだね。叶えたい”夢”。
もう私よりもずっと先を行ってるんだって分かってるよ。
(もう一度……!! 今度こそ……!!)
彼は進み続けている。私は隣でずっと見ていた。
昔は私が彼の手を引っ張っていたのに、
長い間彼の肩に乗らなければ進むこともできなくなってしまっていた。
長い時間のせいで進み方を忘れてしまったのかもしれない。
誰かに支えてもらわないと、今も震えが止まらなくなる時がある。
それでも進みたいと、今度こそ目指したいと、私の心が叫び始めている。
その叫びのままに私は歌う。
♪キミが話した 「ボクを信じて」
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ワノ国。「花の都」にて。
「亡き人へ向け~~出航~~!!」
「”空船”を飛ばせー!!」
「よーそろー!!」
亡き人々へ想いを届けるため、願いを託した”空船”が空へと向かう航海に出る。
その姿を見上げながら、民たちは”火祭り”の終わりを感じ取っていた。
「祭りも終わりか……」
”夢”から醒める時間が来てしまった。
どれだけ終わらぬようにと願っても、その時は無情に訪れる。
「また明日から……奴隷仕事……」「よ~そろ~!!」
「また一年……」「よーーそろーー!!」
「生きてたいなァ……」
誰かが呟いた言葉はワノ国に住む全ての民の想いでもあった。
”夢”は終わり、また辛く苦しい”現実”に戻る時間だと誰もが思った時、
♪新時代はこの未来だ 世界中全部 変えてしまえば
”ソレ”は国中に響き渡った。
「な、なんだこいつァ!?」
突如響き渡る歌声に誰もが驚愕する。
誰かが歌を歌っている。
一体誰が?どうやって?何処から?
疑問が飛び交う中、一人の町人が心底可笑しそうに笑い始めた。
「祭りだからってここまでやるたァ、とんだ傾奇者がいたもんだ!!」
そうだ。祭りなのだから盛大に笑おう。
この後に辛い”現実”が待っているとしても、”夢”見る時間が終わるその時まで。
最初は困惑していた民たちも次第に歌に合わせて盛り上がり始める。
空に向け出航する”空船”を見上げながら、
この歌が亡き人々にも届くように祈りながら。
それは大きな”うねり”となって「花の都」を包み込んでいった。
「あら……ひょっとしておウタちゃんじゃない?」
「ああ、あの弾き語りの」
以前”弾き語りのおウタ”として潜入した時、その歌を聴いた町人たちがふと気付く。
「随分と粋なことをする子だったんだねェ」
しばし聴こえてくる歌に耳を傾ける。
以前聴いた歌とは雰囲気が随分違うが、その歌声に変わりはない。
いや、振り絞るように出される歌声には、以前は感じなかったものがある。
♪見えるよ新時代が 世界の向こうへ さあ行くよ new world
この歌には心に響く”何か”がある。
それが何かを知る術はないが、
自分たちの心に小さな灯火が宿ったことを町人たちは確かに感じた。
「こんな歌も歌うんだなァ……」
今日は年に一度の無礼講。”夢”を見ることが許される唯一のハレの日。
民の誰もが「光月家」の侍たちが蘇り、
カイドウとオロチを打ち倒してくれると信じられる一日。
”夢”とは「明日を生きる理由」だ。
胸に宿し、心の拠り所として毎日を必死に生きてきた。
例え叶わぬと何処かで諦めていても、それだけが縋るものだった。
長く続いた圧政に慣らされようと、それだけは手放さなかった。
だから、こんな純粋に”夢”を見たのは本当に久しぶりだった。
「いい歌だなァ……」
「”新しい時代”が来ますように」と。
♪新時代はこの未来だ 世界中全部 変えてしまえば
「アハハハハ!! すごいすごい!!」
「この歌は……」
おトコを連れ”火祭り”に参加していた天狗山飛徹は驚愕していた。
突如聴こえてきた歌の力強さに。
これほどの歌を聴いたのは20年……いやそれよりも更に昔だっただろうか。
「花の都」に……いや、ワノ国に響き渡っている歌声には心当たりがあった。
彼らの船長であるルフィが話していた麦わらの一味の一人、ウタ。
「”世界一の音楽家”になる奴だ」と自信満々にルフィが語っていたことを思い出す。
鬼ヶ島でカイドウたちと戦っているはずの人間の歌が何故ここまで届くのか。
戦いはどうなったのか。
そのようなことを考えていると、隣ではしゃいでいたおトコが静かになった。
はしゃぎ疲れてしまったのだろうかと目を向ける。
「お父ちゃんに、とどくかなァ……!!」
「一緒に、聴きたかったなァ……!!」
おトコは空を見上げながら小さな身体を震わせている。
溢れ出てくる感情が決壊してしまわないよう耐えるかのように。
「…………」
その頭を優しく撫でる。
笑う以外の表現を奪われた少女の願いが、叶うようにと祈りながら。
♪果てしない音楽が もっと届くように
「聴いているとも」
確信を持って答えよう。この歌は何処までも届くのだと。
「……うん!!」
おトコは強く頷くと、高く舞い上がった”空船”たちを見上げながら叫ぶ。
「お船も、お歌も、お父ちゃんにとどけェ~!!」
♪キミが話した 「ボクを信じて」
祭囃子の音色が、いつの間にか響く歌声に合わせるように形を変えていく。
その音楽は歌声が聴こえなくなった後も、途切れることはなかった。
(TO BE CONTINUED…)