「新時代」 vsカイドウ

「新時代」 vsカイドウ



「”大威徳雷鳴八卦”!!!」


渾身の一撃がルフィの身体を吹き飛ばす。

どれだけの「覚醒」が起こりどれほど迫ろうとも、ここに立つ男は”四皇”の一角。ワノ国を支配する”世界最強の海賊カイドウ”だった。


「フザけるのも……これで終わりだなァ!」


彼方へと遠ざかっていくルフィにカイドウが叫ぶ。

自身の胸倉をルフィの腕が掴んでいることに気付いたが、その力は弱まっていく。いずれ力尽きて離れていくだろう。


だが、カイドウは油断なくトドメの一撃を構える。

麦わらのルフィは幾度となく立ち上がってきた男だ。

その死をこの目で見届けるまで……いやこの手で確実に葬るまで、もはや一瞬の油断すら許されないと培われた戦士の本能が告げている。


全身に力を籠め、カイドウは今度こそルフィにトドメを刺そうと動き……



♪新時代はこの未来だ 世界中全部 変えてしまえば



(……?)


戦場に似つかわしくない歌声が耳に届く。その不可思議な音にカイドウの意識がほんの一瞬逸れる。


(何処から……ッ!!??)


瞬間、己を掴む弱弱しくなったはずのルフィの腕に凄まじい力が入ったことに驚愕する。

まだこれほどの力を……!

カイドウはギロリとルフィが吹き飛んだ方向を睨みつける。


……雲へと姿を隠す寸前、カイドウの目は確かに捉えていた。

かつてないほど力強き笑みを浮かべるルフィの姿を。



♪見えるよ新時代が 世界の向こうへ さあ行くよ new world



頭の中に鳴り響く警鐘に身を任せカイドウは龍形態へと変貌する。


「”龍巻壊風”!!!」


全身から放たれたかまいたちはたった一人の男に向けて殺到し切り刻む。


「”熱息”!!!」


間髪入れずに極大の破壊を秘めた熱線を放つ。

それでも、カイドウの頭に響く警鐘の音は消えない。



♪新時代はこの未来だ 世界中全部 変えてしまえば



「おい!!! モモ~~~~~!!!!」


雲の中から力強い声が響く。


「全部終わらせるぞ!!! 「鬼ヶ島」が邪魔だ!! どけろォ!!!」


空を覆う雲を払うが如く、太陽は己の輝きを増し続ける。

そんな姿を幻視させるかのように、カイドウの目の前に鬼ヶ島と同等の大きさにまで巨大化した拳と共にルフィが姿を現した。



♪果てしない音楽が もっと届くように



「意味が分からねェな……」


ルフィを見据えながらカイドウが呟く。


「お前が立ち上がったのはこの歌のせいか?」


今も戦場に響き渡る歌を聴きながらカイドウは問いかける。

振り絞られるように響く歌声は決して美しいものでなかった。それでも必死に「何か」を伝えようという決意を滲ませている。

少なくともカイドウが歌声に感じたものはそれだった。


「戦場で歌う非常識な女……その歌声で立ち上がる男……」

「好きなだけフザけりゃいいとは言ったが……ここまでとは思わなかったぜ」


「でも……」


カイドウの言葉にルフィが応える。とびっきりの笑顔を浮かべながら、誇らしげに。


「いい歌だろ?」



♪キミが話した 「ボクを信じて」



「……ウォロロロ! 本当にフザけた野郎だ! 麦わらァ~!!」


カイドウが凄絶な笑みを浮かべる。

目の前にいる男を、ルフィを倒す。それ以外の全てがこの一瞬だけ、カイドウの中から消え去った。


「よくわかった! 受けて立つぜ!」

「”火龍大炬”ォ!!!!」


カイドウの口から放たれた炎が自身の身体に纏わりつき、巨大な龍の姿へと変じていく。

炎の勢いは止まらず、纏う火龍は体躯を膨れ上がらせていく。


「20年前……! この国の英雄が焼かれて死んだ……!」

「――以来この国は無法の国!! お前達は20年待たれた”英雄”だ!!」


遂に火龍が完成した時、その大きさは鬼ヶ島を覆い尽くして尚余らせるほどの巨大さを誇っていた。


「その”英雄”も!! お前の振り上げた右手も!! この歌も!!」


火龍が放つ熱が極限まで膨れ上がる。

その熱量に鬼ヶ島の象徴ともいえるドクロホールの角が一瞬で溶け落ちた。



♪見えるよ新時代が 世界の向こうへ さあ行くよ new world



「全て溶けて消える!!!」


「溶けてたまるか!!!」



”四皇”と”五番目の海の皇帝”が吠える。



「”ゴムゴムの”ォ~~~!!!」


「”昇龍”!!!」



「”猿神銃”!!!!」


「”火焔八卦”!!!!」



互いの全身全霊を込めた一撃が今、激突した。



♪信じたいわ この未来を 世界中全部 変えてしまえば



「あああああ!!」

「よくやったよ!!」


火龍の熱量が更に膨張しルフィの拳を呑み込み始める。

その熱が拳だけでなくルフィの身体をも燃やし尽くそうと襲い掛かる。


「ウゥ…!」

「よくここまで戦った!! だが、お前には世界は変えられねェ!!!」


火龍の口はルフィの巨大な拳を捉え、嚙み千切らんと超熱量の牙を突き立てる

熱はルフィの身体を完全に呑み込み、溶かそうとしていた。


「お前が一体どんな世界を作れる!?」


カイドウが吠える。今まさに自身が溶かし消そうとしているルフィに対して問いかける。


「麦わらァ~~~!!!」

「…!! おれ゛は…!」



♪果てしない音楽が もっと届くように



その時、ルフィの心臓の音が跳ね上がる。



ドンドットット♪ ドンドットット♪



解放のドラムは届いた歌声に呼応するかのように高まっていく。

そして呑み込まれたルフィの拳が突如膨張し、火龍の口を弾き返した。


「!!」


その拳はカイドウの顔面を捉え、メキメキと鈍い音を立てて沈めていく。



♪夢を見せるよ 新時代だ



「友達が…!!」

「腹いっぱい!!」

「メシを」

「食える~!!」


そして、ルフィが拳を振り抜いた時……



「世界!!」



♪新時代だ



(TO BE CONTINUED…)
























落ちる。天へ昇る龍が、この地を支配する悪龍が落ちていく。

幾度となく立ち上がり、諦めず、挑み続けた男の一撃が悪龍を奈落の底へと沈めていく。


悪龍……カイドウの脳裏に走馬灯の如く自身の過去が浮かんでは消えていった。


不平等で不条理な世に生まれ、絶大な力を持っていたが故に疎まれ利用され、戦うことしかできなかった過去。

ロックス海賊団への入団、そして壊滅。

海軍に捕まり実験施設へと送られ、そこで右腕ともいえる男と出会ったこと。

黒炭のものと結託し、ワノ国を支配せんと動き出したこと。

光月おでんとの戦い。そして処刑。

そんな光景が次々と浮かびながら、ある一時を思い出す。


――キング……おれはジョイボーイが誰だかわかった

――誰です……?

――この先おれを倒した男だ!!!

――じゃあ……現れそうにないな……


かつてキングと語り合った一幕。

光月おでんが迎えることを望み、キングが待ち続けた男。己を倒した男こそがそうであると宣言した。


――友達が…!!

――腹いっぱい!!

――メシを

――食える~!!

――世界!!



今、カイドウは敗北し奈落の底へと落ちる。

麦わらのルフィ。奴が、奴こそが”ジョイボーイ”だ。「世界を変える力を持つ男」だ。

待ち望んだ男が遂に現れたのだ。


(だが……)


しかし、どうしても不可解なことがあった。

麦わらのルフィとの戦いの最中に聞こえてきた歌。誰が歌っていたかはすぐに検討がついた。


(赤髪の……娘)


かつての取引相手”ジョーカー”の支配していたドレスローザで突如姿を現した娘。名はウタ。

その存在は確認していた。ウタウタの実の能力者であり、己と同じ”四皇”の一人”赤髪のシャンクス”の娘であると。


後に10年以上前”ジョーカーの部下の一人”が玩具に変えていたと知った時は「どの道ジョーカーに未来はなかったか」と大笑いした覚えがあった。

厄介な能力を持っていることは知っていた。警戒すべき存在であるとも思っていた。


だがそれだけだ。それだけの存在だったはずだ。能力は危険だが、対策を怠らなければ戦闘力は特筆するものではないと判断していた。

手中に収めておけば、来たるべき”赤髪のシャンクス”との戦いで役に立つ……その程度の認識だった。

事実、ワノ国に侵入してきた麦わらの一味の中にその姿を確認したことも何度かあったが、それほどの脅威は感じられなかった。

危険なのはあくまでも家族と能力のみ……そう思い込んでいた。

そんなカイドウの認識はあの時、完全に覆された。


(あの歌は……なんだ?)


歌が聞こえた時、麦わらのルフィは再び立ち上がった。

あの歌に娘の能力が何かしら作用していたのか? 奴らにとって都合よくもう一人「覚醒」でも起こしたのか?

それとも……アレは”ジョイボーイ”に捧げる神歌だったとでもいうのか。


(いや……)


断じて違う。アレはそんな高尚なものではなかった。

ただひたすらに自分の剝き出しの想いを……決意を、聴くもの全てにぶつける。そんな愚直で不格好な歌でしかなかった。


何故そんなものが力になった? 何故……



――でも……



何故、あの男は……



――いい歌だろ?


「■■■■■■■■」



(どこまでも……)


疑問は消え去り、カイドウの意識が遠のいていく。

思考は霧散し、千々に砕かれ消えていく。


(フザけた……奴らだ……)





この地を支配していた悪しき龍は天より落ちた。

悪龍は奈落の底へ落ちていく。地上は遙か彼方。届く音など何一つ存在しない。



♪新時代はこの未来だ 世界中全部 変えてしまえば



もはや聞こえるものなど何もないカイドウの耳に残る余韻。

己に勝利した”二人”の姿を最後まで思い浮かべながら、カイドウの意識は闇へ沈んでいった。


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