エア新刊

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6月新刊サンプル

※悠脹前提東脹注意

※転生ネタ



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サンプル①(1章)


虎杖悠仁は、前世の記憶を持っている。それがただの年頃の妄想などではなく本当に前世の記憶だと確信を得たのは、同じ記憶を持った前世での友人と今世でも会うことが出来たからだった。

前世では同じクラスメイトだった釘崎野薔薇や伏黒恵は、今世でもクラスメイトであるし、亡くなってしまった祖父は(記憶は持っていないものの)同じく祖父として仙台に生きている。

そのほかの知り合いにも何人にも会ったし、そのほとんどが一部を除いて記憶を有していた。しかし全員の共通の意識として『前世に引っ張られすぎずに今世を生きよう』というものであったために──虎杖本人も、前世の記憶は辛いことも多く頻繁に話したいものではないと捉えている──特に周囲の人間と変わりなく全員が今生きるこの世界を謳歌していた。


しかし、虎杖にはそれでも諦めきれない相手がいた。今世ではまだ会えていない、兄と主張していた脹相である。前世で虎杖と脹相は、最初は殺し合い、それから兄弟のようなそうでないような関係となり、最終的には恋人となってその生を終えていた。前世で先に死んだのは脹相だった。死んだ、と言うよりも、殺されたという方が正しいだろう。

魂のノート。九十九が最期に残した手記に則って、脹相は自らの生を終えることを認めた。頼んだのは虎杖だった。そうするしか無かったとその時は思っていたが、あの時は如何せん両面宿儺との戦いやら何やらで疲弊し、視野が狭くなっていたと今になって理解する。脹相は、愛する弟に、愛する恋人に、『身体を返してやって欲しいんだ、それがあるべき姿だから』と短く頼まれ事をされ、なにか文句を言うわけでもなくただ笑って頷いた。


あの時の脹相が何を考えていたかは分からないが、虎杖は今でもその時のことを思い出すと過去の自分を殴り飛ばしたくなる気持ちになった。

─何があるべき姿だ、正しい死に方だとか、お前はいつだって自分の中の物差しで勝手に決めたことをまるで世界の正解のように言いやがって!

何度も夢に見て、何度も後悔して、そうして虎杖の心に残った願いは『脹相に会って、謝って、またやり直したい』というひとつだった。




サンプル②(3章)


校門で咲き誇る桜の木が、桜吹雪を散らせた。その先にいるのは、間違いなく。虎杖が探し続けていた、脹相その人だった。


「ちょうそっ……!」

「……なぜ、俺の名前を?」


乱れた長い髪を指で耳にかけながら不思議そうに問いかける脹相に、虎杖は絶句した。アスファルトに着いているはずの足が、まるで沼地を踏んでいるかのように沈んでいく錯覚さえあった。ふらついた虎杖の身体を、脹相が支えた。それは前世に比べれば確かに人間の温もりを持った掌だった。


「一年生か?入学式までもう少しある、気分が悪いのなら保健室まで……」


─違う、脹相は、そんなふうに俺に接しない。俺が具合悪そうだったら、そんなに落ち着いてないはずだろ。


「名前は言えるか?すまない、教員はみんな入学式の準備で出ずっぱりでな…きっと、保健室には先生がいるはずだ。」


─なんで、なんで。なんで忘れてるんだよ。俺の事、命より大事にしていたお前が、弟(おれ)の事を忘れていいわけないだろ。


「……ほら、着いたぞ。あとは大丈夫だな?俺もやるべきことがあるから、ずっとは着いていられない。またどこかの講義で会えたら話そう。」


─言わないだろ、そんなこと。お前は、俺の事を置いてかないだろ。


気付けば、虎杖は脹相を抱き締めていた。困惑が肌から伝わって、目の前の男が全く知らない存在に思えて、両目から涙が溢れた。


その時、虎杖の身体は強い力で後ろに引かれ脹相から引き剥がされた。ハッとして見上げると、そこには同じような表情をした東堂がいた。


「……ブラザー?」

「ああ、なんだ。葵の知り合いだったのか。だから俺の名前を知っていたんだな…、……あ!違うぞ、今のは浮気とかでは無いから、怒らないでやってくれ。体調が悪そうだったから介抱していただけなんだ。」

「……そうか、ならばこの後は俺が面倒を見よう。九十九が探していたぞ、人手が足りないのにどこで油を売ってるんだと怒っていた。」

「それは…早く行かないとまずいな。ありがとう、それじゃ…ええと、一年生。」

「い、虎杖!虎杖悠仁って、名前だから!」


虎杖は回らない頭をはたらかせ慌てて名前を名乗った。それが鍵となって脹相が記憶を取り戻さないか、そんなことを期待した。


「そうか、虎杖くんというんだな。虎杖くん、入学式には無理に参加しなくていいが……体調が良くなったら来るといい。じゃあ、俺は急ぐ。葵、あとは頼んだぞ。」


記憶を取り戻すなんてことはなく、早口でそれだけ言って脹相は東堂の肩を叩き頬へと軽くキスをした。虎杖は、その光景にまたしばらく頭を働かせられなくなる。


ただ、これだけは理解出来た。今世の脹相は、もう自分のものでは無い、ということを。


サンプル③(5章)


「脹相とは大学で出会って、俺から告白をして付き合う流れになった。前世の話はあいつにしたことが無い、したところで信じないか混乱させるかのどちらかになるからな。」


大学の食堂はがやがやと生徒たちの会話で賑わっており、人混みから少し離れた二人の会話は誰にも聞こえていない。東堂は出来たてのラーメンを勢いよく啜って、咀嚼しながら続けた。


「まさか、ブラザーの兄だとは知らなかった。」

「兄じゃない、……恋人だった。」

「何?」

「前世で、脹相とは恋人だったんだよ。」


酷く落ち着いた声は懸命に感情を殺していた。虎杖の言葉と共に麺を飲み込んだ東堂は「そうか」と一言だけ返した。

それしか、返す言葉がなかった。


「ブラザー。色々と思うところはあると思うが、前世の記憶が無い現状、前世の脹相と今の脹相を重ねるのはナンセンスだ。」

「それの方がお前に都合がいいだけだろ。」


既に半分食べ終えている東堂に対して、虎杖は食事に全く手をつけずにいた。視線はずっとテーブルに落ちていて、東堂を見ることもしない。

東堂は、一口大きくラーメンを啜りながら考えた。本心からの言葉であったが、今の虎杖には伝わらないだろうこともよく理解していた。

「麺が伸びるぞ、ブラザー。」

「話をずらすなよ。…なあ、…脹相のこと、返してくんねえかな。」

「物のように言ってくれるな。あいつにはあいつの意思があり、それを俺らが勝手にどうこう決めるのは違うだろう。」

「忘れてるだけなんだ。俺のことも、俺への気持ちも。無くなったわけじゃない。いつか思い出す。」

「……ブラザー。お前ほどの男が、どうしてしまったんだ。前世というのは厳密に言えば過去ではない。本来ないはずの記憶だ。それに囚われていては本質を見失うぞ。」


虎杖は何も返さなかった。東堂もまた、それ以上言葉は続けずに空になった皿を乗せたトレーを持って席を離れた。


サンプル④(10章)


「悠、仁……」


押し倒されたことに驚いた脹相は掠れた声で名前を呼んだ。

虎杖の脳内で前世の記憶がノイズのように過ぎり、傷一つない脹相の顔に紋様が見えた気がした。目の前の男は脹相であり、脹相ではない。そんなことは分かりきっていた。それでも、虎杖が諦めきれずにいたのは前世で己を責め続けていた自分を全て受けいれ博愛をもって接してくれた脹相の眼差しや声色を未だに鮮明に覚えているからだ。前世で与えられた愛情が毒のように思考を蝕み冒していく。

脹相の暖かい掌が、虎杖の頬に触れた。その時初めて虎杖は自分が泣いていることに気がついた。


「どうしたんだ。何か、辛いことでもあったのか?」

「……なんで、優しくすんだよ。押し倒されてんだから、怒れよ。」

「そんな顔をされちゃ、怒りたくても怒れないだろう。」


階段を上る足音が聞こえてくる。東堂が戻ってきたことを知らせる音に、脹相は虎杖の身体を離そうと軽く肩を押し返した。

それでも全く離れる気配のない虎杖に、脹相は僅かに焦りを感じた。

ガチャリとドアノブがひねられる。


「……おい、ブラザー。人の恋人に何をしているんだ。」

「…葵、何故かは分からないが泣いていたんだ。辛いことがあったんだろう、許してやってくれないか?」

「お前もお前だ、俺以外に易々と押し倒されるな。……離れろ、虎杖。」


普段と違う呼び方に、東堂が怒っていることはすぐに伝わった。脹相は虎杖の身体を押し返そうと再度力を込めたが、やはり離れる気配はなかった。この身体のどこからそんな力が、と思いながら脹相は息を吐いた。


サンプル4.5

河川敷での殴り合いは夕方まで続いた。

東堂も虎杖も共に限界を迎え倒れ込んだが、どちらも何ひとつとして納得することは無かった。

「ブラザー、正面から言ってやる。今世の脹相のことは諦めろ。少なくとも、俺はあいつと別れる気はない。」

「…あいつが思い出すまで、待つから。」

東堂は歯を軋ませて地面を殴った。

虎杖は今世の脹相のことをまるで知らなかった。好きなものや、好きな映画、好きな音楽。人間として二十一年生きてきた脹相が培い育んできた人格を知ろうとすらしなかった。それを知ってしまえば、前世の脹相が遠くなってしまうと本能的に拒んでいるのだ。

比べて東堂は前世の脹相のことをまるで知らなかった。どんな因果があるのか、どういう存在だったのか、どう死んだのか。何ひとつとして知らないし、前世に関わりがあることを知った今もそれを掘り下げようとは思わなかった。今の脹相に記憶が無いのならば、前世の知識などノイズにしかならないと理解していたからだ。東堂にとって前世の記憶は必要のないものだった。今から捨てられるのならば、捨ててもいいと思えるほどに。

だからこそ、虎杖と東堂が分かり合えることは無かった。前世を過去として捉え、その記憶があったからこそかつて死んでしまった仲間にも再会できたとする虎杖。前世は過去ではないと捉え、前世に関わりがあろうとなかろうと今生きるこの世界での関係を尊んでいる東堂。二人の考えはまるで正反対だった。


「待つのは、もう、この際構わん。だが今は俺の恋人だ。ちょっかいをかけたり手を出したりするのはやめろ、脹相を困らせるな。」

「……彼氏面すんなよ。」

「残念だが、今は彼氏だ。」


東堂もこれ以上かつて認めた男を煽るような真似はしたくなかった。それに、情けなく前世に縋るような姿も見たくはなかった。

同時に、脹相が記憶を取り戻した時に本当に虎杖を選んで離れていってしまうのではないかという不安が東堂を襲った。前世の脹相を知らないからこその不安だった。

一度芽生えた不安が、ぐんぐんと育っていく感覚に東堂は強く目を伏せた。



サンプル⑤(17章)


「思い出さないで、くれ。変わらないでくれ。俺が知るお前が居なくなるのが、恐ろしくて堪らないんだ……。」


東堂の声は震えていた。こんなにも弱々しい姿を見るのは、初めてだった。

脹相はゆっくりと目の前の大きな身体を抱き締めて背中を撫でた。


「…変わることは無い、ずっと。安心してくれ。」


脹相は目を伏せて、東堂の体温を感じ、そして考える。

前世の記憶が既に戻っていることを、話すことは出来なかった。


サンプル⑥(18章)


脹相の前世の記憶に、東堂の姿はなかった。アオイという名前だけ九十九の口から一度聞いたきりで、どんな人物なのか、実力者なのか、何一つ知らずにその生を終えたのである。

弟であり恋人だった虎杖のことを思い出して、出会った時からの挙動のおかしさに納得がいった。忘れてしまったことへの申し訳なさもあったが、同時に過去に囚われ続けている弟が哀れだとも思った。記憶を持たずに生まれたのが自分でなく虎杖であればとも思う。

脹相は、過去恋人であった虎杖と、現在の恋人である東堂のどちらをも愛していた。


(どちらかを選ぶだなんて、そんなこと俺にはできない。)


虎杖を選べば、東堂は悲しむだろう。そしてそれは、変わらないと誓った約束を違えることにもなる。だが記憶を取り戻した上で東堂を選ぶとなれば、弟を悲しませてしまうことも理解していた。記憶を持っていない自分のことも、変わらずに愛して待ってくれていた弟を無下にする決断は下しきれなかった。


(中途半端にするのが、一番…2人とも傷つけてしまうというのもわかる。)


急ではあるが、脹相は決断力と行動力においては人の倍長けているところがある。一晩考えて脹相がたたき出した答えは、どちらも選ばないというものだった。

今世では三人兄弟だが、壊相と血塗は二人とも家を出て寮生活をしていた。脹相がどこに居ようとも、兄弟に迷惑をかけることは無い。そこまで考えて、脹相は必要最低限の荷物をまとめた。

二人の前から姿を消せば、全てが解決すると、そう心から思い込んでいた。


サンプル⑦(最終章)


「脹相。」


七年ぶりに見た東堂は、記憶にある姿よりも少し身長が伸びていた。社会人をしているのか、スーツを着ていて髪型もオールバックを固めたような個性のないものになっている。名前を呼ぶだけ呼んで、荒い呼吸を整えようと深く息を吸っては吐いてを繰り返していたが、段々とそれは浅くなってついには嗚咽し泣き出してしまった東堂に、脹相は狼狽えた。


「脹、相っ……」

「……あお、い、」


東堂に掴まれた左手が熱く感じられ、脹相もまた涙を溢れさせて俯いた。

ずっと探してくれていたんだと、言葉がなくても理解出来てしまった。同時に七年前の決断を酷く後悔する。七年も待たせてしまったのだ。東堂の想いの強さを見誤り、いつかきっと忘れるだろうと呑気に構えていた己を恥じた。


「ず、っと、会いたかった、脹相……。」

「……あぁ…。」

「お前との、日々が……、忘れられずに、いて、」

「…悪かった、急にいなくなって…。」


正面から抱きしめられ、数年ぶりでも変わらない男の匂いに脹相は胸がいっぱいになって声を殺して泣いた。東堂は肩を震わせて、涙も鼻水も涎も垂れ流している。泣き方が汚いのは歳を食っても変わらないんだなと、ぼんやりと考えていた脹相は広い背中を優しく撫でた。


「…前世のことを、思い出したんだ。確かに虎杖悠仁は俺の恋人だった、…それでも、半年程しか生きていなかった前世に比べて、二十一年生きた今世で積み上げてきたものを、…お前への愛情を俺は捨てきれなかった。ただ、…悠仁のことも、傷付けたくなかった。何も選べなかったんだ、楽な道を選んでしまった。」


脹相が小さな声で嗚咽混じりに語る内容を、東堂は静かに聞き入れた。


「一度は、死ぬ事も考えたんだが」

「馬鹿野郎」

腕の力がひときわ強くなり、脹相は息を詰まらせた。

「……うぐ、お前らが自分を責めてはいけないと思って、それはやめた。」

「…逃げなくても、死ななくても、よかった。悩んだのなら、俺に相談すればよかっただろう。…俺とお前は、恋人だ。お前が一人で抱えて姿を消した時、…俺は、自分が情けなかった。」


東堂は鼻を啜って、言葉を続けた。





エイプリルフールです。

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