新世界 上
マコト様巻き返しルートの上巻です。春の目覚め作戦。
これは私にとって、起死回生の一打だった。
アラバ海岸付近の川沿いに建てられた要塞を迂回し、森を抜けてアラバ海岸まで打通するという、一見絵に描いた餅より無謀な作戦を、私は銀鏡イオリに託した。あの猪武者に大役を任せるのはかなりの愚行に見えるが、私は彼女を信じていた。そして彼女は、見事私の期待に応え、森を抜けて空崎ヒナの裏をかき、アラバ海岸にある油田地帯を取り戻してみせたのだ。
-羽沼マコト著『パンデモニウム』の一節。
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新マコトタワー
アビドス廃校戦争の終結から3ヶ月。
あの戦争の後、ゲヘナ学園への脅威が減少したことや、各地の再建にリソースを割く必要が出たことから万魔殿は軍縮を進めた。
その結果今の万魔殿の戦力は当初の4分の1。
具体的には私の戦車旅団と、わずかな、されど抑止力なミサイル部隊。
そして超大型戦艦『ビスマルク』だけになった。
訓練も少なくなり本当に暇になったので、私は正式にマコト先輩の秘書も兼ねることになった。
私は今日も、タブレットを手にマコト先輩の所へ向かう。
一番大きな扉の前でノックすると「入りたまえ」
といういつもの声が聞こえるので入る。
入ってみれば、マコト先輩はラップトップと睨めっこしていた。議長らしくないその姿だが、別に書類に忙殺されているとかではない。
イロハ「先輩。また書いてるんですか?」
すると顔を上げた先輩が答える
マコト「当たり前だ!今後千年このマコト様の大活躍を皆が知れるようにするには、我が自伝を書籍化するのが手っ取り早い!」
そう言いながらさらに打ち込んでいく。
はぁ。この人は今日の予定を把握しているのだろうか。
イロハ「マコト先輩。今日は予定多いんですからさっさと支度してください」
といい急かす。
マコト「・・・キキッ。そういえばそうだっなぁ・・・。今日は多かった日だ」
そう言いながら立ち上がり、コートを羽織った先輩は私の方に歩いて来て
マコト「・・・・で、なんだったか・・・」
と言った。
はぁ・・・・・・・
把握してないじゃないですか
はぁ・・・・・・・
仕方がないのでタブレットを起動し、読み上げる。
イロハ「・・・今日の予定はこの後9時からイブキと遊び、10時半からトリニティ自治区にて百合園セイアホストとの会談。その後11時半にゲヘナ学園中央区郊外を巡って炊き出し。
12時から14時は『ゲヘナ・ラグジュアリーホテル&リゾート』の完成式展。その後食事をしながらミレニアムに移動し、14時半から16時までゲーム開発部一同との会談。その後移動中にアビドスの砂狼シロコ生徒会長と電話会談をし、17時に空崎ヒナ元風紀委員長の墓参りです」
マコト「・・何ィ!?」
こんなに詰め詰めの予定なのに把握していないのは控えめに言って大ポカだが、マコト先輩なので仕方ないとも思ってしまう。
彼女は例の顔から苦虫を噛み潰したような顔になるが、冷静な顔にすぐに戻る。
マコト「・・・キキキ。まぁいい。このマコト様に不可能はないからな。これくらいの予定はこなしてみせる!さてまずはイブキと遊ぶぞ!」
そう言うと嵐のように走り去る先輩。
イロハ「・・・はぁ。イブキ関連になった途端やる気になりましたね。・・・私も早く会いたいですし、少し走りますかね。めんどくさいけど」
そう言って、私はタブレットを脇に抱えて先輩の後を追いかけた。
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イブキの部屋
イブキ「あ!せんぱーい!」
新マコトタワーから400mほどにある寮の一室。そこはイブキの部屋。
あの時『砂糖』に汚染ていたイブキだが、後遺症も禁断症状も僅かですみ、順調に回復が進んでいた。
マコト「イブキ〜!」
一瞬キモく見えるへらへら顔でイブキを抱き抱える先輩。
やっぱりそのキモさは拭い切れないが、この表情をイブキにしか見せないということは、イブキを本当に大切にしているんだなということが伺える。
マコト「調子はどうだ?元気か〜?」
イブキ「うん!」
イロハ「・・・プリンももって来たので、食べましょう」
私は箱からプリンが入った容器を3つ出す。
イブキ「わ〜!またフウカ先輩が作ってくれたの〜?」
マコト「キキキッ。そうだ。彼女の力作だ」
あの一件から、イブキに与えるプリンは企業からは買わず、給食部の愛清フウカが作ることになった。これは彼女のパーティーでの評価をかってのものだ。パーティー自体は砲撃で大惨事になったが、彼女のスイーツは一級品だ。
それにあの時でも『砂糖』不使用を貫いたその素晴らしさも評価に入っている。
私はプリンを配る。
そして3人で食べ始める。
美味しそうに食べるイブキを見ながら、マコト先輩は私に耳打ちする。
マコト「随分顔色も良くなったな。この調子なら月末には全快するんじゃないか?」
イロハ「そうですね。そうなってくれたらまた5人で色々できますね」
4月ごろのイブキと比べると、本当に元気そうだ。あの頃の彼女はまだ禁断症状が抜けず、暴れ散らかしたりして大変だった。チアキは顔を引っ掻かれてて少し面白いことになってたが。
食べ終わると、イブキが何やら机の上にある画用紙を取り出して来た。
イブキ「見て見て〜!似顔絵〜!」
マコト&イロハ「「!!!」」
まさかの超力作がそこにあった。
よく頭から下が棒人間になっていたマコト先輩が八頭身になってるし、サツキ先輩もすごい良いスタイルになってる。私はなんだかデフォルメにされているが、頭足人だったりもふもふだったりしたころよりもずっと進歩している。
マコト「これが成長か・・・親というのはこういう気分なんだなぁ・・・」
イロハ「そうですねぇ・・・・」
おもわずほっこりしてしまう。
12月から5月までまともに接することができなかった分、これからどんどん思い出を作っていきたい。
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イブキの元を去り、私たちはトリニティへと向かっていた。
イロハ「・・・それにしてもあの1年若返り薬、どうやって作ったんですか」
マコト「調月リオの設計図だ!」
これもリオの設計図とやららしい。
今思ってみれば、調月リオという人物はとても私たちの助けになった。
戦線維持に貢献した量産型アバンギャルド君に、戦争を終わらせたヘイロー破壊爆弾搭載型弾道ミサイル。そして皆の青春を取り戻した一年若返り薬。実際に運用したのは私たちだが、彼女の設計図無くして完成することはなかった。
本来なら彼女こそ大戦の英雄として讃えられるべきなんじゃないかと思えるが、彼女は姿を表さない。自己顕示欲満載の先輩とは大違いだ。
そうこうしているうちに、私たちはトリニティに着いてしまった。
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私は2人の会談の間、応接室にいた。
トップ同士の会談で、内容はおそらく今後の復興支援。
よって私の出る幕はない。
つまりサボり放題だ。
そんな私はふと窓の外を見ると、戦前ならありえない光景を見ることができた。
トリニティ自治区なのに、外を見るとツノが生えた生徒がチラホラいる。
それにゲヘナ由来の企業も多数進出している。
これは戦後のトリニティにおけるゲヘナ学園の影響力の強さの象徴だ。
あの戦争の後大きく弱体化したトリニティの復興支援をしているのはゲヘナだし、サンクトゥス派の復権に貢献したのもゲヘナである。
正義実現委員会の再建を支援するために風紀委員のチナツが派遣されていたりと、軍事面でもゲヘナはトリニティを支えている。
傀儡とまでは言わないが、強い影響力を持つのも当然だろう。
すると、マコト先輩が出て来た。
マコト「イロハ、帰るぞ。すぐに炊き出しに行かなくてはな!」
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炊き出し
私たちはゲヘナ中央区の郊外で炊き出しを行っていた。
マコト先輩がスープを入れ、私がそれを渡す。
簡単な作業。しかしこういう草の根の活動は、有権者の話を聞き、支持を得る上で大事な作業。
今の私たちにとって重要なことは、有権者の生活である。アビドス廃校戦争ではキヴォトスの各地が廃墟と化していた。ゲヘナも例に漏れず各地が焦土になった。
むしろ戦後3ヶ月で新マコトタワーの建設や、パンデモニウム・ミュージアムのオープンで雇用を作ったり、商店街を再建したりと有権者の生活をいち早く取り戻したと言っても良い。少なくとも、スクエア以外瓦礫の山のトリニティよりはだいぶ良い。
そう考えると本当に『春の目覚め作戦』から
マコト先輩のIQが上がった気がする。
私が渡していくと、人々はお礼を言いながら去ってゆく。その表情は明るい。
人生というのはこれからも続く、長い長い旅路だ。たとえあの戦争で全てを失ったとしても、人はまた立ち上がり、歩んでいくのだろう。
そんな希望の芽吹きを、私は間近で見ているのだと改めて実感した。
すると、私の目の前にとある人影が立った。
銀色の髪。マコト先輩と同じ黒メッシュ。
そして怖い顔。
鬼方カヨコだ。
彼女の顔が怖いのはゲヘナの常識である。
私はそんなことは気にせず、スープを手渡す。
するとそれを受け取った彼女は私を手招きしてきた。何か話したいのだろうか。
私はマコト先輩に視線を送ると快諾されたので、カヨコ先輩の話を聞くことにした。
カヨコ「・・・そのタブレット・・」
イロハ「アビドスの地下牢で見つけました。ちょうど良かったので使わせてもらっています。」
私が愛用しているタブレットは、戦後の調査の時にアビドス本校舎の地下牢から見つけたものだ。なかなか使い勝手がいいので、使わせてもらっている。
カヨコ「・・・ごめんね。炊き出し中に呼んじゃって」
イロハ「大丈夫です。どうしました?」
彼女は私の方をチラッと見て、スープに目をやると質問した。
カヨコ「・・・社長・・・見つかった?」
う・・・という表情を思わずしてしまう。
実のところ、まだ戦後は終わっていない。
このように、未だ見つかっていない生徒が多数いるのが現実だ。
ゲヘナ約800人、ミレニアム約1000人。トリニティ約6000人。その他の学園およそ2200人。
戦後少ししてからの調査で発覚した、行方不明になった生徒の数だ。アビドスへの移籍後音信不通、捕虜になっていたはずだった…など。
このおよそ1万人の生死を全て確認するまでは、戦後は終わらない。マコト先輩は戦後の集会でそう言っていた。だから私の戦車旅団は毎週の訓練を北アビドス砂漠でやりつつ、捜索を続けている。
カヨコ先輩が所属していた違法サークル『便利屋68』の社長、陸八魔アルもまた、行方不明の1人だった。
イロハ「・・・ごめんなさい。まだ見つかっていません」
カヨコ「・・・そっか」
そう言いながらスープを啜る先輩。
その顔はあの怖そうな顔つきから想像できないほど寂しそうな顔だった。まるで親がいなくなった子猫みたいな、そんな感じだ。
すると、少し息を吸って、私の方を向いた。
カヨコ「・・・じゃあ・・さ。連れてってよ・・毎週金曜、やってるんでしょ?」
なんで漏れたのか。いや漏れるか。
自己完結する。
戦車旅団をゾロゾロ動かして演習まがいにそんなことをやっていたら誰でもわかる。
イロハ「・・・そうですね。毎週金曜、北アビドス砂漠で演習をしています。それに着いていきたいということですか?」
カヨコ「うん。私たちも手伝う。そうすれば、何か得られるかもしれないし」
驚いた。自分の生活の再建もままならない人がほとんどのこの社会で、他人を助けるために全力を尽くしたいと願う人がいることに。
イロハ「・・・それなら、お願いします。毎朝9時半に出発するので、遅れないでくださいよ」
彼女は首肯すると、去っていった。