新スレ記念だこの野郎!

新スレ記念だこの野郎!


「・・・ここに居たのか」

疲れたような声に、フリルは見ていたスマホから顔を上げた。

その視線の先には最近結ばれた恋人、星野アクアが不機嫌さを隠さずにいた。

会員制の喫茶店。

高級志向でまとめられたその席の一つに座るフリルは、やってきたアクアに顔を輝かせる。

「待ってたよ、アー君」

花の開くようなその美しさも、目の前の恋人の顔を緩ませることはできない。

フリルは自分の隣をポンポンと叩いてアクアに座るように促すが、アクアは仏頂面のまま対面の席に腰掛けた。

「どういうつもりだ」

「何が? あ、先に注文しよう。何頼む?」

「・・・アイスコーヒー」

「ん、了解。」

出鼻をくじかれたアクアは、ムスッとしながら答える。

アクアのそういう生真面目な所がフリルは好きだったが、こういう時は無視するべきだと思う。

それを、口に出さずにウェイターを呼ぶ。

「彼にアイスコーヒー。私に和三盆と緑茶」

「かしこまりました」

ウェイターはにこやかに微笑んで去っていく。

アクアがしばらく考えた後に、腕を組んで黙り込んだ。

どうやら、頼んだ飲み物が届くまで待つつもりらしい。

イケメンはいい。

不機嫌で黙っていても様になる。それが好きな人ならなおさらだ。

「・・・・・・なんだ?」

「アー君の顔を見てるだけだよ」

「・・・・・・楽しいか?」

「うん。心がフワフワして体重も減る」

「そうか」

呆れたようなため息を言葉に込めて、そのまま会話が無くなる。

フリルはそのまま上機嫌でアクアの姿を瞳に焼き付けていく。

それは、ウェイターが品物を持ってきてアクアがコーヒーを一口飲むまで続いた。

「それで、何のようだ?」

「ようがないと呼んじゃだめ?」

「・・・帰るぞ」

からかう雰囲気にアクアの機嫌が悪くなる。

「うそうそ。ちゃんと用事はあるよ・・・アー君の顔が見たくなったの」

「帰る」

「ごめん。冗談」

どうやら、彼の機嫌は思った以上に悪かったらしい。

努めて冷静に席を立とうとするアクアを止める。

怪しむアクアの瞳も可愛らしい。

「ルビーなんだけど、ちょっと雰囲気が変わった。どちらかと言えば、悪い方に」

「・・・あぁ」

彼は認めたく無いだろうが、事実だ。ルビーの底抜けない明るさに、陰がある。

いや、あれは闇だ。

暗くて濃い。ドロのような水気のある闇だ。

高校からの友人であるフリルが気づいたのだ、双子の兄であるアクアが気づかぬはずがない。

「ルビーから聞いたけど、宮城に行ってからだと思う」

「そうだな・・・」

「心当たりは?」

「・・・・・・・・・無いな」

数瞬考えたアクアの声には、訝しさは無かった。

「・・・警察に、巻き込まれたって噂があったけど?」

「よくご存知だ・・・でもな、そいつとルビーには繋がりがない。ショックな出来事だったとは思うが、直接的なつながりはないはずだ」

フリルは、しばし考え込む。

さぁ、ここからが本題だ。

「・・・アー君。あの頃から君はあかねさんとの繋がりが強くなってるよね? 別に嫉妬とかじゃないけど、あかねさんがルビーに・・・」

「不知火フリル」

言い切る前に、アクアが止める。

静かだが、強い言葉だ。

有無を言わさぬその言葉には、隠しようもない怒気が含まれている。

「俺のことをおちょくるのも使い走りにするのも構わない。ルビーに対しておちょくるのは友人だから口は挟まない。むしろ、あいつを思ってくれて感謝しよう。だがな」

アクアが、フリルを睨みつけてくる。暗い星が、彼の両目に宿っていた。

「あかねを侮辱するのは許さない。あいつには、なんの落ち度もない。敷いてあげるならば、俺みたいな馬鹿な男に引っかかった被害者という点だけだ」

「そう・・・ごめんね。前カノだからちょっと気になってたかも」

「・・・別に、いい。だが、あかねはなにも悪くない。ルビーだってあいつには懐いてたんだ・・・むしろなんで別れたのかって責められたんだからな」

そういうアクアの顔には、懐かしむような、惜しむような、自分を納得させるような表情が張り付いている。

それはまるで、泣くのを我慢する子供のようだ。

アクアは、誤魔化すように、コーヒーを一息に飲み干した。

「それで、他にはなにかあるか?」

「・・・うんん。無いよ。今日来てもらったのは、ルビーの事とか確かめたかったのと。これから人に会う約束してるからそれまでの時間つぶし」

彼女は、アクアに本当の事を言う。

今の彼に嘘をついたら見破られそうな雰囲気があった。

「・・・・・・そうか。まぁ、いいさ。俺も暇してたからな。じゃあ、帰るぞ。コーヒー代はこれだけあればいいか?」

アクアは立ち上がると千円札を置いていく。それをチラと見てフリルは唸る。

「うーん・・・足りないかな?」

「え? マジで?」

「マジ。二千位するから。ここの」

「たっけー・・・」

信じられない物を見たようなアクアがやけに面白かった。

「美味しかったでしょ?・・・あ、でもここで私にキスしてくれたらタダでいいよ?」

「よし、もう千円持っていけ」

「アハハ残念。でも、今日は本当に良いよ。ここ、私年間契約で飲み放題だから」

そういう、シークレットな空間なのだ。

政財界の重鎮や、そこまで行かなくてもそれなりの者達の社交場のような所だ。

「・・・いや、それならなおさらだ。フリルに金を出してもらうのは、違う」

そう言って、アクアは紙幣を置いて立ち上がる。

「じゃあな。ルビーの事。よろしく頼む」

「任せて。ルビーは友達だし、恋人の妹で、私の将来の義妹だから」

「・・・・・・最後の一つだけは、勘弁してもらいたいなぁ」

肩を落としながら、アクアが去っていく。

彼女は、その後ろ姿が見えなくなるまで手を振った。やがて、彼の姿が完全になくなると、フリルは和三盆の一つを手に取る。

白い和菓子の芸術が、手の中で転がっていく。

「本当に、アー君はいいね」

カリッと和三盆を口に含む。噛み砕くと同時に、甘さが口に広がる。

「あんなにピリピリしてるのに、隙だらけで」

そう。アクアは警戒しているようで、甘い。

ワザワザ彼女のテリトリーに入り込み、事前情報も調べていない。

まぁ、そう誘導したのは彼女だが。

「ま、そこが可愛いんだけどね」

言いながら、緑茶を流し込む。

ルビーには、彼にはない狂気がある。

それは芸術家には多い向こう見ずさで、逆にアクアにはない。

故に、アクアの脅しは誇張に感じる。

怖がってくれ、引いてくれという懇願だ。

「だから、肝心な所を見過ごすんだよ・・・アー君?」

緑茶を飲み干して、フリルは立ち上がる。

そう、ここは会員制の喫茶店だが、シークレットルームではない。

言うなれば、そこに入るための待合室に過ぎないのだ。




フリルは奥の部屋へと進む。

黒い背広を着たシークレットサービスは、誰も彼女を止めない。

止めるはずもない。

不知火フリルを知らぬ者など誰も居ないのだ。

やがて彼女は自分が契約しているシークレットルームにたどり着き、扉をカードキーで扉を開ける。

上品で、清潔。

華美な装飾はされていないのに、ひと目見て高級感あふれる室内。

業界人から勧められて契約したは良いが、家族以外で使うのは初めてだ。

姉が「ゆーくんとのデート(だと本人は主張している)の締めに使いたい」とか言っていたのを思い出して思わず笑ってしまう。

やはり、姉妹は似るものなのだろうか?

「すいません。ちょっと野暮用があったもので」

関係のない思考を言葉とともに追い出した。

「いえ、私も先程通されたばかりですので」

約束の人物は、すでに室内にいた。

この室内にいて、霞まぬ美貌。

かつてその人には無かった、溢れる自信と存在感。

・・・本当に、美しい。

「無理を言ってすいません。どうしても貴女と直接話したかったんです。誰も交えず、二人きりで」

アクアとは違う。

輝かしい星の瞳。艷やかな青い黒髪。身体からは清楚な色香が漂うような。

初めて見たその人からは全く違う。変わり果てているその姿。

その美しさに敬意を評し、フリルはその目をまっすぐ見つめた。

「一応挨拶を。星野アクア君の彼女。不知火フリルです。お会いできて嬉しいです・・・黒川あかねさん」

「私もですよ、不知火フリルさん」

互いに笑みを交わしながら、その目は笑ってなどいなかった。

「とりあえず、座りましょう。何か飲み物を用意させます。なにか希望はありますか?」

その瞳にむしろ安堵して、フリルはあかねに声をかける。

「いりません。私は長居するつもりはありませんから」

にこやかに、しかし揺るがぬ拒絶の色。

アクアとは違い、頑なだ。

「そうですか。では、座りませんか? お互い立ったままでは話しづらいので」

「結構です。それなら私は帰るだけですから」

本当に隙がない。

おそらく、アクアと違って少しは調べてきたのだろう。

あかねはここを敵地と思っている。

・・・正しい認識だ。

だが、やりようはある。

「そうですか、なら私は座らせてもらいます。話というのは・・・アー君・・・アクアさんの事です」

「そうですか」

あかねに動揺はない。最初から予測していたのだろう。

だが、あまりにも動揺を隠しすぎている。

「私はアクアさんに告白していますが、正式にお付き合いはしていません。ですが、諦めてはいません。いずれは正式に恋人同士になりたいと思っています」

「・・・そうですか」

あかねが揺れた。

安堵か焦燥か、それとも別の感情かまではわからない。

「だからこそ、確認しておきたいんです。あなた達が破局した原因について」

すかさず切り込む。

フリルはあかねの一挙手一投足を常に観察する。

動揺を見逃さぬためだ。

「今更ですが、私は貴女を尊敬しています。演技に対する真摯さと愚直さ。貴女の演技は本当に素晴らしい。そして、今ガチでも貴女は優しいからこそ傷ついてしまった・・・身も蓋もない言い方をすると、私は貴女のファンなんです。だから、二人の破局報道を見た時は驚きました。二人共、お似合いでしたから」

そう、何度も何度も、フリルは諦めようとすると程に。

アクアとあかねはお似合いだった。

ルビーから話を聞く度に胸が締め付けられ、それでも聞きたいと思うほどに。

「だから、もし二人の破局にアクアさんの何かがあるなら・・・」

「不知火フリルさん」

初めてフリルの言葉を遮るように、声をかけられた。

「貴女が私達の事を気にかけてくださるのはありがたいですが、これは和達二人の問題であり今なのです。そこに誤りはありません」 

諦めの言葉に聞こえるが、違う。

その言葉にはハッキリと、アクアとあかねの間にフリル如きが入り込むなと叩きつける意志がある。

「それから、アクア君はなにも悪くありません。全ては、わたしのせいなんです。わたしが、あの人を救え無かっただけなんです」

本当に、アクアとあかねは似ている。

美しくて、他人を思いやる優しさに満ちて。

自分を責め続けるところまで。

・・・その全てが、フリルとは違う。

「そうでしたか・・・失礼しました。出過ぎた真似をしました」

「いえ、わたしも言い過ぎました。もうよろしいですか?」

それは、何も語ることはないと言うあかねの意思表示だ。

これ以上は意味がないとフリルは判断して席を立つ。

「はい、けっこうです。ワザワザお時間を割いていただいてありがとうございました」

そう言って、あかねを見送る。

だが、部屋を出る直前。あかねは立ち止まって振り返らずにフリルに語りかけた。

「・・・一つだけ忠告を・・・アクア君の優しさに、気をつけてください。彼の優しさは麻薬です。一度味わえば二度と離れられなくなる」

言葉とは裏腹に、あかねの言葉には熱がある。

それは、愛の熱だ。

フリルは、その熱が恐ろしいものに感じられて、初めてあかねから一歩距離を取った。

「では、失礼します。ここで結構です」

言い捨てて、あかねは部屋を出ていった。

その姿が見えなくなって、扉も閉まってからフリルは大きく息をついた。

アクアの時とは違う。

恐るべき敵を前にしたような感覚だった。

「あー・・・疲れたぁ・・・」

力が抜けて椅子にへたり込む。

いつの間にか、手を強く握りしてめいる。

ゆっくりと開いていくと、じっとりと汗が浮き出ていた。

「ヤバいなぁあの人・・・すっごくかっこいい。流石アー君の元カノ・・・」

観察力は、アクア以上だ。

おそらく、こちらの情報はあかねにだいぶ漏れている。

それでもなお、合う必要があった。

「・・・二人共、まだ想いが切れてない」

そう、それは確認だ。

アクアとあかね、二人の想いがどうなっているのか。

人づてなんて意味がない。フリルが判断しなければならない重要事項だ。

「いや、それどころかむしろ強まってる? 何なんだろうね、あれは」

似た者同士と言い切るには不器用過ぎる。

「ていうか、本当に化け物だね、あれは」

たった数分。フリルが言葉を紡いだだけで、こちらを見透かされた気がした。

あれを恋人にしていたアクアの無関心さも恐ろしい。

「忠告・・・か。今更だね」

あかねの最後の言葉が、脳裏から離れない。

あかねの目を見なくて良かった。もし見ていたら、きっと悪夢に飲まれていただろう。

「あー・・・気づかれてるんだろうなぁ・・・あれは」

机につっぷして、独り言ちる。

机に備え付けられたタッチパネルを操作して、プリンアラモードを注文する。

カロリーは既定値を超えているが、今日は許されるはずだ。

「・・・私のほうが、先なんだから・・・」

あれは、本当に偶然だった。

大好きだった今日あまのドラマ。あまりに酷くて、局に殴り込みをかけようとしていたほどだ。止められたが(解せぬ)。

それでも死に水を取る覚悟で見続けた最終回。

その全てで、ドラマの全てが許されたほどの演技。


正直、フリルは泣いた。


あまりに静かに、激しく。それはティッシュ一箱を使い潰したほどだ。

本物の今日あまを見た感動と、そのロスにフワフワしていた。

そして、今日あまのような学園生活に憧れた初日。


フリルは見事に孤立した。


誰からも声をかけられず、遠巻きにヒソヒソ話をされていた。

まぁ、そんな物だと心の中の皮肉屋の声を聞きながら、彼女は帰路についていた。

これで夢を見るのはおしまい。

これからはまた不知火フリルで過ごせばいい。

そう考えていた時だ。




『こんにちは不知火さん』




なんか、声をかけられた。

しかも、なんか見覚えしかない人から。



『俺の妹がアンタと同じクラスなんだ。仲良くしてやってくれ』


その言葉がどれほど嬉しかったか。

どれほど優しく、彼女の脳を焼いたのか。

誰も知らない。知る余地もない。

俗な言い方だが、彼女はその王子様に救われたのだ。

「もう、遅いよ」

その声は、彼女が自覚するほど甘く、弱く。

「好きだよ、アー君」

顔が赤い。想いが止まらない。



「大好き」


その言葉が、止まらなかった。


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