断章:子
私が生まれた世界には光が無かった。聞こえるのは罵倒と言い争う声ばかり。
捨てられてもそれは変わらなかった。
突き刺さるのは奇異と恐怖の視線ばかり。
ずっとこのまま変わらないんだって思ってた
あぁ…だけど…
あの時彼が…連れ出してくれた
この暗い世界から…
だから…
あなたは私の太陽なんだよ
※※※
「…ふむ、今日はここまでにしておくか」
そう言っているのは猫天与の師匠であり最近合流した鼠…空鼠ことクウである
腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、そして10kmのランニング
「…さてと」
空鼠は普段こそ使わないが愛用の武器…爪楊枝を持つ
「…今日はこれにしよう」
そしてどっかの修練場から拝借してきた巨大な岩を片手でぶん投げ置く
「…はぁ!!!」
そして爪楊枝を投げその爪楊枝は岩を貫通した。
「相変わらず頑張ってるね…」
「む…?あぁ六月か」
空鼠の前に現れたのはこの家の主人の義理の娘である桜宮六月である。
「今日も猫天与に弁当を作ってきたのか?そういえば最近ゴキブリ料理の味が変わった気がしたが…?
「ヨウがしょっぱいの好きだからかな、塩を5g加えるごとに箸を進める平均時間が0.5秒伸びるから…」
(おっと藪蛇であったか…)
空鼠は延々と語り続ける六月を見てこの話題を振ったのを後悔した
「…して、どうした?」
「あっそうだったそうだった」
空鼠はなんとか話題を戻そうとした。
「…えっとね、あなたの事を教えて欲しいんだ」
※※※
「…さて、我の事と言っても…何を話せばいいか…」
「えーっと…本当になんでもいいんだよ?」
空鼠はそれを聞くと口を開き始める。
「…では改めて、我は猿城12獣将の一角、空鼠のクウだ、趣味はさっきやってた通り鍛錬、術式は空が飛べるようになる物、そして…何よりも我の目は見える事だな」
(見える…そういえば絵文字さんも見えるとかなんとかいってたなぁ…とりあえず今はそれより…)
「猿城12獣将ってなんなの?」
「…おっと、そういえばそれを話し忘れていたな」
空鼠はバツが悪そうな顔をする
「ある人物…猿城瑠衣によって呪力と術式を付与された十一匹の獣だ、今は一人抜けたから十匹だがな…」
「一人抜けた?」
「あぁ…」
※※※
『ごめんなさいね!!私は自由に生きたいの!!』
※※※
「…元気にしてるといいが」
どことなく既視感を覚えた気がしたが気のせいだろうか
「まぁ我についてはこんな所だな…
して、本題は猫天与の事か?」
「……!?」
その言葉を聞き六月は動揺する
「全く…それぐらい素直に聞けばよいものを…猫天与か…ふむ…」
空鼠は言葉を詰まらせる
「不思議な存在よな、あんな物を内面に秘めておきながら様々な偶然が働き表に出ないようになっている…だが、それによってまた別の問題が発生したようだ」
「…別の問題?」
なんだろうか、あんな物のくだりも気になるが…
「今や誰もアイツの側に最後まで居られなくなったということか」
「……?どういう事?」
「む?聞かされて無かったのか…?猫天与には寿命がないのだ」
「!?」
寿命が無い…不思議生物だと思っていたがそこまでとは…
「それに…アイツは恐らくかつて大切な人間を失っている…そしてこれから先また何度も失う事になる…自殺するような性格では無いしな…アイツは」
「………」
ヨウはこの先生きていく事になる
お父さんが死んでも
母さんが死んでも
私が死んでも
…それなら
「彼とずっと一緒にいたい」という思いは…とても無責任で身勝手な物になるのでは無いか?
「…ありがとう空鼠!色々聞けたよ」
そう言って六月はその場を去った
※※※
「……やれやれ、謙虚すぎるというのは本当に考え物だな」
空鼠はそう言って空を見上げる
…周りの物は空を蒼いというが自分には全くわからない、相変わらず便利なのか不便なのかわからない目だ
とはいえ別にそれが辛いわけでは無い、そもそも人によって見え方は違う、視界が共有できなくても何も問題はないのだ。
…色々な物を『見』てきた
この世には美しい物、醜い物、両方が溢れ返っている、だが…
「やはり、人の心より見ていて惹かれる物はない…か…」
さて…我の命が尽きる限り見守るとしよう
無限の時間を持った人間擬きの怪物と有限の時間の少女達がこれからどうなるか…