文化祭・怪物・マイカー(後)
フユの家でも、亡くなる前に文化祭に立ち寄っていた男が話題に上がる。当然だが、食中毒の原因菌は発見されなかったそうだ。
「死因は聞いた?」
「えーと、多臓器不全だって。文化祭に来る2日前から仕事休んでたって、事情聞かれた子から聞いたよ」
「具合悪いなら、文化祭来んなよ。迷惑だぜ…」
デンジが吐き捨てるように言った。
「悪魔の可能性はねえの?」
キリヤが尋ねると、フユは「これから調べるらしいよ」と答えた。遺体から目立った外傷は発見されなかったそうだ。
そんなやりとりをした後の休日、キリヤは都内のカフェで昼食を取っていた。エビのドリアを賞味した後、大学芋を大胆に使ったパフェを持ってきてもらう。
「やあ、キリヤ君。奇遇だね、こんな所で会うなんて」
「…デザート頼んだら、男が出てきたんだけど。ここ、そういう店?」
「まさか」
無造作な黒髪と左耳のピアス。バンドマン風の青年がキリヤに声をかけてきた。民間ハンターの吉田ヒロフミである。彼はしれっと相席にすると、アイスコーヒーを注文した。
「相席にしたし…」
「丁度良かったよ、話したいこともあったからね」
ヒロフミは東区で目撃される狼男について切り出した。手間賃を出すので駆除する際、キリヤに同行を頼みたいと言うのだ。
「そいつ、女ばかり狙うらしい。長々と放っておくと、君も心配だろうと思ってね」
「聞きたくなかったなぁ〜、その話。いつだよ?」
食後のパフェが来た為、話は中断された。
その後、日が沈んでから2人は東区の住宅地に足を運んだ。狼男が度々目撃される地域である。
車の悪魔の後部座席にヒロフミとキリヤは並んで座る。目撃談の発信源が近くなった為、キリヤは車の悪魔に停まるよう命じた。
「どうする気だ?」
「車を突っ込ませる」
「やる事が派手過ぎじゃないか?」
「けど、正確な場所がわからねぇとな」
ヒロフミと契約している蛸の悪魔が周囲を索敵した結果、標的は近くの住宅に潜伏していると判明。
「ただ、仲間がいるらしい。もう一体いるそうだ」
「じゃ、まとめて殺すか。
車、俺らが降りたら向こうの寝床に飛び込んで、ガスを噴射」
2人が降りると車の悪魔は急発進、蛸の悪魔が確認した住宅に突っ込むと、車の悪魔はボディから生やした砲塔から排気ガスを勢いよく噴射した。
「狼男ならよぉ、鼻はあるよな?イヌ科なら人間より敏感なはずだぜ」
キリヤの期待通り、真正面から見て2時の方向にある家から狼男の悪魔が飛び出してきた。
「お前、デビルハンター…!!中には家主一家がいるんだぞ!!」
「俺、救急隊員じゃねえし。そんな事言われても、困るっつーの」
キリヤが狼男の悪魔と戦端を開く頃、もう一体の悪魔が夜闇に乗じて、潜伏していた家を抜け出す。その身体が巨大なタコの触手に絡め取られた。
四肢、首、腰を締め上げられたのは燕尾服に身を包み、蝙蝠のような翼と蚊に酷似した口吻を持つ異形。
「吸血鬼の悪魔か。それなら狼男とは縁があるだろうね」
「そうだ!こんなものはなぁっ!!」
吸血鬼の悪魔は霧に姿を変え、蛸の悪魔の拘束を逃れるとヒロフミに襲い掛かる。
「主はアブラムに仰せられた。『あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい』」
「ぎゃあああアっ!!?」
ヒロフミの情報網に、気になる情報が引っ掛かったのだ。都内で発見された多臓器不全の遺体に虫刺されのような痕が見つかったという報告を入手した彼は、狼男の噂を含めて、吸血鬼の悪魔の存在を推測した。
(鉄欠乏性貧血には口渇の症状…血液の絶対量の不足?)
ヒロフミは懐から小瓶を取り出すと、固体化して悶え苦しむ吸血鬼の悪魔に香油を浴びせた。
「あぁっ!?あがぁっ!!」
「火でもつけられたみたいだな。『そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める…』」
ヒロフミの暗誦によって身動きが取れなくなった吸血鬼の悪魔は、すぐに駆除された。
高いサポート力を持つ蛸、攻守と機動力に優れる車とそれぞれ契約する2人のデビルハンターの前に、狼男と吸血鬼は破れ去ったのだ。
その後、アジトになっていた家から家族3人の遺体が発見されたが、いずれも死後1〜2日が経過しており、狼男の悪魔の言葉は動揺を誘う為のブラフだったと明らかになった。