文化祭・怪物・マイカー(前)

文化祭・怪物・マイカー(前)


文化祭の準備期間に入り、第四東高等学校の各クラス、部活は午後からその準備に追われ始めた。アサのクラスも例外ではなく、味気ない教室の壁や床が華やかに装飾されていく。

アサのクラスは脱出ゲームの企画に決まった。童話をモチーフにした迷路を、謎を解いて脱出するのだ。クラスメイト達はアサ抜きで作業を進めており、誰か捕まえないと仕事を割り振ってもらえない。

仕事が欲しいとお願いすれば、仕事は振られる。しかし、アサが自分から進んで何かやろうとすると、決まって他のクラスメイトが仕事を持っていく。

いっそサボればとも思うのだが、準備をサボったらその分、アサの立場は悪化するのだろう。

アサを排斥する時、教室は気味が悪いほどのまとまりの良さを発揮した。クラスメイト達は一個の生き物の細胞のように動く。

きっかけは分かっている。みんなの前でアサが転んで、鶏の悪魔コケピーが潰れた一件。

ーコケピーとサッカーするコケ〜!

アサは大事な所でコケる。あそこは大事な分岐点だったのだ。アサがクラスの一員になれるかどうかの。

(早く2年にならないかな…)

アサが進級までの残り時間を苦々しく思っていると、彼女の耳に「三鷹さん、いますか?」という、すっかり耳に馴染んだ声が飛び込んで来た。

「部活、部活!早く行こ!」

「えっ…あ、うん」

困惑するアサは、自分を呼びに来たフユと教室を交互に見てから、荷物を持って彼女について行く事にした。

「当日までやる事なかったよね?」

「ま〜、いいじゃん。体鈍っても困るでしょ?」

しばらく歩いてからアサが尋ねると、フユは悪戯っぽく笑った。聞くと午前の間に、少ししたらデビルハンター部の方に顔を出すとクラスメイトに言っていたらしい。

(私もそうしておけば良かった…)

途中でユウコとも合流し、アサ達はトレーニングルームに向かう。普段より数は少ないが、何人か部員がいた。

文化祭には生徒の家族を含む、一般の来場者も訪れる。受験生やその保護者がやってくる事も珍しくない為、学校側も毎年神経を尖らせており、デビルハンター部も警備に参加する。

もっとも、部として出し物は行わない為、開催まではクラスの準備に参加していて問題はない。

「あんまりいないね…」

「みんな、偉いなあ」

アサ達もトレーニングを始める。アサとフユで軽く組み手を行うが、身体能力の差で終始劣勢だ。

「かなり、らしい動きになってきたね!」

「そ、そう…?」

とはいえ、フユの動きを追えるようにはなってきた。真っ直ぐ突き出されたフユの右拳を、アサは姿勢を低くして躱し、顎を狙ったフックを放つがあっさり捌かれてしまう。

そして、文化祭当日。

2日間に分けて開催される、その内の一般公開日。訪れた来場者の中に、フユの両親の姿もあった。

「どこから回ろっか?」

「まずはフユのクラスだろ。和風カフェ?」

「校内の警備だから多分いないよ?」

「いんだよ、どんな教室か見てえし」

フユの父親のデンジはかなり特殊な経歴の持ち主であり、義務教育を終える前にデビルハンターとして活動を始めた。よって、学校でお祭りをやるのか!と文化祭について聞いた時にとても興味を惹かれ、来るのを楽しみにしていたのだ。

「おぉっ、すげえ!」

「中々凝ってるじゃ〜ん」

フユのクラスが見えてくると、夫妻は声を上げた。

教室の入り口には甘味と墨痕鮮やかに記された暖簾がかけられ、教室に入ると赤い和傘と、手頃な材料と創意工夫で再現した枯山水と竹が2人を出迎える。

姫野夫妻は客席に座ると、なんちゃって和装のウェイトレスにおはぎとカステラ、人数分のお茶を注文した。

店内には数名の客がいたが、その中に少々様子の変わった人物がいる。和菓子を頼まず、お茶ばかり飲んでいるのだ。机に湯呑みを2個並べており、その男はデンジが店に入ってから一度お代わりを頼む。飲み終わると代金を払って店を後にした。

デンジは店を出た客が座っていた席を一度見た。

「どうかした?」

「あ〜…あのお客様、店に来てからお茶ばっかり飲んでたんですよ。7杯はいってましたね〜」

注文したメニューを持ってきたウェイトレスが説明してくれた。最初は1杯ずつ飲んでいたのだが、1杯ずつ頼むのが面倒になったのか、途中で一度に2杯持ってくるように要求してきたそうだ。

「へぇ〜、めちゃめちゃ喉渇いてたんだな」

「病気か何かかな?」

姫野夫妻はそれほど興味を惹かれず、ウェイトレスが去ると、お茶をやたら飲む客の話題はこの日、2人の間で二度と出ることは無かった。

文化祭の数日後、フユのクラスが少しだけ厄介な事になる。

都内で亡くなった、ある男の足取りを警察が追っていくと、文化祭期間中のフユのクラスに足を運んでいたらしいと分かり、数名のクラスメイトが聴取を受けたのだ。

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