散策
「散歩?」
「うん、陽の光を浴びたり、緑や海の景色を見たりするだけでも色々良い刺激になると思うんだ!!」
朝食を食べている時に、向いに座るチョッパーが、そう提案してきた。それに対してウタはおうむ返しをしながら今日の朝食のデザートであるフルーツヨーグルトをスプーンで掬い口元に運ぶ。昨日から思っていたが、ミルク粥も、野菜のスープも、そして先程食べたフレンチトーストといい、サンジが自分に作ってくれる料理はどこか甘味を感じるものが多い。
もしかしたらゴードンに聞いて甘いものが好きなのを知って、食べやすい様にと作ってくれたんだろうか?もし、そうだったとしたら…やはり、ルフィの仲間達は皆優しいのだろうなとウタはヨーグルトの程よい酸味と桃の甘みを堪能しながら話の続きに耳を傾けた。
「って、言ってもこの辺り…何にもないけど……」
「いいんじゃねェか?そういやおれ、この島に来てからまだ探検してねえから丁度いい!!一緒に行こうぜ、ウタ!!」
まだ行くと決まってないのに楽しそうな表情で笑うルフィ。対してウタはまだ乗り気ではなさそうだったが、思い返す。ルフィ達が来るまでは城からはおろか、部屋からも殆ど出ない生活を送っていた。実際、健康にはとてもよろしくないのだろう。
「お、なら少しサンドイッチとか、弁当作っといてやろうか?」
「弁当!?やった!!」
「まだ朝ご飯なのにもうお昼ご飯のこと考えてんじゃないわよ!!…もう」
そうこうしている内に、もはや行くのが確定事項になりそうな勢いで話が進んでいるので少し困っていると…
「それで、ウタ…あなたはどうしたいかしら?」
恐らく成り行きを見て、置いてけぼりなウタに気づいていたのだろう。ロビンが改めて聞いた。
「私…?……私、は」
多分だが、これで断っても、この人達は嫌な顔一つしないだろう事はわかる。まだ殆ど関わっていない一味の者もいるが、それ程までに彼らから流れる空気のようなものは最初から温かくて柔らかかったから。
「…い、ってみようかな……折角だし」
「よっし、決まりだな!!サンジー!!弁当ォー!!」
「わーったわーった!!作るから焦るんじゃねェ」
それでも頷いたのは、少し前向きになれて来たからか…断った後の空気に耐えれる自信がなかったからか。
こうしてある程度の準備を終えてから、ルフィと、ウタの体調面からチョッパー、女性もいた方が心強いかと思いロビンとナミが、そしてお弁当を作ってくれたサンジがついてくる事になった。
そうして久しぶりに城の外を歩く。日の光をこうして直に浴びたのは確かに久しぶりで眩くて暖かい。思わず目を細めてしまうがこの辺りのことを知ってるのは自分だけなのだからちゃんとしなければとまた足を動かす。
その間も、ルフィ達は何かしら会話をしていて、ウタにも話題を振ってくる。不思議な感覚だった。見慣れたいつも変わらない廃墟の街…散歩くらいしかする事がなかった時に気を紛らわせる様に歌を歌っても虚しく響いていた街で、こんな風に友達と、その仲間と会話しながら歩けると思っていなかった。
……こんな風景にしたのは自分だと、ルフィ達が知ったら、どうするだろうか、軽蔑するだろうか?恐れて距離を取る?
いっそ夢の様に化け物と罵り、石でも投げたりしてくれさえすれば、この優しい夢の様な時間も終わるとちゃんと分かれば、安心出来る気もする。今の宙ぶらりんな状況が一番怖くて不安。だって…明日もずっとそうだと思ってた日々の終わりを自分は知っているから。
「…タ……タ、ど……た?」
一緒にいて楽しい。ルフィ達に嫌われたくない……でも、だからこそこの時間の終わりが怖い。またいつか、置いていかれる。遠ざかる背中を見るって考えてしまって…
「おい、ウタ、どうした?」
「へ、え、あ!ごめん、ぼーっとしてた」
危うくぶつかる程近くに来ていたルフィの顔に漸く意識が戻ってくる。
着いてきて歩いてはいたが、心ここに在らずなウタに全員が気付いて大丈夫かと聞いてくれる。もはや条件反射の様に平気だと答えるウタだったが…
「体力落ちてるだろうから疲れたかな?」
「よし、任せろ!!」
「え?ル、フィ!?わ、わわ…」
チョッパーの言葉に軽く肩を回したルフィに首を傾げたのも束の間。あっという間にウタの足は地面から離れて、自身の身体はルフィの腕に抱えられる。
「くぉらルフィ!!ウタちゃん驚かせてんじゃねェ!!…平気か?ウタちゃん?」
「あ、はい…へいき。うん…平気…です」
呆気にとられはしたが、落ちるような不安定さもない。ルフィには色々雑なところはあるが、きっと大丈夫だろうと、改めて腕を回す。
「なんか、ごめん。重くない?」
「これくらい重くもねえよ、つうか、前に抱えた時も思ったけど…怖いくらい軽いぞお前…肉食え肉」
「まだガッツリ系はやめた方がいいぞルフィ。今はサンジが柔らかく煮込んだりしてるから食べれるけど、ルフィやゾロ、ジンベエが食べてる様な歯応えのお肉食べたらもっと具合悪くなっちゃうからな」
「…サンジさん、重ね重ね、ありがとうございます」
そういえば再会してすぐに抱えられて医務室に運ばれたんだと思い出し、やはりサンジに色々気遣われているのだなとわかって頭を下げるウタに、気にしなくていいと、サンジは笑った。
「折角だしそろそろ弁当食べるか!!どっかいいとこ知ってるかウタ?」
「あ、じゃあ…ここ真っ直ぐ言って坂を登ると港が見れる丘が…って…ひゃあ!?」
「よっしゃ行くぞォ!!」
「ちょっとルフィ!!人抱えて乱暴に走るなァ!!ウタが落ちたらどうすんの!?」
そうして駆け出すルフィとそれに捕まるウタ。追いかけるナミとサンジを見送る様にゆっくりと歩くロビンとチョッパーは、互いに目配せをした。
「…街を、見てたわね」
「うん、怯えてる…とは違うかもだけど、それから段々顔が暗くなってた」
「…覚えてる、って事でいいと思う?」
「まだ分からない…感覚的に覚えているのと記憶がハッキリしているのとは違うしからな」
二人はゴードンから12年前の過去を聞いている。そこから考えられるのは、ウタはこのエレジアで起きた事に何かしら気付いてしまって、罪悪感から幻覚幻聴に悩み出したのではという仮説だ。
「でもよかった。もし覚えてるなら街を歩くのもダメかもと思ってたから…」
「それは…多分だけど……ルフィがいるからかもしれないわね。ナミから聞いたけどルフィと寝てた時は、少し安定してたらしいから」
「落ち着くのかな?ならルフィとはなるべく一緒に……んー、でもルフィもウタも互いにどう思うかな…ちゃんと擦り合わせないと」
医者として良いかもと思った事は試したいが、ルフィもウタも意思がある以上尊重したい。悩ましいと腕を組むチョッパーにクスクスとロビンは微笑む。
「期待しているわ、船医さん?」
「うん!!頑張るから、任せてくれ!!」
そう歩く二人の前に見えてきたのはレジャーシートを敷いた上にウタを下ろすルフィと、下ろして早々注意しだすナミ。皆が快適に食事をとれるようテキパキと準備を進めるサンジだった。