教えて! バーボンセイアせんせー! 椅子パリーグ
杏山カズサは叫んでいた。
「やーやーすごいねぇ、おじさん感動しちゃったよ~」
「はい♡ とっても綺麗な音色でした♡」
「練習したから」
「……ぐぅっ、クソ……おい、放して!」
「あのゲヘナで風紀委員長やりながらピアノの練習までしてたなんて、並大抵の努力じゃできないね。さすがヒナちゃんだ」
「私たちだけで聞くのがもったいないくらいでしたね」
「そんなに持ち上げないで……恥ずかしい」
「何無視してんだ! こっちを見ろ、ホシノぉっ!!」
目の前ではホシノ、ヒナ、ハナコという現アビドストップの3人が揃っていて、今しがた演奏されたヒナのピアノの感想を呑気に語っている。
叫びで喉から掠れた音が漏れる。
カズサがいくら声を荒げようと、まるで自身が透明人間にでもなったかのように3人は反応しなかった。
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アビドスへ襲撃を掛けたカズサを待っていたのは、あまりにも残酷な現実だった。
おかしい、こんなに強さに差があったはずじゃ、と混濁する意識の中、カズサはホシノの呆れたような声を聴いた。
『うへぇ……ずいぶんと弱くなったね、カズサちゃん』
必殺の心構えで特攻したのにも関わらず、ホシノにはあっさりと鎧袖一触で敗北する有様だった。
そして目が覚めれば、この状況だった。
愛銃は奪われ、手に掛けられた手錠の鎖は床に打ち付けられている。
強制的に四つん這いにさせられた状態で、狂ったピアノ演奏を聞かされていた。
「ん~~! ヒナちゃん良い子だぁ~。じゃあおじさんも何かやらないとね。う~ん何がいいかなぁ」
「う、ぐぅっ……」
ホシノが勢いよくカズサの背に座る。
ホシノがいくら小柄といえど、その全体重が掛かって背骨が軋んだ。
ぶらぶらと上機嫌に揺れる足は、時折勢いを付けて踵がカズサの腹に突き刺さる。
その度に空きっ腹で凹んだ腹部を強引に押し込められ、断続的に息を漏らした。
「綺麗な声もあるけど、なにより文化祭で披露してくれたギターソロ! あの演奏をもう一度見たいね。だからさ、協力してよ。ねぇ、カズサちゃん?」
「……殺す、殺してやる」
ようやくこちらを向いたと思ったホシノは、あろうことかカズサにバンドでギターボーカルをやれと言ってきた。
ふざけるな、スイーツ部の皆をあんな目に合わせておいて、はい分かりましたと協力するとでも思っていたのか。
何よりもスイーツ部の皆との思い出をペンキで塗り潰すかのような提案を、カズサが受けるはずもなかった。
「んん~? やっぱり元気ないねぇ。ちゃんと食べてる? まずはお水でも飲んでさ、落ち着こうよ~」
「ふざ、けるな……そんな、毒の入ったもの、飲むわけないだろうが!」
「う~ん? もしかして『砂糖』が入ってるかと疑ってる? ひどいなあ、おじさん別に嫌がる子に無理に飲ませたりしないよう」
「ホシノさん、ハルカちゃんのことはどうしちゃったんです?」
「あ、そうだったそうだった。あれはおじさんが悪い。いや~カズサちゃん、おじさん嫌がる子にも無理矢理砂糖あげちゃう極悪人だったよ。ごめんねぇ」
傷ついたような表情を浮かべるが、横からハナコの指摘を受けて合点が言ったかのようにホシノがたはは~、と頬を掻いた。
目の前で見せられるつまらないコントに、怒りを通り越して言葉を失うカズサ。
その顔を横目で見て、ヒナが呆れたようにホシノに提案した。
「面倒くさい。ホシノ。その子に砂糖を上げて、ミヤコにギターかボーカルのどっちかをやってもらうのが早いんじゃない?」
「!?」
ジャキリ、と構えられたマシンガンの銃口はカズサを狙っていた。
水鉄砲に近い玩具のような形状。
だが直前のヒナの言葉からして、中身がただの水であるはずがない。
抵抗しようにも動きは封じられていた。
「……うん、バンドの話はまた今度にしよっか。おじさんも練習しないといけないし」
「……そ。じゃあ私はもう少しピアノ弾いてるから」
パン、と手を叩いて話を切り上げたホシノの一言で、あっさりとヒナはカズサから興味を失い、再びピアノを弾き始めた。
「良かったねぇカズサちゃん。まだ砂糖は摂らなくて済みそうだよ?」
「あたま、撫でんなぁ……」
自分が広めたことだというのに、マッチポンプで恩着せがましくカズサの頭を撫でるホシノ。
その手つきはどこまでも優しい。
「……ありゃ、寝ちゃった」
砂糖を摂取せずに済んだ安堵からか、精神の限界を迎えたカズサの緊張の弦が切れたのか、ヘイローが溶けるように消えてカズサの意識が落ちていった。
「カズサちゃん、可愛いですね♡ ほら見てください」
「お~ちゃんと撮れてるね。よしよし」
ハナコが見せたスマホの画面には、今しがた撮影された写真が出ていた。
ホシノを背に載せる、四つん這いにされたカズサの顔が鮮明に映し出されている。
良さげに頷くホシノに、ヒナが疑問を投げかけた。
「さっきから思ってたけど……ホシノ、そんな趣味あったの?」
「そうですよ♡ 言ってくれたら私がやったのに♡」
「うへぇ、実はあんまりしたくなかったんだけどねぇ」
「その割にはずいぶんノリノリだったみたいだけど」
「おじさんも役者ってことだね……まあ実を言うとね、さっきも言った通り、おじさんの知り合いで望まない子にまで砂糖を上げるつもりはないんだ~。カズサちゃんは砂糖摂らない方が良い反応してくれそうだし」
「……ならどうして?」
「カズサちゃんはこれからも反抗してくれる。おじさんはそれで良いんだけど。それを見た周りの子が早とちりして、善意で動いちゃうかもしれないじゃない? カズサちゃんが”そうなっちゃう”のは、おじさんとしても不本意なんだよねぇ」
「なるほど、だから先んじてこうして上下関係を知らしめておく必要があったんですね♡ 猫ちゃんに噛まれたところで怒ることはない、と」
「そうそう大正解。ハナコちゃんには花丸をあげよう~」
「わ~い」
「……くっ、私はホシノの考えをまだ理解できない……」
はしゃぐハナコとは対照的に悔し気に鍵盤を弾くヒナ。
その悔しさを鍵盤にぶつけることで、より技術は上がっていくことだろう。
床に打ち付けられていた楔を外し、ホシノはカズサを抱きかかえた。
「よっと、それじゃおじさん、カズサちゃんを運んでおくから。ハナコちゃんはミヤコちゃん呼んでくれる?」
「分かりました。胃に優しい料理をリクエストしておきますね」
「ありがと。頼んだよ~」
ホシノはヒナとハナコに背を向けて、カズサを医務室へと運んで行った。
「……でもカズサちゃん、こんなに痩せちゃって……おじさん心配だなぁ」
眠りに落ちたカズサを起こさないように、ホシノはそっと頭を撫でる。
そのあまりの体重の軽さに、ホシノは驚きを隠せない。
砂糖で発狂した頭でも、後輩の健康は気になる様子だった。
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セイア「教えて! バーボンセイアせんせー!」
ナグサ「わーわードンドンパフパフー……これでいい?」
セイア「ばっちりだとも。はい、ということで今回のバッドエンドはこちらだね」
ナグサ「椅子にされてそれを公開される。こんなひどい羞恥プレイはバッドエンドといって差し支えないね」
セイア「おまけに殺そうとしていた相手から健康を心配される始末だ。意識があったら憤死ものだろうね」
ナグサ「惨いことをする」
セイア「まあ今回の敗因は分かりきっているからね。あまりにも猪突猛進、短絡的な行動すぎたせいでホシノもびっくりするくらいの愚行だ」
ナグサ「その敗因ってなに?」
セイア「ずばり『ご飯を食べなかった』ことに尽きる」
ナグサ「……え? そんなことで?」
セイア「まあ彼女にも言い分はある。友達があんなことになってしまったのだ。しかもその原因が大好きなスイーツで、となると食べることそのものに忌避感が出てもおかしくない」
ナグサ「心理的な拒食症ってこと?」
セイア「そうなるね。しかもカズサは誰にも頼らず一人で突撃した。持てるだけの銃弾を持って、刺し違えてでもホシノを殺そうと息巻いていた。健気なことだね」
ナグサ「ふ~ん。あれ? でもアビドスって……」
セイア「そう。一時期廃校寸前まで行ったとはいえ、アビドスは広大だ。先生が住宅街で遭難するほどにね。カズサはそんな砂漠で一人、ほぼ飲まず食わずの強行軍を敢行した」
ナグサ「途中で食料の補給とかしなかったの?」
セイア「そこで拒食症が出てくる。おまけにアビドスは敵地だ。水すら口に入れることに恐怖がある場所で、むしろよくホシノの元まで辿り着いたものだね。頑丈なキヴォトス人でなければ死んでいた」
ナグサ「それでフラフラの状態で戦ったら、それは負けるに決まってるね」
セイア「ルート分岐はここでアビドスに向かう前にアリスたちに出会っていたら、だね。アリスが食べて安全だったものを分けてもらうことで、一緒に食事を摂ることが可能になる。体力も回復し、多少落ち着いて考えられるから視野も広くなる。カズサを仲間にできるフラグも立つだろう」
ナグサ「拒食症で乾いた心が満たされるんだね」
セイア「我慢は体に良くないってことだね。はい紅茶とロールケーキ」
ナグサ「ズズーッ……うまうま」
セイア「カズサは捕まりゲーム的にはバッドエンドとなったが、これで全ての取り返しがつかなくなったわけではない。アリスたちが彼女を救出すれば元のルートに戻ることも可能だろう。そこはトゥルーエンド後にお楽しみ要素として取っておきたまえ」
ナグサ「そこまで作りこんでるの?」
セイア「さあ? そこはゲーム開発部の腕の見せ所といった感じだ。見れるかどうかは情熱を燃やす人間がいれば、あるいは叶うかもしれないね? 何にせよ、全ては甘い夢の中の出来事だ。多少の悪夢も、スパイスとして楽しんで行こうじゃないか」
ナグサ「……趣味が悪いね」