救零の記憶
平和な記憶ばたばたと、縁側を勢いよくかける子供の足音が聞こえる。
ばんっ!と勢いよく戸を開ける様はまさに子供という感じだ。
「母上、母上!今日は何をしますか?」
ぱっと母に駆け寄って、何をしようかと、凄く嬉しそうな顔で聞く。
「うーん、将棋でもする?強いよお母さん」
それに対して少しゆるりとした感じで将棋を提案する母親。
子供に将棋は難しいと思うのだが、自分の好み重視なのだろうか。
「やります!!負けても楽しいですし!」
「準備しますねっ!」
部屋の中をぱたぱたと走り、将棋の板と駒を棚から取り出す。
「ん、せ……ん、しょ……おもい……」
「がんばれ〜!呪力で身体強化しろ〜!」
「は、い!えいっや〜!!っと……よし!」
あんな小さな子に呪力強化を命じるのは少し酷では無いだろうかと思うが、子供は普通に強化をして将棋の板、大きな足付きの将棋盤を持ち、どんっと勢いよく地面へと置く。
「持ってきました!やりましょ!」
「はいはい。ん〜、縁側行かん?」
持ってきました!とぺかーっと笑う子供に向かって母は縁側に行かないか?と言う。
確かに将棋といえば縁側のイメージはあるが……子供が折角がんばって部屋の奥まで持ってきたのに?!みたいな顔をしている。
そりゃあそうなるだろう。頑張ったのだから。だがすぐに切り替えてはいっ!とにこにこになり、また将棋盤を持ち縁側へいく。切り替えが早いのは良いことだろう
「ぽかぽかですね〜」
「日に焼けたくは無いんやけど……まぁええわ。やろか」
廊下の上で正座をして、ぽかぽかですね〜とにこにこする子供と座布団の上にどっかりと座って焼けたく無いんだけどなと少し不満そうにする大人。
なんだろう。わざと対比でもしているのだろうかというくらいに正反対だ。
「えっとえっと、どっちが先行にします?母上から?」
「こういう時は平等に、将棋崩しで決めよか」
ざっと将棋のしまわれている箱を手に持って、「将棋崩し……?」と少し困惑しているような感じの子供の目を見ながらこうやるんだよと将棋の山を作り、そこから将棋の駒を一個抜いて見せる。
「なるほど、私も……っあぁ〜」
子供らしく手をがっと突っ込んだら、将棋の駒の山はばらばらと崩れて壊れてしまった。その様子を見て母がお母さんの勝ち。じゃあお母さんが先だねと微笑みながら言って、将棋の駒を並べ始める。
「母上母上。この、『歩?』という駒、裏に『と』って書いてあるんですが、これってなんでしょうか?」
「あぁ、それは『と金』って言ってな〜、普通『歩』は前に一歩しか動かせないんけどこっちの陣地……ここまで入ってきてそこから一個動かすと『と金』に成って動かせる方向がこう増えるんよ。」
子供ながらの好奇心でこれなんだろうと思った事はすぐに質問する子供と、板を指差したり駒を動かしたりしてわかりやすい感じで質問する母。問答が5、6回行われてからやっと将棋が始まるようだ。自分だったら途中で放棄してしまうだろうな。
「お母さんが先かか、じゃあこうしよかな。」
明らかに子供に向けるようなものじゃ無い戦法をやりそうな駒の動かし方をしているような気がするが気のせいだろうか。一手目だしまだわからないよな。
「えっと、じゃあ私は……こう!」
一番左端の歩を動かす。次のターンは多分その隣の歩を動かすんだろうなと予測が出来る動きだ。
「ふーん、お母さんの真似やろか?」
とまた一手指す母。そういえば初手は両方同じく左動かしだった。あっちは全然戦略を感じないがこちらからは戦略を感じる。母は二手目がこれなら絶対に大人気無い詰め方をするんだろうなという駒の動かし方をして次どうぞ。と言った
「ちがうよ。真似しないよ!自分で考えて勝ちたいですもん……ん〜……」
結局たくさん考えたがぱちっと動かしたのは先ほどの駒のすぐ右斜め下の駒だった。
まぁ、勝負結果はお察しの通り母のボロ勝ちで終わった。
「ん……負けちゃいました!楽しかったです!ありがとうございました!」
「はーい、ありがとうございました〜」
少し悔しそうな顔をしながらもきちんと挨拶と感謝は伝える子供とそれにぼんやりと答えを返す母。そして子供は将棋盤をしまうと、またばたばたと走って行った。
そうして走って行った子供はもう違う部屋の前にいた。
また部屋の戸を子供らしく勢いよくばんっと開ける。
「お父さんお父さん!オセロしましょ!」
「っびっくりした……良いよ。」
子供は扉のばんっという音と大声にびくっと肩を振るわせる父の方へとてとて。とでも擬音がつきそうな感じで歩み寄って、オセロの板をぽすんと机に置いた。
「で、お父さんはどっちやれば良いのかな。」
「ん〜……白やって。黒やるから。」
いつの間にか父が座ってる方の真正面に座ってオセロ盤の傷つきを確認している。
父に質問された時はちゃんと目を合わせて受け答えしたが、正直いってオセロ盤の確認中はあまり話しかけないで欲しいと思っているのは内緒だ。
今机に置いて確認中のオセロ盤だが、誕生日に母と父に自作して貰ったものであり、大切にしている。確認中、思わず器用だよね〜と呟いた。
「黒で良いの?白好きじゃなかったっけ」
「良いの良いの。オセロはこれで」
その言葉にふぅん?と少しの間納得の出来ない感じの表情をしている父だったが、まぁ良いやと飲み込んで、畳の上で正座をして準備完了!といった感じの状況になった。
「えっと、じゃあ私はここに」
「え、じゃんけんしなっ……じゃんけんしようよ」
いきなりぱちんと自分から始めようと子供に少しびっくりしてじゃんけんしないの?と聞きかけて落ち着こうと落ち着けているのか怪しい感じでじゃんけんしようと言う父。その言葉に子供は目をぱちくりとさせ、
「え?黒が先でしょ。母上とやる時いつもそうだよ?」と言った。
「そっかぁ、白好きなのになんで白譲ったのかと思ったらこれかぁ」
納得。という感じの表情をする父に「まぁ、負けても楽しいけど出来れば勝ちたいから先が良いよね。オセロが先行有利なのかは知らないけど。」と、オセロの駒を手に三つ程持ちながら言って、駒を盤に置く子供。
「なんかね〜、チェスは白が先でしょ?じゃあオセロは黒が先にしよう。ってことらしいよ。」
ぱちりと白い駒を裏返して黒い駒を四個に増やしながらざくっとこうなった理由を説明する。
「あー、なるほどねぇ……」
ぱちぱちと2個程駒を裏返しながら、そういえば昔母とオセロやった時も混乱したっけな。などと昔のことを思い出す父。
「集中してないね〜……」
と、父の額へのデコピンとオセロ盤にオセロを決める。
「い゛……いっだい……」
「はい、次お父さんの番ですからどうぞ。」
少しひややかーな目で父を見て、オセロの駒を打つことを強制する。
「はいはい……」
少し経って、「はい、角げっと!お父さん、もしかして弱い?」「うぐぐ……」
また少し経って、「二個目もゲット出来ちゃった……弱いねぇ」「ううぐ……」
またまた少し経って「あの、大丈夫?ほぼほぼ取れちゃってるけど……」「だいじょばない……でもここから解決できる気がしない……」
またまたまた少し経って「はいっ、おわり。白駒全消し!大勝利!」「んぬ……おめでとうっ!!!ぐやじい!!」
「負けたお父さんはなんで負けたか、明日までに理由を考えて400字詰めの原稿用紙4枚に書いてきてください!」
「じゃあね!」「あぁ……うん……じゃあね……」
父の耳にはぴしゃっと閉められた戸の音と、その後ろでだんだんと小さくなっていくだっだっと走っていく音が聞こえていた。
子供はまた一室の前に居た。部屋の戸をコンコンと叩く。
先程までは勝手に開けていたのに何故急にちゃんとノックをするのだろうか。
「入ってい〜い〜?」
「ん?ちょっと待ってね〜」
「は〜い!」
子供は廊下で小山座りをして待つ。「いいよ〜」
という声で先程までと同じく勢いよく扉をばんっと開けた。
ちゃんと待ったくせに開けるのはばんっなんだ。と思った。
「わっ。毎回言ってるけど扉は大きな音立てて開けない!」
「うっ、はぁ〜い……」
毎回言われているのに、母の部屋にも父の部屋にも勢いよくばんっと飛び込んで毎回の注意をしている子の部屋にもばんっと飛び込むのは阿呆と言わざるを得ない。はぁいとは言っているが多分直らないだろうという予想が簡単につく。
「本当に毎回言ってるんだよな……次はほんと覚えててよ?」
「……ガンバリマス」
注意にそう返された少女は、この返しは多分またやるんだろうな……とため息をついた。
「あ、それで何で来たの?ゲーム?」
「うん。今日はね、ボードゲームデイ!」
どんっと何処からかチェス盤を取り出して地面に置く。
「ん?チェスやるの?えっと、駒は?」
「 ちゃん、持ってなかったっけ?」
それに対して持ってるけど……と言い、もしかして大体私任せ?みたいな顔を見せる少女。
それに対してうん!みたいな表情を見せてこくりと頷く子供。
「全く、そんなんじゃ一人暮らしの時困るよ?」
「その時までには頑張るよ!駒頂戴。」
駒をはいはい……と呆れ顔で渡す少女とわーい、じゃあ並べるね!と少し間違った並べ方をして注意される子供は、側から見るとまるで仲の良い姉妹のようであった。
「えっと、これで……良いのかな?次には忘れちゃいそう……」
「うん、大丈夫。初めてにしては良い出来。」
「そうだ。この図のメモとか取ってみたらどう?忘れにくくなるんじゃないかな?」
「めも……?メモ……うん、終わったら取ってみる。始めよ!」
メモを取るのが億劫なのか試合を急かす子供と、しょうがないなぁ……白が先だよ。と相手のポーンを一個動かす少女。姉という感じだ。
「あ、ちょっと!白って私でしょ?」
「ふふ、そうだね。でも結果は決まってるし、良いじゃない。」
うん、少し傲慢さがあるのも……まさに姉と言った感じだな。姉なのかはわからないが。
その後数分勝負をして、黒髪の少女の方が買った。
「ね、決まってたでしょ?」とくすくす笑う少女に
「最初自分で動かしたら勝ってましたー!!」
と、張り合うように言う子供。そこに「おーい、そろそろ夜ご飯食べるよ。」の声が飛んでくる。黒髪の少女は「料理、私以外に出来ましたっけ?」と少し首を傾げるが、すぐに二人とも手に持ったチェスの駒をばんっと置いて、食事場に走り出した。
母と父と、黒髪の少女と子供が食卓を囲む
黒髪の少女が、
「今日も私が作ったんですよ。他の方も少しは料理上達して下さい。」
と少し呆れ気味に言う。呼ばれたから出来上がったのかと思って走って行ったら料理をお願いされたのだ。
「一人暮らしまでには頑張るよ〜」と言う子供
「一応、焼きおにぎりくらいは作れるんだけどね……」と言い訳をする?父
「別に、味覚終わってるしな〜」とへらりと笑う母。
それに対して黒髪の少女は呆れたような反応を見せ
「早めに練習するに越したことはありません」
「うん、それなら他の料理も成功させましょ?」
「明日からお母さんには泥でも出しますよ?」
と返して行く黒髪の少女。そこからぱっと切り替えて
「まぁ良いです。ご飯食べちゃいます。」と、口にご飯を書き込んだ。
そこからしばらく沈黙が続き、一番最初に上がったのは子供のご馳走様の声だった。
「はい、お粗末さまでした。」
次に父と母の声が続き、少女もそれに続いてご馳走様を言う。
それからも、全員で家の大きな風呂に入って遊んだり、母のご飯は味は毒物以下毒性は毒物以上との話で盛り上がったり、誰達が夜に縁側で話したり、母が死亡ドッキリをしたり、子供が酔っ払った父に絡まれて面倒事を引き受けたり、どこか秘密基地へ行ったり、洗濯を手伝っていた子供が一人でも洗濯が出来るようになったり、
やっぱり平和な日常で、でも、なんだか不安な所がある。欠けている所も沢山ある。人間だから、しょうがないんだろうけど……そこがなんだか、不安になる。満面の笑みを浮かべた子供を見て、その後黒によりその笑みが見えなくなっていく所も見る。ふと、高専に入学した日が見えてくる
「行ってきます。」
と元気よく挨拶をする子供に、行ってらっしゃいと手を振る母と父。
そして高専について部屋に入ったが、あいにくお友達になれそうな子は居なかった。
先生に色々な説明を受け、制服を着て……お友達出来ないなこれ。とぼんやり考えていたら一日が終わっていた。そんな入学初日だった。
そしてそこからまた、ふわふわと白が続く。
声が聞こえる。少しだけ
「ずっと一人ぼっちだったな。まぁ、海外飛んだもんな……」
そんな言葉をかわきりに、この記憶は一つおしまい。