救済の階、或いは無色の永訣

救済の階、或いは無色の永訣


驚きましたよ、まさかヴァルキューレの取り調べ中に緊急調査として連れ出してくるとは。シャーレの権限がこれ程強力なものなら、そちらにも偵察に伺うべきでした。失礼、10分しかないのですからすぐ本題に入りましょう。

説明も結構。どうせあの人のことです。「私は死ぬべきだー」とか「許されないことをしたんだー」とか泣き言抜かして駄々こねてるんでしょう?あなたがたはそこからどうにか解放してあげたい。でも頑固者な上に付き合いが短くて内面を知らないから対応策がわからない。そこで閃く。あの人を出し抜き続けた私なら、その内面も理解しているかもしれない。内面がわかれば、向き合うための手がかりになる。だからヒントを教えて欲しい。そのあたりからの接触と推察します。回答します。ある程度ならわかります。OKです。ただし交換条件をひとつだけ。

従者をマダムのケアにつけてください。褥瘡や衰弱なども考えれば寝たきりの生体をただ置きっぱなしにしておく訳にもいかないでしょうから、その支援ユニットの中核メンバーに内定を頂きたく思います。

"作るかどうかはわからないけど、それでもいいなら約束するよ"

ありがとうございます。それでは結論から。



いいですか?あの人を本当に救いたいのなら、その主張に耳を傾けてはいけません。あの人を特別視してはいけないんです。



……わからないという顔をされていますね。では前提条件を整理しましょう。あの人が自分を罪人だとする根拠は大きく2つあります。自分が人殺しだという点と、現状を黙認し続けたという点ですね。

そして論点が2つあるなら主張も論拠もそれぞれ別に存在する。前者は簡単です。人殺しは許されないという主張と、あなたを含め皆がそう認識しているという論拠、簡潔明瞭で異論を挟む余地がない。

では、後者はどうでしょうか?あの人はどのような主張をもって、現状の黙認を罪としているのでしょう?

"学園の全員を倒せる強さを持ちながら、何もしなかったこと、とか?"

"ベアトリーチェの側近だったのに、変革の機会を活かさなかったこと、かな?"

違います。圧倒的な強さも、マダムの贔屓目も、彼女の主張を構成する論拠に過ぎない。

あの人の最大の主張は「自分こそが、自分だけがこの状況を変えられたはずだ」という無意識の自己神格化ですよ。本人もそう言っていたでしょう?

"教官はそうは言っていないよ"

"「自分なら変えられた」だったはずだ"

「自分なら」でも「自分こそ」でも同じ事です。他者が現状を変えられなかったことの責任を否定した時点で、「教え子達」を自分の遥かな劣位に置いていることは明白ですから。

あの人を真に救おうとするなら、その特別性を否定する必要があります。本人がどう思っていようと、どれほど優れた能力を持っていようと、何人教え子がいようと、お前は教え子達と同じく一人の生徒にすぎないのだと証明してやる必要があるわけです。これが今回の主題となります。

どうやればいいかって?それはまあ、証明をつきつけるのは矛盾に対してと、古今相場が決まっているでしょう。

あの人のいちばん嫌なことは他人を巻き込むこと。そしていちばんしたいことは一人で責任を取ること。ならまずはしたいことをする正当性が無いことを示せばいい。

こう言ってやるんです。

『罪の大小は様々な議論を重ねる必要があるが、問えるか否かの議論は責任能力と対処可能性に絞られる。

あなたがどれほど強かろうと、あなたの体は一つであり、瞬間移動ができる訳でもない。なら、あなたを遠くに吊り出した後マダムを残った全員で袋叩きにすることも不可能ではなかった。出来ることをせず、しようともしなかった教え子達もまた現状を黙認した罪を負っている。

あなたは今のアリウス生に責任は無いと言った。10年前の殺人には自身が責任を取るべきとも言った。なら今のアリウス生は一桁台のあなたよりも未熟で責任の取れない人間ということになるが、それは思い上がりも甚だしいのではないか。仮にそうであると言うなら、そんな者達を放って逃げ出すのもまた責任の放棄ではないのか。

もちろんそのようなことはありえないわけだし、あなたにそんな責任は存在しない。それとあなたは強さがあれば特別な存在であると主張しているが、同等の強さや同等の階級を持つ者を見ればわかる通りそれは誤りであり、ひとえに傲慢という他ない。

あなたは本質的にはただの一生徒であり、今回のあなたの罪はアリウス生全員の罪でもある。だからこそ特別扱いはできないし、平等に同じところで罪を償うべきである』

さて、ここからが今回の肝。連帯責任に焦ったあの人へ一度抗弁の機会を与えてみましょう。

そうするとあの人は多少無理があっても自らの特別性を主張します。ここでならばと再反論。『特別性による特例を認可するのなら、その特別性は正負両方向に有効なのだ』という論理のもとで部外者の書名入り減刑嘆願書を有効化させます。署名した何人かに適当に無罪を主張させてもいい。その上で特別な存在のくだりを反復すれば、もう反論は言い出せない。今のあの人が聖園ミカを否定するようなことを自覚的に言い放てるとは思えませんし、あの人の罪悪感の本質はこちらではないので。



では、その本質である人殺しの罪に話を移しましょう。ただし、先程までの矛盾構造を理解できればこちらは解決したも同然です。要はやったことが重すぎて罪の償い方がわからない、と言っているだけなんですから、同じように矛盾をついて、間違いを教えてやればいい。しかも古すぎて事件の有力な証拠が見つからないのでしょう?それならいい結論がありますからお教えします。ただし、時間が無いので一度しか言いません。全ての反論を封殺するとっておきですので、死ぬ気で覚えて帰ってください。

いきますよ。


"お願い"


『証拠がない事件を法が裁くことはいかなる場合においてもあってはならない。先例はないし、今回を先例とするつもりもない。

だからもし主張が真実ならば、あなたはあなた自身を裁かなければならず、償えないという泣き言も許されない。しかし我々には死者の意思を図ることはできないのだから、あなたは死者を知る友人・家族等の残された生者に対して償うべきである。そして、あなたは人殺しを許してはならないと考えている以上、自らを死なせることもまた償いとしてはならない。それはあなたの周りの生者へと悲しみと罪悪感を振りまく裏切りであり、あなたの罰に他者を巻き込む恥ずべき行為である。

故に、あなたはこれより先誰よりも善良に生きなければならない。善良に生き、人々の模範となるように努め、更生の手本となるような生き様を示さねばならない。

だからこそ、生きるなかで幸せを見つけることもまた、あなたの償いの証なのである』

以上です。これを皆の前で伝えてください。そうすればあとはファンの皆様の応援と、その中で過ごす時間が良い方向に進めてくれるでしょう。

内容としては以上です。ご質問は?

"ありがとう。この件の質問は大丈夫かな"




"ところで間諜って、スパイとしての潜入経験もあったんだね、調査して驚いたよ"


"その技能を活かせばここからの脱獄だって出来たと思うけど、どうしてしなかったの?"


あ、それ聞いちゃいます?

今のわたしは裏切り者の頭目ですよ?そんな私が功労者様を差し置いて娑婆にいたら、それこそ闇討ちされかねません。それならここで大人しくしているのが心証面でも安全面でも得策ってものです。

それに、ここだと鎮痛剤がタダで貰えますから。

"…………鎮痛剤?"

実験の影響で全身が痛いって話、覚えてますよね。私は普段鎮痛剤でそれを緩和してるんです。

でも薬物訓練のせいでほとんどの痛み止めが効かなくて、けどターミナル用のきっついやつ打たないと声を出すのも辛いんです。禁断症状が出ないのが唯一の救い。でもまあ当然ブラックマーケットだとこれが高い。なのでここにご厄介になっている。そんな理由でもあります。

"今は痛みがない状態なの?"

"どんな痛みなのか、教えてほしいな"

うーん。ニュアンスになってしまうんですが、神経を引きちぎられる痛みから縫い針で滅多刺しにされるくらいの痛みに抑えられてる感じ、ですかね。

まぁそこはお気になさらず。誰しも困難のひとつやふたつ、生きていく上で抱えるものでしょうから。



そろそろ時間ですが、最後に聞いておくことはありませんか?お約束ですからなんでもお答えしますよ。


"それなら、最後に一つだけ"


"全部終わったら、間諜はどうしたいの?"


んんーー。それを聞きますかぁ。

うーん、うん、仕方がない。言ったことです、お答えしましょう。ですが少し顔を寄せていただけますか?聞かれていい話では無いので。 どうも。

私はこの後、ほとぼりが冷めたらアリウスを抜け、顔と声を変える予定です。

"アリウスを、抜ける?"

"顔と声を、変える?"

はい。顔の広く知られた間諜など何の役にも立ちません。私という存在を知られてしまった今、私は間諜としての存在意義を失っています。内部での動き方も知られてしまいましたから、アリウスに留まることにすら大きなリスクとなってしまった。幸い個人情報と性格のストックはまだいくつか残っていますが、それを使うためには今の在り方(キャラクター)が邪魔なんです。これでは彼女を支えられない。

だから私は私を放棄する。別組織の他人として組織を渡り、その上で彼女とアリウスを繁栄と安寧に誘導していく。それはとても変則的なトリプルスパイ。これが彼女を援ける理想の私。

この業務の完遂をもって、今回のエデン条約における騒乱に対する私の引責とする予定です。

それではシャーレの顧問さん。さようなら、ご縁があればまたどこかで。


お約束の10分です。戻りますね。




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