救世主が解放された日

救世主が解放された日


私の目に飛び込んで来たのは、綺麗な赤。

飛び散る瞬間がやけにスローに見えて、ソレが私の体から出たのだと理解する。

同時に、全身から力が抜けていく。

まるで空気の抜けた風船みたいに倒れ込み、憎たらしいくらいに青い空が視界いっぱいに広がった。


ああ死ぬんだなと分かると、私の胸を満たすのは言葉で表せないくらいの安堵感。

エレジアを滅ぼした罪の意識を抱え込まなくていい。

悪い海賊を殺して、これは正しい事だと必死に自分へ言い聞かせる必要もない。


何よりファンの皆の声をもう聞かずに済む。


最初はこんなんじゃなかった。

困っている皆を何とか助けてあげたくて、感謝の言葉をもらえると胸があったかくなって。

こんな自分でも誰かの力になれるんだって事実が、嬉しかったんだ。

でもいつからか、皆の期待に応えるのが苦しくなった。

私を応援してくれる皆を裏切れないから、だから皆の求めるままに海賊を殺し続けた。

そうすればファンの皆は苦しまないようになるから。

何より、私がエレジアで殺した人達への償いになる筈と思い込んで。


…本当はただ、罪悪感から目を逸らす理由が欲しかっただけだ。

逃げて、逃げて、逃げ続けて、その果てに私はルフィを殺してしまった。

たくさん傷付けた挙句、何度も酷い言葉をぶつけたのに。

ルフィは私を一度も殴ろうとせず、そればかりかずっと助けようとしてくれた。


自分の命が燃え尽きる最後の瞬間まで。


私は何がしたかったんだろう。

大事な友達を殺して、ルフィを慕う多くの人を悲しませて、その人達を海賊を庇う悪と決めつけて。

どうしてこうなっちゃたんだろう。

本当はルフィを殺したくなんて無かったのに。

ルフィに会えて嬉しくて、また昔みたいに勝負したり、私の歌を聞いてもらったり。

それだけで良かった筈なのに。


どれだけ間違いを悔やんでもやり直せない。

分かってはいるけど、私の胸には後悔ばかりが生まれる。


「ごめんねルフィ……」


届くことのない、遅すぎた言葉。

今更言ったって意味なんて無いのに、本当に自分が嫌になる。


……もし、もしもの話。

たくさん許されない事をしたけど、でももしまた生まれ変われるのなら。

その時は…………


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泡のように消えていった、歌姫の最期の言葉。

それを聞いたのは歌姫自身と、彼女を殺した男の二人だけ。

義弟を殺した憎き女の、義弟が救えなかった女が漏らした偽りのない本心。


「遅ェよ、バカヤロウ……」


ポツリと呟いた彼の顔は、シルクハットに隠れ誰の目にも映らなかった。

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