撫でてほしい
「ふぅー、まだまだ結構あるなぁ」
ある日の休日。
拓海の親が経営するゲストハウス『福あん』にて、空き部屋の大掃除ということで今日は臨時バイトすることになった拓海。バイト、と言ってもほとんどボランティアと変わらない。労働後に出てくるのはよくて食事券の1枚ぐらいだろう。
ただその食事券1枚でも欲しい奴は集まるもので————
「いっぱい持ってきたコメ!」
どすん、と大きなダンボールが玄関前に置かれる。大きな箱の影から出てきたのは人間の姿をしたコメコメとその両脇を浮遊するパムパムとメンメン。
「お、3人も手伝いしてくれてるのか」
「コメコメも立派にお手伝いできるコメ!」
「危なっかしいからパムパムたちが見てるパム」
「そんなことないコメ! しっかりできてるコメ!」
「ははは、そうだな。ありがとう手伝ってくれて」
大きく胸を張る小さな女の子にお礼と共に頭を撫でる。背丈の差がある分、コメコメの頭は拓海にとってちょうどいい高さだ。
コメコメは気持ちよさそうに目を細め、さらにやる気が出たのか両腕を上げて走り出していく。
「もっといっぱいがんばるコメー!」
「怪我だけはするなよー」
「コメ―!」
奥の部屋へと消えていくコメコメ。それと入れ替わるように次々と各部屋から今回招集されたメンバーたちが作業を進めるためにあちこち行ったり来たりする。
「あんさーん! これってどこにもってけばいいー?」
「それは取っておくやつだから奥の押し入れにお願い」
「はーい」
「ここぴー。ちりとりってどこに置いたか知ってる?」
「ああ、それだったらさっきあまねが使うって2階に持ってったわ。確かもう1つあるはずだから取ってくるわね」
「おっけー。じゃあらんらんこっちかたしてるねー」
今回の福あん大掃除に当たってどうしても自分たちだけでは人手が足りない。ということになった際、食事券に釣られてやってきたのがゆい達だった。
と言ってもあくまでそれは後付け。拓海の母親から話を聞いたみんなは快く手伝うと進言し、その対価として食事券が配られることになったのだ。
つまり仮に拓海含む品田家だけでやっていたらその食事券すらなかったかもしれない。そう考えたら拓海からしてゆい達には二重の意味で助かったと言える。
「さて、オレもいらないものを外に出すか」
玄関には先程コメコメたちが運んできたダンボールだけではなく、他にもいらなくなった物、古くて使えなくなった物が集められている。これらを廃品回収の業者が来た時にスムーズに明け渡しできるよう外に運び出すのが今回の役割だ。
「さて、どいつから行くか……」
「拓海さん!」
と、呼んできたのはサイドテールを尻尾のように揺らすジャージ姿のソラ。両手にはすでに大量の廃棄予定のダンボールが担がれていた。
「おいおい大丈夫か? そんなに持って…」
「御心配には及びません! こういった力仕事ならお任せください!」
「そ、そうか? まあ平気ならいいけど……。とりあえずそれも全部ここらへんに置いておいてくれ。オレがどんどん持っていくから」
「はい、わかりました!」
相変わらずのはつらつっぷりに思わず苦笑が漏れる。ヒーローに憧れヒーローを目指す彼女にとって誰かの役に立つ行いはやる気がでるのだろう。
ならこっちも負けてはいられない。ただでさえこの場にいる男手は自分だけだ。なのに力仕事で女の子に後れを取るのは中学生男子としてはなかなかに気になってしまう部分。ただの掃除だとしても男として譲れないプライドのため、こちらもやる気を出すとしよう。
「…………(じー)」
なんて思っていたら、荷物を置いて次の場所に行くと思っていたソラが未だに立ち止まり、こちらの様子をうかがっていた。
「どうした?」
「え、あ…いや…その……」
「うん?」
ソラは少しだけうつむきになり、つむじ辺りをこちらに向けるような仕草をしている。行動の意味が理解できずしばらく2人の間に謎の空気が流れる。
「えーっと…どうしたんだ?」
「あ! いえ! な、なんでもありません! また次のを持ってきます!」
「あ」
言うな否や止める暇もなくものすごいスピードで走り去っていってしまう。
「なんなんだ……?」
「————頭を撫でてほしかったんじゃないか?」
「うわあ!? 菓彩!? いつのまに!?」
いきなり背後から現れたのは2階で作業をしているはずのあまねだった。
あまねは走り去ったソラを視線で追いつつ、先程まで掃除に使っていたであろう手にしたはたき棒を杖のように振るう。
「品田はさっきコメコメを褒めていたな」
「あ、ああ…手伝ってくれてるからな」
「その時お前はコメコメの頭を撫でていた。そしてソラはその一部始終を見ていた」
「……菓彩、お前はいつから見てたんだ?」
「まあ聞け。恐らくソラはそれを見てこう思ったんじゃないか————自分もあんなふうに褒めてほしいと」
「ええ……いや、さすがにないだろ」
「なぜないと言いきれる? 本人に聞いたのか?」
「聞いてはないけど……」
「なら試しに頭を撫でて褒めてやったらどうだ」
「いやいや! マズいだろそれは!」
いくらなんでもソラ相手にできるようなことじゃなさすぎる。
「コメコメにはできていたじゃないか」
「コメコメとじゃ違いすぎるだろ…」
コメコメにできたのはあくまで年の離れた小さい子供として接することができたからだ。ソラも後輩ではあるがそれでも1歳年下ってだけでお互い中学生だ。いくらなんでも年齢に問題がある。
「そんなことして気持ち悪がられたらどうするんだよ」
「なんだ品田。ソラに気持ち悪がられたら嫌なのか?」
「当たり前だろ」
こっちだって多感な年頃だ。同年代の女子から気持ち悪がられたら傷つく。
「ソラはそういう子じゃないぞ」
「それはそうかもしれねえけど……」
もちろんソラの人となりはある程度把握しているつもりだ。それこそ極端に悪意を持って行動を起こさない限りどんなことでも最初は話を聞こうとするだろう。
問題はソラではなく自分寄りにある。
なぜかって? そりゃあ同年代の子の頭を撫でるなんて恥ずかしくてできるわけがないからだ。
これが仮に幼馴染のゆいなら別になんの問題もないが中学生になってからの知り合いにできるほど異性に対して距離を詰められるタイプじゃない。
「今日の手伝いに来てくれた可愛い後輩を労うのに何をためらう理由がある。品田は後輩にお礼の一つもせずに平気でいる男ではないと思っていたが」
「ぐ……」
その言い方はずるい。それでは何もしないこちらが動かざるを得ない。
「安心しろ。ソラはきっと喜ぶ。私が保証しよう」
「何を根拠に…」
「いいからやってみろ。もしダメだったときは私が慰めてやる」
「うーん……」
正直さっきのソラの態度がおかしかったのは気になってはいる。もしも本当にあまねの言うとおりなばら頭を撫でて褒めてやればいいだけのことかもしれないが……。
「…噂をすればなんとやらだな。ソラが戻ってきた。私は持ち場に戻るとしよう。しっかりやるんだぞ品田」
「え、あっ、ちょっ!」
こっちの疑念も同意もお構いなしにあっけらかんとした態度で去っていくあまね。それに入れ替わるようにソラがまた大量の荷物を持ってやってくる。
「拓海さん! 今度はさっきよりもたくさん持ってきましたよ!」
「お、おう…頑張ったな」
まるでそれは今度こそ褒められるためにやる気になっている子供のようでいて、こちらを見つめる目はキラキラと何かを期待する輝きに満ちていた。
『安心しろ。ソラはきっと喜ぶ。私が保証しよう』
脳内に再生されるあまねの言葉。
もし彼女の言うことが信じられるものならば、こうして後輩が本来関係のないしなくてもいい手伝いを自ら勝手出てくれたのに、その後輩の望むものを与えられないのは先輩としても助けてもらってる側としてもだいぶ情けない話だ。もちろん元々作業が終わり次第料理の一つでもふるまおうとは思っていたが今すぐに必要な対価がそうであるなら、せめてこの場でできる最低限の恩返しをするのが助けを受ける者としての筋というものだろう。
「……あー、なんだ」
「? はい、なんでしょうか?」
とてつもなく恥ずかしい。だが本当にそれが望まれてるなら……覚悟を決めよう。
「手伝ってくれてありがとうな。ケガだけは…すんなよ」
「あ」
ソラの頭をぽんぽんと2回ほど軽く叩く。
コメコメにやったときと違い、頭の高さは自分の首もとぐらいまで上がっていて、その身長の違いを手のひらで感じながら気恥ずかしさに耐える。
視線は何度も行ったり来たりを繰り返しまともにソラの方を見れない。ただ自分でもわかるぐらい耳まで真っ赤になってるところを見られたくもなくて、仕方なく顔を正面に戻す。
そこには高揚が抑えられないと言わんばかりの笑顔があった。
「拓海さん! わたしもっとがんばります!」
「あ、いや…それは嬉しいけどケガだけはするなよ…?」
「よーしっ! がんばりますよー!」
……聞いてないな、これは。
一段と活発となった動きに大きく揺れるサイドテール。それが拓海には犬の尻尾のようにも見えた。
————その後。
「拓海さん! 窓ふき終わりました!」
「そうか。ありがとう」
ぽんぽん
「拓海さん! 廊下の掃き掃除終わりました!」
「ああ。助かる」
ぽんぽん
「拓海さん! ゴミ出し行ってきました!」
「…おう。サンキュ」
なでなで
片づけが終わるまでこんな感じのが続いた。