揺籃
『正しい』は“良い事”であり“善”である。
『正しい』は“平穏”であり“平和”である。
故に多くの人々は『正しい(ソレ)』を望み
そして心から“願う”
“救い”を求め
『正しくあらねば成らない』と―――
しかし、
“善”は“悪”が無くては成り立たない。
“光”が“闇”を照らし打ち払わなければならない。
“誰か”が“悪”にならなければならない。
“誰か”が大地に増えすぎた“人間”を減らさなければならない。
そうすれば大地(女神)は救われる(軽くなる)。
どうして、
『心』をお与えに成られたのですか。
どうして、
『感情』をお与えに成られたのですか。
どうして、
『愛する事』をお与えに成られたのですか。
どうして、
『×××××××』だったのですか。
どうして……
何故……
『あぁ、良かったやっと見つけましたよ、
ここに居たのですね…』
『さぁ、此方へ
“あの子達”と比べ【アナタ】は彼らと 比較的に仲が良かった
大丈夫です話はつけてあります。
今からでも間に合う筈―――』
『――――?』
『なに、を…このままだと死んでしまうのですよ?!』
『待ちなさい!“そっち”は駄目です!
行っては行けません!!戻りなさい!!』
『×××××!!』
『如何して……』
なぜ、
“私たち”を置いて逝くのを選ぶのだい
なぜ……
如何して――
『不吉だから生まれてすぐに殺しておくべきだと言ったでしょう?』
『生かしておいたからこんなことになるのです』
なにゆえに、
愛する子を亡くし嘆き悲しむ母親に心無い言葉を囁いた。
『やはり奴はカリの化身だったか』
『“正しくない者”ばかり目に掛けてるとは有り得ぬ事だ』
『一族を破滅に導かせるカリめ』
なにゆえに、
我らと同じ人の子である筈の“あの子”をカリ(魔性)と語る。
『これは×××××××の骨を折った時の音に似ている』
『嗚呼、×××××××を殺した時の音のようだ』
如何して、
子を亡くし苦しみ続けている者に、わざわざそのような言葉を口にした。
問おう――
なぜ、
愛さずにはいられない『あの子達(私の兄弟達)』を選んだ。
なぜ、
『“我ら”(カウラヴァ)』を選んだ。
なぜ、
『私』では無く『あの子』なのだ
なぜ、
俺の“兄弟”(家族)を『悪魔や羅刹の生まれ変わりだ』と語る
なぜ……
貴様ら(パーンダヴァ)は我ら(カウラヴァ)の敗北を嘲笑う――
「ユユツ……?」
懐かしい紫水晶が『此方』を見つめる。
「あぁ、良かった“やっと”見つけましたよ、
こんな所に居たのですね…」
「ドゥリーヨダナ(俺の弟妹達よ)」
幸福が、哀しみが、喜びが、怒りが、懐かしげに、しかし愛おしいげな声色と懐かしく心地よい温もりと甘い香りに包まれる。
とぷん。
ゴトッ…と甘い香りの美しい黄金の液体がたっぷり入った揺籃(壺)が揺れる。
「ふふっ…相変わらず寝相が悪いなドゥフシャーサナ
憶えていないだろうがお前は昔、寝相が他の兄弟達よりも悪く
揺籃から時折落ちては大泣きして母上や侍女らを困らせてたのだぞ?」
そっと愛おしげに揺れた揺籃(壺)を撫でながら、懐かしげに語る声は『慈悲』があり、『愛』が籠っていた。
「おやおや、ヴィカルナよ
そんなに眉間に皺を寄せるでは無いぞ?」
クスクスと微笑みながら眠る“弟”の眉間に優しく触れ揉みほぐす。
「うむっ…困ったな…
ドゥフシャラーが愚図り始めてしまった…
確か、こんな時はドゥリーヨダナがいつも こうしてあやしていたな」
朧気ながらも揺籃(壺)の中で眠る弟妹達へと子守り唄を歌う。
「もう“何もしなくてよい”」
あの理不尽な女神達の事業【オーダー】も…
人口削減機構としての役目も…
――――――人理修復さえも…
白紙化された地球(世界)など、どうなったて構わないだろう。
それどころか、寧ろ大地の女神は喜んでいそうではないだろうか―――
まぁ、今になっては奴ら(神々)など、どうだっていい事だ。
さぁ、
全て、全て、
忘れてしまえ―――
今度こそ、共に居よう
今度こそ、側に居よう
おやすみ、優しく暖かく良い夢を。
決して覚めぬ永遠の眠りへ。
「さて、話し合いで帰ってくれたら良いのだが……」
この揺籃(壺)には何人足りとも触れる事を許しはしない。
この揺籃(壺)は誰にも壊させない。
例えお前ら、パーンダヴァら率いる人類最後のマスターだとしても―――
揺籃(壺)の中に眠る弟妹達に向けていた穏やかな眼差しはもはや何処にもなく、決して消えぬ憤怒を宿した瞳は、之からやって来る者を悉く燼滅せんと物語っていた。
微かに音(声)が聴こえる。
“ソレ(声)”に応えるかのように、何処かで“1つの壺(揺籃)”にヒビが入った――――