探偵達との語らい風小話2(後半)
善悪反転レインコードss※ヘルスマイル探偵事務所組の語らいをイメージした小話をふわっと妄想、第二段です。
長くなった為に二分割にしています。こちらは後半です。
前半は『こちら』になります。
※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。
※死に神ちゃんの最後の締めくくりの台詞は省略しています。
※後半は前半と比べて明るめです。
※順とお話のイメージ
反転スパンク:俗っぽさを強かに理解してそう
反転セス:人間関係の構築が不器用って次元では無い
反転ギヨーム&ドミニク:本編時空では駅前にヨミーの銅像がありましたね……(ネタバレ:反転世界にヤコウの銅像は無いという設定で書かせて頂いています)
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・スパンク=カッツォーネル編
「セ、セスさんと喧嘩してたんですか?」
「一方的に言いがかりを付けられたんだぞ。あんなのが喧嘩であって堪るか」
カマサキ地区の一角にて。つい先程までの光景についてユーマが尋ねると、スパンクは呆れながら盛大に溜息を吐いた。
このカナイ区では雨がいつもの事だが、どうせ立ち話をするなら少しでも雨を避けたい。
しかし、そう考えるのは住民達も同じのようで、適当な建物の軒下には人々が疎らに集まっていた。
「そんなに長くならんし、する気も無いぞ」
『時間の無駄だからってさっさと本題に入りたがってるね、こりゃ』
スパンクはばっさりと言い切った。
そんなスパンク曰く。骨董品屋の店主からの相談をスパンク流に解決したのだが——とある美術品の値段を如何様にするべきか、というスパンクを試すような奇妙な依頼だったという——、その結末に急に現れたセスから異議を申し立てられたそうだ。
「珍しく声を掛けられたかと思えば、私がこなした依頼の結末に納得がいかんと急に捲し立ててきてな。私が意見を曲げないと分かるや否やどこかへ去って行った」
セスには申し訳無いが、彼が神経質そうに文句を挟み、不貞腐れたように早足で立ち去る姿を何となく想像できてしまった。
『……ん? 骨董品屋? なーんかどっかで聞いたような…』
(マーグローさんのお店…かもね)
死に神ちゃんの頭の隅で記憶が疼いた。一方のユーマは、思い当たる節に早々に行き着いていた。
今の所はまだ接点が無く、取り立てて向かうべき理由も無い。それに、別の骨董品屋である可能性は捨て切れない。
「私がその品をタダで売れと言ったのが気に障ったとのことだ」
「それはつまり、価値観の相違による衝突ですか?」
スパンクは探偵特殊能力も然る事ながら、素の鑑識眼も相当に高い。
スパンクの鑑定の方が正しかったのに……という話なのかと思いかけたユーマだったが、それが思い込みとして凝り固まる前にスパンクから直々に「違う」と否定された。
「…フン。セスの野郎、美術品への審美眼があるようだ。私の見立てとほぼ一致していた」
「え? ……あれ? じゃあ、どうして?」
スパンクは価値のある物をタダ同然で売れと店主に告げた。
価値が分かるセスからすれば、偶然通りがかった際にそんな場面を目撃した為に、異議を申し立てずには居られなかったのだろう。
ならば。なぜ、スパンクはタダで売れと助言したのだろうかと、ユーマは率直に疑問に思った。
「価値が分かる人間にこそ手に入れて欲しい、と依頼されたからだ」
その疑問にスパンクは答えてくれた。
捜査では無いからか、質問に答える代わりにと金銭を要求されなかった。そこまで見境の無い守銭奴では無かったようだ。
「値段を付ければ、価値が分からん人間でも価値を感じさせる。それが金の力だが、それでは要望に背いてしまう。要らんヤツはタダでも欲しがらんし、要るヤツはタダで手に入って御の字だ」
「…店主の方は、それで納得したんですか?」
「問題は無い。道楽でやっていると言っていたしな」
『へぇー。価値は分かるけど、それとこれは別って割り切ってるんだね。この金ピカは悪知恵方面で頭が回るんだね、らしいっちゃらしいよ』
スパンクも、セスも、同じく価値が分かっていた。違っていたのは、それを加味した上でのスタンスだ。
スパンクの対応は悪く言えば俗っぽいが、俗人が多数を占める環境では彼の判断が有利に働くだろう。
納得した様子のユーマに、「貴様は分かってくれたか」とスパンクは肩の荷が下りた様子だった。言いがかりについて他者に言えて発散できたのもあってか、表情がスッキリしていた。
「ったく。セスみてぇな野郎こそ利のある話なんだ。儲けとでも思えば良いものを」
「…そう言えば、セスさんは買う……と言うか、貰わなかったんですか? その美術品」
「いいや。安全に管理できる場所が無いからな。むしろ壊す危険性の方が高い」
価値が分かるからこそ、逆に手を出せんだろうよ。不愉快な時間を強いられたとは言え、何が原因なのかを分析できているスパンクはそう言い切った。
◆ ◆ ◆
・セス=バロウズ編
探偵事務所に足を踏み入れたセスがレインコートを脱ぎ、ハンガーラックに掛けていた時、偶然視界に入った。
世界探偵機構の制服をキッチリと着込んでいるので見え辛いが、セスの左手首に腕時計が嵌められていた。以前までは無かったはずなのに。
「セスさん、腕時計を買われたんですか?」
何と無しに尋ねれば、セスは突然話しかけられた事に驚いたように肩を少し揺らす。
「あなたの…おかげ、です…」
「え?」
「あなたの、おかげ、です」
「い、いえ、拡声器なしでもギリギリ聞こえました。その上で聞くんですけど、どうしてですか?」
なぜ、ユーマのおかげ改めユーマのせいなのか。ユーマはキョトンとした。
セスは拡声器を握る腕を一旦下ろし、ユーマをジロリと睨みつけ、早足で広間の隅にある丸椅子へと座った。
本来は顧客と対談する用途で置かれている二対のソファーだと、誰かと相席になったり対面したりする可能性がある。それを嫌がるセスの為にとわざわざ用立てされていた。
曲がりなりにも同業者が相手でも、この対応。これ如何に。排他的である。
尤も、ユーマ個人としては、超探偵が個性的なのは元居た世界で既に身に沁みていたので、取っ付き難いながらこれがセスの尖った個性なのだと認識していた。
だから驚きながらも不満を口にしたりせず、遠巻きながらセスの様子を見つつ、ソファーに腰を下ろした。
……その一連の様子に、所長の席でヨミーは何か言いたげに腕を組んでいた。口を出さないのはヨミーなりの線引きだったが、目は口ほどにものを訴えていた。
セスはヨミーからの指示には忠実だ。それが、ヨミー以外の者との人間関係の構築に不備があっても、探偵事務所の一員として活動できる最たる理由だった。
だが、ヨミーからすれば、オレ以外のヤツとも交流しろと業を煮やしたくなる態度だった訳で。それが原因で『他の超探偵と話せ。後輩の面倒を見ろ』と命じている訳で。
様子見に徹するヨミーの眼差しが葛藤と諦念を反復している。成人男性を相手に過干渉だと自覚しているが、セス個人の横や下との人間関係が壊滅的ではカナイ区での活動に支障を来すとも恐れているからだ。
『見てよ、あの顔。“これはオレの仕事か?”って言いたげだよ。でも文句言いながら自分の仕事を増やしちゃう社畜根性による自業自得だからね、しょうがないね』
(そこは面倒見が良いって言って済ませなよ…)
人間関係的な意味でフォローされているのは暗黙の了解だ。わざわざ触れるのも忍びないし、触れてもセスが不機嫌になるだけで何のメリットも無い。
「所でセスさん。その腕時計がボクのおかげって、どういう意味ですか?」
ユーマの方から話を切り出せば、セスは再び喋る前に拡声器のダイヤルをいじって音量を調節する。
先程は咄嗟に返答しただけで、室内では普段にも増して音量調整に気を遣う。ヨミーが居るからと余計に配慮を働かせている側面もあるだろう。
「…時計屋の男が居たでしょう? その男の息子が、私に与えたのです」
「ケイくんが?」
「あぁ、そんな名前でしたね、彼…」
セスは腕時計が見え易いようにと袖のボタンを外して捲る。ユーマはあまり知識を持たないが、それでも古めかしそうな事だけは分かった。
「あなたが、あの少年に何やら吹き込んでくれたおかげで…礼だと、そう言われましたよ」
『はぁ? 責めてるニュアンスを感じるのが癪に障るんだけど』
「何やら…って、ジエイさんへの献花の件ですか?」
「……ユーマ。ヨミー様にもまだ言っていない内容を…あなたからバラすのは、やめてくれません?」
「え!? す、すみません。ボクが知ってるぐらいですから、皆さんも知っているものだとばかりに……」
『ってかさ、この場面ってご主人様が謝る所なの? 秘密にして欲しかったら釘を刺しとけって話でしょーが!』
セスはユーマにムッとしながら、ヨミーの顔色を窺って視線を行ったり来たりさせる。
なお、ヨミーは先程までの見守るような姿勢はどこへやら。もっと詳細をと乞わんばかりの前のめりで両手を組んでセスを凝視していた。
セスはヨミーへ弁解したそうに口元をモゴモゴさせたが、結局は断念し、観念したようにユーマとの会話を再開させる。
「……話を、続けます」
「は、はい」
ヨミーから求められている。説明せねば。
そんな忖度を感じたが、それについて迂闊に触れようものならセスを面倒臭く不機嫌にさせるだけだろう。
「私は、礼を言われる行為をしたとは思っていません。……が、どうしてもと押し付けられたので、受け取りました」
「そ、そうですか」
「…礼を言われる筋合いは無いんですよ。一方的に恩を売られたようで、居心地が悪く……ですので、その場で返礼をする破目になりました」
『責めるみたいな言い方だね? オメーがやったんだろご主人様は碌に絡んでないでしょーが』
「ギヨームからのラムネ菓子しか持ち合わせが無かったので、それを渡すしかありませんでした」
「……」
「…………以上です」
『子供にお菓子をあげる大人の図かー。ギザ歯ちゃんだったら特にそうでもないけど、こいつがやると傍からは子供を誘拐しようと企む不審者案件だよ』
(流石に名誉棄損だよ、その言いがかりは…!)
もういいですよね、と言うようにセスは袖を下ろし直した。
「ケイくんは喜んでいましたか?」
「…感謝の言葉を口にしていました。喜んでいたと思いますよ」
「良かったですね!」
「……そうですか? まぁ、そういうことにしておきます」
会話とは情報のやり取りだが、それだけで満足されるのなら、この世に語らいという概念は——より親しくなる為にと打ち解けて言葉を交わす行為は、生まれ得なかっただろう。
……等と大仰な思想を掲げる場面では無いが、あまりに簡素だと寂しくなる。だからユーマの方から、もう少しだけ掘り下げていた。
「また会うかも知れませんね」
「…いえ。私から、用はありませんよ。彼の方にも、私に用事など……探偵に依頼するなら、ヨミー様へ行くでしょうし…」
「なくても会う時は会いますよね?」
「会ったとして、話すことがあるかは別です」
「話さないとも限らないんじゃないですか?」
「……まぁ。可能性としては、あるかも知れませんね」
『陰キャ属性は伊達じゃないね。ご主人様から話しかけないと会話が成立しないねー。でもゲームのトロフィー的要素だからイベントを進めるんだよねー…』
命令があるからだとしても、セスは尋ねれば応じてくれた。
なお、死に神ちゃんは、こちらから叩かないと響かないセスの態度に煮え切らない様子だったが。
『あ。天然ストレートが上機嫌になってる』
(え? ……あ、本当だ)
『陰キャ眼鏡が自分の命令なしで街の住民K氏と接点を持てたからだよ。なんてレベルが低い喜び! 陰キャ眼鏡はもっと頑張った方が良くない?』
(い、いや…セスさんにはセスさんのペースがあるだろうし…)
『それで済まないからわざわざ命令を下されてんでしょ、こいつ』
死に神ちゃんから突っ込まれる内容は身も蓋も無い。
だが、オーディエンスの立場で興味深そうに観察してくるヨミーの姿が視界の隅に映るものだから、あながち否定もできなかった。
◆ ◆ ◆
・ギヨーム=ホール&ドミニク=フルタンク編
カナイ区の駅舎の前は、元居た世界よりも殺風景だと感じられたのだが、その違和感の理由がやっと分かった。
銅像が無い分、空間が開けているのだ。
元居た世界では、カナイ区に訪れた者は初っ端からヨミーを讃える銅像に出迎えられる。ついでに威厳を演出する為か、傍にはライオンの銅像も控えていたものだ。
「銅像? 何の話ー?」
ユーマの呟きを拾ったギヨームは、キョロキョロと周辺を見渡す。
「これ、ここには何度も足を運んでるから、新しく建てられてるなら分かると思うんだけどー。どーいう意味?」
「え、えぇと…権力者の、顕示欲の象徴、みたいな…そういうのが無いんだな、って」
『誤魔化すのがキツいから、いっそ正直になっちゃってるねー』
ここに銅像が無いのが不自然だと思っただなんて、元居た世界の知識が前提にも程がある。
この世界の住民からしてみれば、この世界に元々存在しない銅像の有無に違和感を持たれても理解に困るのだから。
とは言え、不自然かと言えば、そうでも無い。
この世界では、ヤコウは権力者の側だ。悲しい哉、歴史を紐解くと、自画像的な銅像とは権力者側の誇示として度々散見される。
だから、この発言一つでユーマが決定的に怪しまれる事は無い。ただ、変なのーと呆れられるだろうな……と予想していた。
だが。
「ヤコウの銅像が無いのか…ってコト!? 何それ、マジでウケんだけどー!」
「え?」
「あのクソダサパーマ野郎にエンタメのセンスがあったら建ってたかもねー! もしあったらカナイ区来訪の記念撮影のベストポジション間違いナシ! あっでもこれ達はカメラ持てないかぁ、持ってたら職質の危険度が爆上げなんだっけ、でもさ、っぷぷぷぷぷ…!」
ギヨームの個人的なツボを大層刺激したようで、腹を抱えて大笑いしていた。
ヤコウの銅像があったらというIFはそんなにも笑えたのか…と発案者(?)ながらユーマは意外に思っていた。
この世界のヤコウ=フーリオはカナイ区の住民を抑圧しているが、権力を誇示して偉そうぶるような、古典的で分かり易いタイプとは異なるらしい。
『ふむふむ。この世界のモジャモジャ頭は銅像建てるタイプの権力者じゃありません、と。新しい情報だね! 役に立ちそうにないけど!』
(そうだね…どっちかと言えば、どうでもいい寄りの情報だ…)
余談だが、このエピソードを後にギヨーム経由で知ったヨミーの笑いのツボも刺激される事となる。一徹を経て自律神経のバランスが崩れていたタイミングと噛み合い、笑いを噛み殺し切れないからと寝室に籠もってそのまま寝落ちるのだった。
元居た世界ではカナイ区の駅前にヨミーの銅像が存在する件については言わない方が良いだろう。尤も、言う機会も無いだろうが。
「え、ええと、なんだか…ボクが発端で、ギヨームさんがさっきから爆笑しっ放しになってますね…」
「あァ……」
もう五分が経過したのだが。ギヨームの笑いは思ったよりも尾を引いていた。
ギヨームが笑っている間だけ一時的に会話ができなくなったのもあって、ユーマはドミニクに話を振る。
「まぁ…確かに、突拍子もない言葉でしたからね」
「あァ……?」
『ご主人様。この超端的な返答から何かを察せるの?』
(“なんて言ったの?”的なニュアンスの時は、何となく分かるよ)
『わぁい成長してる~! オレ様ちゃんの教育係としての努力が実ったってワケだねー』
隣で死に神ちゃんが、どこからともなく出したハンカチを片手に涙を拭っている(※嘘泣きによるものである)。
兎にも角にも。
ドミニクは、ユーマの言わんとしている内容が分からないらしい。ならば、伝わり易いようにと言い直せば良いだろう。
「面白いこと言っちゃったなぁって、そう、思います…」
「……」
「……うん? ドミニクさん?」
ぽん、と肩に手を枯れた。巨漢のドミニクなのだから、当然、手も大きいのだが。威圧感はっても、力は籠もっておらず、力加減を調節されて乗せられているだけ。
何だか、励まされている事だけは分かって、ユーマは困惑した。
どうやら、一連の流れから要点だけを摘まれて判断されたらしかった。そして、その要点は、当たっているような、外れているような。
分かり易くした弊害で結果的に一部分だけが強調され、本題から逸れてしまったようだ。
『わっ! ギザ歯ちゃんの目が怖っ!』
(え!?)
いつの間にか、スンッ…と黙っていたギヨームがユーマ達を凝視していた。普段テンションが高い人が真面目な顔をしていると、妙な威圧感があった。
「ドミニク。違うからね。これ、ユーマのセンスに笑わせてもらっただけで、嗤ってたのとは違うから」
「ギヨームさん…?」
ユーマの発言の突拍子の無さやら、この世界のヤコウと銅像の不釣り合いさやら。そういった事実が複合してギヨームは笑っていたのであって、特別気に病むような場面では無いと思うのだが。
しかし、ギヨーム個人は、ドミニクがユーマを励ました場面を見て、笑っている場合では無いと居直していた。
「笑うのはストップするね。……ユーマ。気分悪くなったりしてない?」
「わ、悪くなってませんけど……どうしましたか?」
それから、ユーマに自らの行動について説明する。
「これねー、動画配信者でしょ?」
「は、はい」
「笑えるかどうかってラインは大事。誰も傷つけないってことはないけど、でもー…ラインってのは存在するからね。ドミニクがなんかアクションしたら、あっヤバいって引っ込むのがクセになってるの」
「……頼りに、されてるんですね」
「ドミニクはこれを見てて、これもドミニクを見てる。WIN-WINの関係だしー!」
まるで感動の話みたいな流れだが、その基準に則るとスパンクの成金ハゲやらセスのあのあだ名はドミニク的にはOKというとんでもない話になるような。ドミニクだっていつもは見ておらず、意識が逸れている時があるのではなかろうか。
そんな気がするけど、深入りすれば恐らく細かい基準やら定義やら列挙される予感がしたので、ユーマは口を噤んだのだった。
(終了)