探偵達との語らい風小話2(前半)

探偵達との語らい風小話2(前半)

善悪反転レインコードss

※ヘルスマイル探偵事務所組の語らいをイメージした小話をふわっと妄想、第二段です。

 長くなった為に二分割にしています。こちらは前半です。

※探偵特殊能力などに纏わる事情を個人的に解釈・捏造・妄想しています。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。

※死に神ちゃんの最後の締めくくりの台詞は省略しています。

※前半は基本的にシリアス一辺倒です。


※順とお話のイメージ

 反転ヨミー:光のヨミー所長による超探偵達+ユーマへの超前向きな人事評価

 反転スワロ:5章で判明する真実的に個人的にガチになるし重めになるし長くなってしまった……



・ヨミー=ヘルスマイル編


「……ほう。興味があるのか」

 所長の席に座っているヨミーは、書類仕事を一旦置いて頬杖を付き、事務所内の掃除をしているユーマを試すような眼差しを寄越してきた。


 ヨミー所長は上司として、ヤコウ所長とは異なるスタイルで超探偵達と接している。

 ヨミーは超探偵に対して忌憚が無かった。元居た世界での夜行探偵事務所と比べ、上下関係がしっかりしており、各人の我の強さとは裏腹に統率が取れている(ヤコウ所長の名誉の為に明記するが、ヘルスマイル探偵事務所の方が比較的明確なだけで、夜行探偵事務所とて上下関係は構築されていた)。

 その最たる例は、超探偵達への人事評価の存在だ。

 もしも熱狂的なファンがヨミーの行いを知れば、烏滸がましい越権行為だと批判しかねない。超探偵は一等星だと世間から持て囃される一方で、ヨミーのような異能を持たない探偵は、世界探偵機構の公認を得られようとも二等星の評価が限界であるが故に。

 超探偵という煌めく肩書きを第一として。探偵としての実力を二の次にして。

 前述したように極端で熱狂的なファンでは無くても、探偵が超探偵を査定するとは正気なのか、と一驚する自称良識的な一般人というのは、悲しい哉、世間には想像以上に存在するもので。

「オレが超探偵どもをどう評価してるのか、気になるか?」

「は、はい。ヨミー所長の意見をお伺いしたいです」

 ——その前提に気づく事さえできれば、なぜヨミーが試すような眼差しを投げかけてきたのか、その真意を察せられる。

 “ヨミー所長は皆さんをどう思っているんですか?”という質問には、事実確認や興味以外の胡乱な意味や意図を含んでいないのだと、ユーマはすぐさま弁解した。

 それを咄嗟にこなせずに狼狽えて沈黙するようであれば、ヨミーは忙しい等と言い訳を付けて退屈そうに口を閉ざしただろう。

『ちょっと鼻に付かない?』

(ヨミー所長は自信家みたいだからね。けど、嫌な感じはしないよ)

『元居た世界と通算して見習い生活が長過ぎて、ご主人様に下っ端根性が染み付きつつあるよ~』

 数秒の沈黙という逡巡を経た上で、ヨミーは緩やかに息を零し、強張らせていた肩から力を抜いた。

「暇じゃねーが、全員分を少しだけ話す余裕ならあるぞ。それでもいいか?」

「そりゃあ、ぜひ」

 元々、興味があるから尋ねたのだ。向こうから積極的に教えてくれるのなら、変に遠慮してどっちだよと突っ込まれるような問答を挟んでも無駄に終わる。

「ですけど、構わないんですか? 守秘義務とかは……」

「抵触させるワケねぇだろうが。少し一緒に過ごせば分かる範囲だけだ」

 そのような前置きの上で、ヨミーは腕を伸ばしてリラックスした後、超探偵達への評価を口にし始めた。


「スワロはオールラウンダーだ。秀でてる所が無いってのは悪く言えば器用貧乏だが、ステータスが全部高けりゃ悪く言う理由なんざねーんだよ。

 ……いや、贔屓じゃねーぞ。

 恋人だから雑に右腕扱いするとでも? 確かにあいつは人面桃花になっちまうのを恐れるような得難い存在だが、それと探偵としての能力は別だ。

 別々だが、どっちの意味でも素晴らしいんだよ。

 オレは“合法的な節税対策”の為に自分の女を秘書に据える会社の社長みてぇなタイプとは違うぞ。

 …雑に褒めてると勘違いしかけたのはスワロが優秀過ぎたから、ってことで得心しといてやるよ」


「スパンクは金に忠実で誠実だ。会って日は浅いが金勘定を任せられる。信用と年数に相関性は無いんだなって感動しちまうわ。

 横領しねぇ、着服しねぇ、何より偽造しねぇ。有り難くて泣けそうだぜ。

 金の使い方もなァ、札束でブン殴るのが得意なんだよな。

 以前オレを殴ってた保安部員がスパンクにヘコヘコしてる姿を見た時は、抱腹絶倒してやりたかったぜ。本当にやったらオレが居るのバレるから黙ってニヤニヤしてたけどな。

 ただ、所長であるオレにさえ何かと金を請求してくるのは……。

 金を払えば話がすぐに通じるのは便利なんだけどよ。

 オレの貯金が尽きるのが先か、カナイ区の最大の謎が解けるのが先か、どうなっちまうんだろうなァ……」


「ギヨームの空間認知能力は凄いぞ。地図を見せりゃ、秒で実際の移動距離込みで目的地までの最短距離を導き出せる。地理的な体感が伴えば秒どころか瞬間だ。

 好き好んでカナイ区中をあちこち歩き回ってるが、実益と噛み合ってるんだよな。

 それから噂にも詳しい。オレとの観点の違いから、同じ話でも違う視点からヒントを得られるかもな。

 ……オレに食材やらエプロンやらを買わせた挙げ句、それらを勝手に使って料理動画を撮影してやがるが、笑い話にできる範囲内で勝手な真似をしてくれるぜ、あいつは。

 ちなみに料理は上手だぞ。オレに金を使わせた挙げ句、下手の横好きだったなんてオチがついてたら流石に笑えねぇわ」


「……先に言っとくが、ドミニクはオレの価値基準だと図れねえ。

 悪いヤツじゃねぇんだが、自力での推理が困難なのはオレとしては致命的だと思っちまう。

 だが、世界探偵機構はそれを承知の上で超探偵だと認めた。世界各地で未解決事件が絶えねぇこのご時世に、二人組で行動させるのが前提のヤツを、だ。

 それならオレの価値基準はさて置くって方針で居させて貰ってる。

 ドミニクについてはオメーの頭で考えな。オレの価値基準に乗っかるのはオススメしねぇぞ」


「セスは事実を正しく伝達しようとしてくれる。それがいい。

 …当たり前だろって顔をすんなよ。調査報告書に載ってる情報がアテにならねぇって経験を何度もするとな、得難い能力だって実感するんだよ。

 実際には『ジビエのスープカレー』だったのに書類上は『スープ』だったとかな。

 ……いや、あったんだぜ。こんな酷いネタみてぇな話が。ガチでよ。

 …あの時は、被害者に致死量の毒をどうやって盛ったのかって悩んだオレの貴重な時間を返せってムカついたぜ。

 安楽椅子探偵をやりたきゃ、セスみてーなヤツから報告を受けねぇと話にならねぇ。推理が狂うんだよ」


 ヨミーは探偵特殊能力——を意図的に省き、各々の超探偵の長所を述べた。

 それは守秘義務の範疇を厳守した結果であり、個人と探偵特殊能力を混合せずに観察している証左でもあった。

「ちなみにオレの意見だからな? 丸パクリしねぇで、オメーはオメーの意見を持てよ?」

「は、はい。貴重なご意見、ありがとうございました」

『ネットに転がってる意見を適当に言ったら冷めた目で見てきそうだね』

(いやいや、みんなのことはネットには載ってない……いや、ギヨームさんやドミニクさんは引っ掛かるかも知れないのか。って、カナイ区だから外とは接続が繋がらないし! 見られたとしても参考程度だよ!)

 ふと、ヨミーが先程までとは違ってじいっとユーマを見つめてくる。

「オメーはいいセンしてるぜ。推理、検証、調査、連携。世界探偵機構で認められるには申し分が無い」

「え? つ、次はボクのことですか?」

「オレはオメーのことも見てるぞ」

 当たり前だろう、とヨミーは軽く鼻を鳴らした。

『ご主人様の正体を知ったら、釈迦に説法しちゃったって卒倒しそうだね』

 死に神ちゃんのツッコミは身も蓋も無かった。

 ヨミーがユーマの正体を知る時は来るのだろうか。その時を迎えられたとして、目を引ん剥いて仰天するか、それとも、一周回って爆笑するか。

 現状においては、不確定な未来としか言いようが無かった。



 ◆ ◆ ◆



・スワロ=エレクトロ編


 スワロが日頃から『尋問』を多用するのは、カナイ区の変局に気を張っているからだ。

 ヨミーの為に。ヨミーを裏切るような者を、事前に、芽の段階から摘んで排除する為に。

 その御題目を大義名分として掲げて、スワロの裁量で計り、採決する。それは、心を読む特殊能力ほどでは無いにしても、他者の心を蹂躙する侵略行為も同然だ。

 ——本来ならそんな真似をせずに他者と接するような人間が、事件の気配が無くとも日頃から使用している。即ち、異常事態。

 それが分からなければ、スワロが勝手に気が済んだからと態度を和らげ、掌を返した等と凄まじい誤解をしかねない。ヨミーの恋人という立場に胡坐を掻いて、気ままに振る舞っている、と。

 その誤解の奈落へと落ちようものなら——いや。そこから先のIF的な想定は、決して気分が良くないので割愛する。

『ご主人様ってマゾだね。パワハラや黒ひげ危機一髪に喜びを見出す変態だったとは。やだー、オレ様ちゃんが頑張ってサド役をこなす必要があるのー?』

(いやいやいや! 違うから!)

『でも、思ったより話が通じるからビックリしてるのは確かだよね?』

(それは……そう、だね……)

『でしょー? ってか、超探偵の能力を捜査以外で使いまくるのって職権乱用じゃない? 日常生活で悪用されたら敵わないよ!』

(悪用って……その表現は過ぎるんじゃない? 世界探偵機構の試験には人格面の項目があるんだ。どれだけ能力があっても、悪用するような人物を受からせることは……)

『——イヤなこと言うけど、モジャモジャ頭はチビッコと箱入りビッチの能力を“悪用”したよね?』

(……)

『元居た世界でナンバー1、の振りをした影武者のジジイだって、モジャモジャ頭を酷評してたじゃん。まぁ、悪魔ちゃん達はムッとしてたし、オレ様ちゃんもいい気はしなかったけど……。

 ……オレ様ちゃんが言いたいのはそこじゃないから飛ばすね。

 探偵も人間。生きてれば心が変わるかも知れない。心は変わらなくても、環境が変わるかも知れない。テストをクリアしたんだから大丈夫——って信じ方じゃ痛い目を見るよ。基準にはしていいけど、絶対はアウト。

 ……人間の短い人生で実行するにはシビアだから、何々に認められてるから大丈夫ですーって担保が求められてるのは分かってんだけどさぁ。

 その目で見て、その上で信じて、裏切られたり報われたりしないと。

 些細な矛盾すらも拾って“可愛がる”のが趣味のお局様って警戒してたからこそ、話してみたら優しいじゃん…って矛盾にクラッとしてんでしょ? どうなの。

 ——好きな人の為なら、多少の箍を外せるみたいだよー? そして、その多少の度合いは、ご主人様じゃなくて、あくまでも眼鏡ビッチ自身の尺度だからね?』

(——ヤコウ所長を例に出したのは……本当にそれでいいのかっていう確認の為だよね?)

『……』

(ちゃんと、スワロさん自身を見て、判断するよ)

『…………そう、なんだ。けど、さぁ。マジ?』

(マジだよ)

『キャパシティーオーバーしてない? オレ様ちゃんの胸を貸してあげようかー?』

(……ありがとう。大丈夫。いけるよ)

『…あーもー。蝋燭って燃え尽きる瞬間が一番綺麗だからね。目が離せないよ』

 余談は以上を以て一旦打ち切る。

 閑話休題。



 ヨミーが不在の時、スワロが探偵事務所の番を務めている。

 そのスワロに頼まれ、ユーマは戸棚にあったインスタントティーの袋を持って来た。

 なお、ついでに淹れるべきかと尋ねたが、スワロからは「…私がやるわ」とやんわりと断られた。

 この探偵事務所に訪れて日が浅い頃、ヨミーのみならず他の超探偵達にも振る舞ったチャーハンの件が尾を引いている。流石に飲み物を用意するぐらいなら大丈夫なのだが、随分と警戒されていた。

「あなたも少し休憩する?」

「えっと…では、お言葉に甘えて」

 実際、その後ユーマは自分で飲み物を用意して飲んだが、ユーマ自身の舌は別にどうにもならなかった。粉をお湯で溶く程度なら、せいぜいが味の濃淡に差が生まれる程度である。

 しかし。重複するが、チャーハンの件が尾を引いているようで、スワロからじっと様子見されたのだった。


「私がこの力を自覚したのは、寓話に触れた時ね」

「寓話……御伽噺ですか?」

「ええ」

「……もしかして、本を読むだけでも分かるんですか?」

「それは流石に……。自我や人格を有するならともかく、書物自体はただの文字の集合体。私が言ってるのは、親から聞かされた物語の方の意味よ」

『ふーん。“死神の書”を読んだら反応するのかな?』

(…死に神ちゃんが封印されてる状態なら、反応するかもね)

 既に認知されているからか、スワロは自らの能力に纏わる過去を気さくに話してくれていた。

「親から語られる御伽噺が、どれもこれもが真っ赤な嘘ばかり。そこに理由は添えられず、嘘だという一点のみが分かるばかり。混乱したものよ」

 探偵特殊能力とは、訓練によって開花させるか、元々の素養を捜査向けにと鍛錬させるかの二通りだ。前述の二例以外の特例も存在するだろうが、大まかにはその二例を把握していれば支障は無い。

 スワロは、元々素養を持っていたタイプだった。だから、物心が付き、親から語られる物語を理解できた頃、嘘という概念を知ってしまった。

 初めて知った嘘が、子を寝かしつける為にと語られた物語だった。穏やかならざる状況だとユーマは思った。

「寓話は作り話。作り話だと分かっていて、それでも語る姿を……私の力は、嘘だと判定を下したわ」

「……それは、客観的な事実として? それとも、主観的な意味ですか?」

「嘘の定義から分析を始めるなんて、冷静な着眼点ね」

『“私と同じ所に気づいたとは…やるじゃない…”って顔してるね、眼鏡ビッチ』

 寓話とは、比喩とは、現実に存在しない例え話とは、成長してから教訓的な存在意義を理解できる。では、成長する以前に触れた場合、どう思うかと言えば——嘘としか、言いようが無く。

 子を導く為の作り話ですら、極端な指針では真っ赤な嘘としか判定されない。

「親が子へと語り継ぐ寓話を嘘だと判定する一方で、偏見や迷信は嘘だと判定されなかった」

「……当人にとっては真実だから、ですか」

「ええ。その相違点から、私の力は、客観的な事実では無く語り部の主観に基づくのだと分かったわ」

 その一方で、全く以て非科学的な偏見や迷信には、スワロの力は反応しなかった。

 特定の花を摘むと死者が出る。

 櫛や鏡には神秘が宿る。

 毒キノコは特定の野菜と一緒に煮ると無毒化される。

 〇〇は××だから△△だ。

 恐ろしいもの、神秘的なもの、笑えるようで笑えないもの、言葉にするのもおぞましい差別的なもの。

 客観的には誤っていようとも、語り部が真実だと思い込んでいれば、スワロの力はそれを嘘だと見なさない。

 つまりは、スワロの力は対象者が嘘吐きか否かを判別する。客観的な真偽とは時に当て嵌まり、時に懸け離れる。

 スワロは幸いにも早々に自らの力のカラクリを理解したので、それが絶対の真実だと信じ込んで落ちぶれる暗い未来を避けられた。

「何が嘘なのか。嘘とは何なのか。そのことをずーっと考えて生きてきた。世界探偵機構を目指したのは自明の理だったのでしょうね」

「……そうなんですね」

 特殊な能力を有するからこそ、未来設計を強く意識する。

 能力に将来を制限されているとも言えるが、それは流石に悪意が過ぎる発想だ。

 スワロは、持つ者だからこそ選べる未来に手を伸ばした。ただそれだけなのだから。


「でも、スワロさんなら、警察関係の職や弁護士にも向いてそうな気もしますね」

『あー、そういう発想もあるんだね? 特殊な力を活かして成り上がるしかねぇんだよってピーキーとは違って、何かあったら事件に巻き込まれる側の退屈な一般職にも就けた、と』

(退屈も何も、事件に巻き込まれるなんて滅多に無いからね?)

『溜息を吐く度に事件に巻き込まれる不幸体質探偵なのにカマトトぶっちゃって~』

 ユーマがそう言ったのは、スワロが事務をこなす姿を割とよく目にするからだった。

 書類仕事ができるという事は、特に事務として優秀という事は、一般職でも支障なく活動できる。

 ……そう言えば。元居た世界では、ヘルスマイル探偵事務所の面子は会社に勤めていた。その言動には言いたい事は色々とあったけれども、それでも会社に所属していた。それを思えば、全員書類仕事はできるのかも知れない。

 尤も、そこの部分だけ都合良く元居た世界と同じだとは限らないので、あくまでも参照であり、イメージであるのだが。

「確かにと言いたいし、私も考えていた頃はあるけど、この力を活かすとなるとそうもいかないのよね」

 なお、ユーマからの質問にスワロは何て事も無さそうに言い切っているが、普通なら警察関係の職も弁護士もエリート扱いである。超探偵達に囲まれて過ごすと感覚が麻痺しかけるが、一般的にはそうである。

 なろうと思えばなれたとあっさり言い切られるのは、普通なら顰蹙を買う危険性が高い。スワロが超探偵だから許されるような雰囲気があるだけで。恐らく本人もそこを理解しているから口に出している節がある。

「本当にそんな力が存在するのか。存在するとして、正しく使うのか。世界探偵機構に所属すれば、それを一から説明する手間暇を省略してくれる」

 さて、そろそろ語らいも潮時だ。お互いのカップの中身もすっかり無くなった。

「そのメリットを上回るような職場は、この世界には……」

 ——そんな雰囲気になって、終わりを感じさせられたタイミングで。具体的には、スワロがその台詞を言い切れば休憩が終わるだろう、というタイミングで。

 そのスワロ本人がちょっと悩むように口を噤みかけた。

「……上回っている、とは言えないけれど。候補はあるわね」

「え?」

「このカナイ区に来ておいて、知らん振りはできないような大企業が、その一例よ」

「それって…アマテラス社のことですか?」

「ええ。能力者を優遇するし、カナイ区の外からでも歓迎すると喧伝していたわね。鎖国した現在は半ば形骸化しているけど、規則上はまだ継続しているはずよ」

『へぇー。そんなことやってたんだ、この世界のアマテラス社』

(……ハララさん達が入社した理由に関係していそうだね)

 この世界では、生きていれば一度は耳に入る機会のある『常識』なのかも知れないが、ユーマは元々生きていた世界が異なる。それ故、その新鮮さに驚かされていた。

  一方、スワロの表情は優れない。

 その理由は、現状における保安部と探偵の敵対関係に基づく。

「異能の活かし方には幾つかの選択肢があるけど、アマテラス社だけは選ばなくて正解だったわ」

 それは元居た世界を思えば大きな差異だが、この世界のスワロが嫌そうに拒むのも無理は無い。

 カナイ区に根差すアマテラス社に入社しても、ヨミーとは別の形で出逢えただろう。だが、その後に待ち受ける展開を思えば、例えその道でも恋人同士に至れたとして、関係の継続は至難だっただろう。

 ……いや。恐らく、そういった理屈以前の問題なのだ。

 ヨミーと敵対したかも知れない、という想像の時点で、スワロは忌避しているのだ。アマテラス社に入らなくて正解だった、と。

「……前も言った気がするんですけど、ヨミー所長のことが本当に好きなんですね」

「当然よ。何回でも言っていいのよ?」

「……」

『一旦引こう、ご主人様! 恋愛偏差値が絶望的なんだから、もしも口を挟みたいなら作戦会議は必須だよ!』

 今度こそ休憩は終わった。ユーマはスワロからカップを受け取り、自身の分と纏めて台所で洗った。



 打ち切られた余談を、今一度だけ。もう少しだけ。

『最終的にどーなっちゃうんだろうね、天然ストレートと眼鏡ビッチの関係——ってのが気になってるんだよね? ご主人様』

(……)

『他人事みたいな顔ができない……ってか、する気も無いよね』

(…元居た世界では、カナイ区の真実はカナイ区の中で収束していた。でも、この世界では違う)

『大体は収まってるよ? 世界が変われば、細々とした事情も変わっちゃうもんでしょ』

(……その大体“に収まらない”人達にとっては一大事だよ)

『けど、二人の問題でしょ? 他人の恋路でしょ? ご主人様が首を突っ込む問題かなーってオレ様ちゃんとしては疑問だよ』

(……)

『……真実を明かせば、どうなってしまうのか。その恐怖を数え切れない程に抱えて、縛られてたのが、仮面の人…マコト=カグツチなんだろうね。

 けど、ご主人様は元居た世界で決着を付けた。一人で悩まないで、みんなで受け止めて考えていこう、って。

 ……この世界でも同じ決着を付けるんでしょ? じゃあ、悩むだけ時間の無駄だし、脳がバターみたいに溶けちゃわない? ってか、実際、色んな人の事情を考え過ぎて、ちょっと疲れてるんじゃないの?』

(…そう見える?)

 死に神ちゃんは良く言えば理性的な、悪く言えば軽薄な言葉でユーマの迷いを迎えていた。

 人間を基にしたホムンクルスよりも懸け離れた、人に非ざる死に神ちゃんという存在故に、人間であるユーマの価値観との齟齬が生じながらも。

『どうなるのかって濁してるけど、本当は分かってるんでしょ?

 両方とも生存したままエンディングを迎えたとしてもさ。あの二人は真っ当で健全な関係だからこそ、真実を知ればお互いに弁えて別れちゃう。

 顔が同じだから実質同一人物オールオッケーだとか、そういう風に特化した極論を地力じゃ出せないし納得もできない。

 そして、情が移ったご主人様はそれを嫌がってる』

(……)

『…そんなに嫌? オレ様ちゃんは、あの時、ご主人様と別れることになっても別にいいって思えたけどな』

(それは……)

 ケースが違う。そう続けかけたユーマの言葉が霧散したのは、この世界に来る直前——元居た世界での、最後の選択の時を振り返ったからだ。

 なぜだかイレギュラー的に関係が継続しているけれども。本来ならば、あの時、死に神ちゃんとの契約は破棄され、彼女と別離するはずだった事を、改めて思い出したからだ。

『別れても何とかなるよ。天然ストレートにはカナイ区のみんなが居るし、眼鏡ビッチだって外の世界でやっていけるでしょ。何が引っ掛かるの?』

 もしも、他の誰かだったら、理屈ではそうだが感情では割り切り難いのだと頭に血が上ったかも知れない。

 だが、他ならぬ死に神ちゃんだったから。

 ユーマの選択によって別離するはずであった、他ならぬ彼女自身が、あの時の選択もひっくるめて肯定するように言ってのけたものだから。

 別れの時が来ても、何とかなるよ、と。ユーマにしか理解し得ない優しさを、他ならぬユーマが感じてしまったものだから。


(このままじゃ……選択肢が無いのと、同じなんだ)

『……?』

 ……それで、あの二人も大丈夫だろうと流されかけた、が。

 それでも、踏み留まった。

 ケースが違うからこそ、何が違うのかを考えたからこそ、自身が本当に恐れているのが何なのかを熟考し、自覚できた。

 忌避しているのは、二人の別れそのものでは無く、『別れる未来しか無い』という閉塞した一本道なのだ、と。

(凄く、傲慢なんだけど。悩む余地も無い、他に選択が無い、仕方ないからこうなるしかないねって状況が……嫌だ…)

 選択肢があって、その上で、苦渋ながらも選んだ経験から——他の選択肢が無い状況で唯一の選択を強いられるのは、あんまりでは無いか、と。

 それが、ユーマが真に恐れている核の部分だ。

『つまりご主人様は、あっさり別れるんじゃなくて、本当にその選択しか無いのかって二人に悩み抜いて欲しい。別の可能性を検討した上なら別れても受け入れられる……ってコト?』

(そう、なるね……)

『本当に傲慢だねー? 頭が情で溺れてるのかと思いきや、とんだサディストだよ。ってか、恋愛偏差値が推定絶望的なご主人様には荷が重過ぎない? 自重でペッタンコになっちゃわない?』

 そしてそれは、死に神ちゃんが呆れた通り、傲慢を極めている。全知全能の神にでも成り上がったような、人間の領域を逸脱した超越的な視点からの祈りだ。介入だ。口出しだ。

 けれども、それがユーマの望みだった。

 記憶を失っていようが、未だ戻らずとも、ユーマは世界探偵機構のナンバー1。世界一の頭脳と、それに釣り合う常軌を逸した慈悲——いっそ狂気的でさえある——の持ち主であり。

 カナイ区の住民を、欠陥ホムンクルス達を、何としてでも守り抜こうと決意して実行するマコト=カグツチのオリジナルでもある。

 そんなユーマの、寄り添うには孤高過ぎる願いだった。


『もー! ご主人様ってば、ルシファーを名乗れる資格があるじゃーん!』

(……ん? うん!? ル、ルシファー!?)

 そして、死に神ちゃんは人間では無いからこそ、驚きこそするが、意外性の範疇で済ませて目を輝かせていた。

 その決断によってユーマの心は疲れるだろうけど、命が懸かっている訳じゃないし、思う所はあるけどまぁいいか、で済ませて流す事ができていた。

(急に中二臭い悪魔の名前を言わないでよ! 真面目な話をしてるんだけど…!)

『ご主人様は男の子でしょ! ルシファーみたいって例えられたんだからテンション上げなよ! 上がらない方がどうかしてるー!』

(逆に死に神ちゃんはそういうの好きなの!? イタい系に物申してなかったっけ!?)

『キザ野郎が気取って星とか何とかポエムを口ずさむのとは別格でしょ! だってルシファーだよ!?』

(し、死に神ちゃん…ルシファー推しなんだね…?)

 そのテンションに、沈痛な心持ちだったユーマは僅かなタイムラグを経て振り回されるのだった。

 これにて余談は終了する。




(続く)

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