捨身月兎
便利屋たちの突入を見届けた兎達を乗せたヘリは
高度を上げず、だが部室棟から距離を取るように飛翔を開始する。
唸る回転翼の羽音に惹きつけられるように群がってくる触手たちを引き連れ
瞬く間に学生広場を越えて運動場まで到達。
運動場を芝生の代わりに緑で染める触手たちをRABBIT3操るヘリから放たれた鋼鉄の雨が吹き飛ばし、
その上に三人の首狩り兎たちがラぺリングで降り立つ。
本来の装備に加えて便利屋たちと同様にアリウス製のガスマスクや重火器、
更には万が一組み付かれそうになった際に脱いで切り抜ける為に
アリウスの白い外套を袖に手を通さずに羽織った姿はもはや特殊部隊というよりマフィアのそれだ。
着地を見届けたヘリが触手や触手たちでも使える重火器を避ける為に高度を上げ、
兎たちは触手たちと自分達の間に焼夷弾頭を撃ち込んで、巻き上がる炎が壁となる。
これから始まるのは触手たちを可能な限り部室棟から引き寄せる為の陽動。
便利屋たちが先生を救出するまでの数十分を稼ぐために
兎たちが選んだのは多数の触手たち相手に逃げ回る遊撃ではなく少しでも多くの触手を引きつける迎撃戦。
先生を運ばねばならぬRABBIT3はともかく、地上に降りた兎たちにとっては逃げる事さえ難しくなる背水の陣。
だがこのキヴォトスを救うため、そしてかつて救われた大恩に報いるためならば、
例えその身が女として再起不能になろうと全力を尽くさない理由にはならない。
戦いを開始を告げる引き金は、いつにもまして軽かった。
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炎を避けて進んでくる触手の群れにはドローンで音響手榴弾を叩き込み、
ヘリを狙うグレネードやロケットランチャー持ちの触手を狙撃し、
行動不能になった同胞を乗り越えて来る触手には榴弾や機関銃の掃射を叩き込む。
開始から既に何分経ったのか。
触手たちの壁が少しずつ高くなる中、それでも兎たちはなお健在。
原始的な本能からか触手たちが炎を避けて移動する事、
銃を撃つ触手たちの割合が増えていた事で真に危険な接近からの組み付きが想定より少なかった事、
そして元々迎撃戦に慣れた兎たちの強さがそれを実現していた。
無論、かわしきれずに無数の弾丸に撃たれた身体の痛みは無視できず、
大量に補充したはずの武器弾薬が次々と消えていくのは近々訪れる破綻から目を逸らさせない。
だが、まだ戦える。生きている。
ここで数秒でも長く戦い続ける事が、それだけ世界を救うのだと兎たちは理解していた。
そんな兎達を嘲笑うかのように新たな脅威が姿を現す。
最初に気づいたのは戦場を俯瞰していたRABBIT3。
“それ”を見た瞬間、即座に下にいる兎たちに伏せるよう警告。
反射的に応じた兎たちが身を伏せた瞬間、砲弾状の何かが燃えていた炎の中心に着弾、
燃えていた燃料ごと炎を吹き飛ばして強制的に鎮火。
まき散らされた炎が外套を焦がすのを転がりながら消火した兎たちが嗅いだのは炎に焦がされる青臭い臭い。
着弾したのが触手であるのを認識した兎たちの前にそれは姿を現した。
見た目はゲヘナ学園は万魔殿の誇るティーガーⅠ。
例え粘液に塗れていようと本来その威容に変わりは無いはずだった。
だが装甲の隙間からはそれを埋めるように触手が生え、
車内にみっちりと詰まっているであろう触手が搭乗口から溢れ出し、
無限軌道は動作していないのか溢れた触手でずりずりと進んでくるそれは余りにも異様。
その上に浮かぶのは藍色と黄色の菱形と円環の混じった光輪。
それは戦車という殻を被ったヤドカリを連想される触手生物だった。
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超寄生鉄甲サラ丸、出現。