拝啓
モブ水
モブ視点
戦地にて
途中まで書き殴った
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これは遺書だ。
誰に渡すでもない、誰に伝えるでもない、くだらぬ独白を綴っているだけの内容なのだから、是非とも燃やしてくれて構わない。俺には母も父もいない。渡す相手はいない。
これを拾った誰かがいない事を願って、綴る。
仲間の死体を目にしても泣かなかった男が静かに涙を流す様を見た事がある。
種類もわからぬ虫がぎいぎい鳴く、月も無い夜。ラバウルでの事だった。用を足そうと少し離れた不浄へと足を向けた時だ。上官のいる小屋から、その日は明かりが薄く漏れていた。
時折粘着質な肉と肉がぶつかる音が聞こえる。
無論この戦場である。女性など誰も居ない。そうなると誰か若い衆と目合いでもしているのだろうか。そういった話は珍しいことではない。抜く機会などこのラバウルでは限られてくる。
いずれにしろ趣味の悪い事だと、小屋から足を遠ざけた時。
ばちん、と音が聞こえた。無論聴き慣れている。上官に頬を殴打された時そんな音が鳴るのだ。大抵はくだらない理由で上官は部下を殴る。実際、その殴打の後に聞こえたセリフなんかは次のようなものだったのだ。
「声を上げるなというのがまだわからんのか。それとももう一度殴られたいか。生意気そうな目をしやがって、よく今までぬけぬけと生き延びてきたものだ。お前の代わりに別の者をめかけにしても構わないんだぞ」
そう言って、またばちんと殴る。
「は、申し訳ありません」と誰かが謝るのが聞こえた。
聞き取れなかった訳ではないが、俺はその声を上手く処理できなかった。
聞き間違いかと思ったのだ。
何故なら、その声はひどく似ていたから。
毎日のように聞いてきた声なのだ。わからない筈がなかった。その声は間違いなく── そこまで考えて、俺は用を足す事も忘れ慌てて小屋へ駆け戻った。扉の隙間から覗いて目にしたのは、俺の上官に何度も頬を殴りつけられながら、揺さぶられている友人であった。
その友人の名前を仮に、Mとする。
思えば目鼻立ちの良い男ではあった。同じ二等兵の中でも、Mは特に目立っていたように思う。そのMが、上官にされるがままに揺らされていた。
口を突いて出るのは嬌声などではなく色気もない呻き声と悲鳴に近い声と涙ばかりである。
殴打される音と押し殺された声だけが響く空間に俺は何度も吐きそうになった。何故吐くのかという理由すらわからぬままにそれを堪えるのがやっとだった。
Mという男は俺にとって好ましい男であった。それは無論そういう意味ではなく、友人としてという意味である。俺と同じ故郷で、俺と同じ年齢で、俺よりも少し背が高かった。
特別変わったところはない。軍人であるゆえに鍛えられた体躯を持っていて、鼻筋の通った顔立ちをしていた。笑う時に涙袋が膨らむ様を、俺は密かに気に入っていた。
ただ、それだけである。それ以上の何かは無かったはずだ。今はそうだったのかすら分からないほど脳がめちゃくちゃになってしまっているが、それだけは誓って言える。あの感情に穢れなど一切なかったはずなのだ。
そんなMが目の前で上官に犯されているのである。
俺は黙って口を抑えながら、何度も早く終われと思った。Mが上官に腰を打ち付けられるたびに胃液が込み上げて、喉まで来たところで無理矢理飲み込んだ。
聴きたくもないような台詞を吐きながら上官はMを艶かしく揺さぶっている。少しだけ日に焼けた肌が汗ばんで、男根を飲み込むようにひくついていた。