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「ボディーガードの依頼? 俺に?」

「三島拳をご指名だ。せいぜい励め」


 銀髪を翻して現れた男は、俺の前に品の良い手紙を投げた。

 封筒も便箋も洒落臭いほどの一級品だが、宛名の文字は子供が書いたような歪さ。ご丁寧に封蝋まで施されている。なんだか甘い匂いのする蝋を剥がし、中身を読む。


「『おにいちゃんへ プールにいきましょう ちずもいれてます』……は?」

「カタクリのところの七つ子、お前も相手したことがあるだろう。プールに行く付き添いが欲しいんだと」

「……何がボディーガードだ、結局は子守りだろ」


 いきなり赤ん坊、それも人間じゃないのばかり九人も相手させられた記憶が蘇る。貴様は行かないのか、どうせ暇だろうと言ってやると、「私はカズヤの勤務を見守る仕事があるんだ」と馬鹿馬鹿しい返答。


「そうだ、報酬についても預かっていたんだったな」


 セフィロスは半分に折られた紙を取り出す。

 今度は大人の文字で、ベビーシッターどころか要人警護でも相場以上の額が書かれていた。


***


 クソ暑い夏の日。俺はビニールバッグを肩に引っ掛け、入場券の手続きをしていた。複数のウォータースライダーを備えた大型プール。こんな仕事でもなければ一生来ることはなかっただろう。

 アトラクション毎に金がかかるシステムとあったがそこは王族、贅沢にも乗り放題パスポートを人数分である。


「おにーちゃーん! こっちこっちー!」

「まってー!」

「ちちうえのおみやげは?」

「おもいからあと〜」

「さいごにかうのがいいよ」


 きゃあきゃあ騒ぎながら更衣室へ向かう半魚人……じゃない、人間とゾーラ族のハーフたち。親はかき氷の製作会議があるので昼から参加とのこと。なんだその間抜けな理由は。


「こっちだよ、いこ」

「あたし、ひやけどめぬってあげる」


 さらに、世話焼きな女の子たちに手を引かれて歩く、黒髪の子供が二人。片方はダンピールで、本人は日焼け止めで大丈夫らしいが、純粋な吸血鬼である身内は不参加。もう片方は宇宙人とのハーフだと聞いている、親は仕事で来ていない。

 全員で仲良く水着に着替え──見た目魚っぽい奴らに水着が必要なのか疑問だが──シャワーだの消毒だのも済ませ。ロッカーの鍵はゴムバンドで手首に通すタイプだ。何人か付けたがったものの、サイズが合わないので俺の手首へ通した。

 館内は水の匂いに満ちている。どのウォータースライダーも徐々に行列が出来ていた。比較的短い列に子供たちが並び、俺はビーチベッドに座る。見張りはするが滑り台まで付き合うつもりはない。それよりも、侵入者が来るならどこからか、非常口はどこか、いざというとき武器になりそうなものは……そういうのが大事だ。

 ふと、隣に気配を感じた。


「……お前、行かないのか?」


 いわゆるソフビ人形(に見せかけた擬態制御アイテムらしい)を握りしめ、隣に座る宇宙人。こいつはほとんど喋らない。ベッドの端に座り、螺旋状のコースを眺めながら何か考えているようだ。

 無言の時間を過ごす間にも、列は徐々に進んでいく。残り十人くらいまで来ただろうか。終点に目を向ければ、穴の無いドーナツみたいな乗り物が飛び出てきた。四人一組でドーナツに乗って滑るのなら、八人でちょうど良い。


「おにいちゃん! しゃしん!」

「でてくるとことってー!」

「ちょっと待て!」


 急に呼ぶな、こっちにも準備がある。スマホを取り出して出口のプールに急ぎ、不本意ながら中へ入る。予想より浅いので腰を下ろして待つこと数分、歓声と共に現れたのをなんとか狙ってみる。


「とれた?」「みせて!」「ちちうえのでんでんむしとちがうね」「すまほだー」「ぬれたらさわっちゃだめ」「はぁい」


 まとわりつく全員に見えるようスマホを掲げ、撮ったばかりの写真を出す。カメラ機能なんざろくに使っていないのでブレまくりの酷いものだが、子供にはお気に召したようだ。ヒカリおじさんにげんぞうしてもらう、と張り切っている。


「つぎはあれ!」

「えー、むこうのがいい」

「ふたてにわかれよう」

「駄目だ、全員で動け。迷子になったらどうする」


 目立つ容姿とはいえ、一度見失えば、この人混みから探すのは困難だ。護衛を請け負った以上、リスクは極力減らしたい。


「俺は乗らないが、近くまでは絶対についていく」

「……おにいちゃん、のれないの?」

「こわい?」

「興味が無いだけだ」

 

 何が楽しくて、三半規管を狂わせるだけの滑り台に乗らなければいけないのか。子供が楽しむのは勝手だが俺はごめんだ。さらに大きなスライダーへ駆けていくので、相変わらず螺旋を眺めるばかりの宇宙人に声をかけ、次の入場口近くへ移動させる。すると、懐いているらしい一人が手を引いて、列の中へ連れ込んでしまった。


「いっしょにのろ! こわいならあたしが……」

「あのう、僕たちこれに乗るの?」


 やっと一息つく暇も与えられぬまま、見知らぬ男が子供たちに近寄って声をかけた。Tシャツの背中に施設のロゴがプリントされている。ただのスタッフか、はたまた成りすました刺客か。俺は身構え、じりじりと距離を詰める。

 男が困ったように話すたび、周囲の空気も重みを増す……いや、あれは哀れみだろうか。何を伝えている?


「──というわけだから、ごめんね」


 十八の瞳がいっせいに俺を見た。


「あ、保護者の方ですか? すみません、このアトラクションには身長制限があるんです。この子たちだとまだ乗れないんですよ……」


 勝手に保護者扱いされたのは不満が、今のところ大人は俺だけだ。スタッフに目配せして子供を列から離す。


「のれないの?」

「お、おおきくなったらのれるよね?」

「…………」


 ソフビ人形から派手な音がして、父親(人間の方)にそっくりな青年が現れた。


「……のれる」

「駄目だ」


***


「──なるほど。確かに、ああいう乗り物は大人向けだろう」

「ルールなら仕方ないゾ」


 昼過ぎ、弁当を持って親たちがやってきた。必要性の見えない水着を着たシドと、ラッシュガードまで着込んだ脹相の二人。こっちの不手際だと思われてはたまらないので、不機嫌の理由を説明すれば、あっさり納得していただけた。

 ソフビを他の子供に握らせ、大きくなれないものかと試行錯誤する青年(妙な変身をしたせいで戻れないらしい)が、自分の親を探してきょろきょろと見回す。


「ヒカリとローはどうしても予定が合わないと聞いている」

「代わりにヒカリ製のクーラーボックスがある。試作品のかき氷があるからみんなで食べよう」

「そうか。お前ら、どっかで手ェ洗って……」


 今度はダンピールがいない。

 七つ子は素直に言うことを聞くし、宇宙人は化学や機械につられるからわかりやすい。だがあいつは呪霊とかいうのを追いかけてしまう。俺には全く見えないし、存在だって半信半疑だが、とにかく行き先の予想がつかないのだ。


「蠅頭を捕まえに行ったんだろう」


 ぽやっとした顔で呑気に言う脹相。


「せめて俺にも見えるもんを捕まえてくれ」

「見たいのか?」

「別に興味はない。ただ、探すときに困るんだ」

「……探してくれるんだな」


 ぐ、と言葉に詰まる。報酬が出ているから当然だと返せればよかったが、何を言っても面倒なことになりそうだ。訳知り顔のシドが腹立たしい。


「俺が探す。みんなは先にかき氷を食べてくれ」


 脹相が確信を持った足取りで歩き去り、シドはやたら近未来的なデザインのクーラーボックスを開ける。器をぴったりと収めるため設計された内部に色とりどりのかき氷があった。指差し数えれば、どうやら俺の分まで用意されているようだ。


「わーい!」

「しらたまがのってる〜!」

「これちちうえたちがつくったの?」

「ぼくこれがいいー!」

「あたしピンクのにする!」

「おにいちゃんもえらんで!」

「おすすめはこれ!」

「こら、落ち着いて選ぶのだゾ? それと、試作品だから、味の感想も忘れないように」


 キミの感想も大歓迎だ、と促された俺は、子供たちに勧められたカップを取る。毒や薬は無さそうだ。俺が知るかき氷とは一線を画す細かな氷と大量のトッピング。菓子で栄えた国ではこれが当たり前なのだろうか。


「どう?」

「おにいちゃんのおくちにあう?」

「…………美味い」


 誤魔化しの効かなそうな状況だと判断してそう答えたが、役得だと思える程度には美味かった。


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