手懐けたって狼は狼

手懐けたって狼は狼



「麦わら屋、お前は少し酒……特にカクテルを知っとけ」


久々に航路が噛み合って同じ島に滞在しているローから、「少し付き合え」と誘われ、デートだとウキウキで一緒について行った先で言われた一言。


「え〜、何で〜?わたし、お酒あんまり好きじゃないのに」


ローと一緒ならば何処でもどんな目的でも楽しくて幸せなルフィだが、苦手な部類に入るものを飲めと言われるのは、流石に不満。


しかも、自分たち一味や旅の先で出会って絆を深めた友人たちと騒ぎながら飲むのならまだしも、ローが連れてきた先は落ち着いた雰囲気の酒場。いわゆるバーであり、酒好きのゾロですら好んで入るタイプの店ではない。


身なりも周囲の視線も気にしないタチのルフィでも、「ナミとロビンの服借りてきてよかった」と安堵してしまう店のカウンターで、サラダスティックをボリボリ齧りながら抗議するが、ローはルフィの方を見向きもせずにバーテンダーに注文をしていた。


「自衛の為だ。カクテルは口当たりが良くてジュース感覚で飲めるくせに、アルコール度数が下手に純粋な酒より高いやつなんてザラだ。

ほら、これはその典型だな」


しかし相手にしてないわけではなく、ルフィの抗議に反論だがちゃんと言葉を返しつつ、バーテンが作ってくれたカクテルをそのままルフィに手渡した。


「?これ、お酒?アイスココアじゃないの?」


渡されたカクテルはルフィのいう通り、少しおしゃれなグラスに入れたアイスココアにしか見えず、匂いを嗅いでみれば確かにアルコールの匂いはする。

しかしココアだと言われて渡されても、すぐに気づけるほどではなく、試しに飲んでみるとルフィはもちろん、チョッパーも喜びそうな甘さとチョコレートのコクである。


「クリーム・ド・カカオという、まぁチョコレートの酒を使ってる上に、ベースはウォッカだ。ウォッカは基本的に無味無臭なせいで、ノンアルとのカクテルでも度数が高いくせに、飲みやすいんだよ」


ルフィの疑問に答えながら、ローはカウンターに頬杖をつき、自分の分のカクテルを飲まずにグラスの縁をなぞって、呆れたような目と声音で更に続ける。


「味に多少の違和感を覚えても、『この産地のカカオの風味です』とでも言われたら、お前は信じるだろ。

頼むから人からもらった飲食物は、食うなとはもういわねえ、諦めたから、せめてこういう事例があることを覚えて自衛しろ」


美味しかったのでそのまま飲み干したアルコールのせいか、頬をほんのり火照らせながら、ローの自分に対する扱いにまたもや抗議を行う。


「むー、私だってバギーとかシーザーとかミンゴが出してきた飲み物やサラダは飲みも食べもしないもん!」

「お前が覚えてる『危ないやつ』がそのレベルだっていうのが問題だって言ってるんだよ、俺は!

お前、ボスの所に向かうまでにけちらかした雑魚どものことは何にも覚えてないだろうが!!

そういう奴らが、『あの時のお礼に宴を開きますので』とでも言われたら、ホイホイついていくのは誰だ?」


流石にヤンデレ製造というわけわからん呪いじみた体質で、そこまで危機感を欠如していないわけじゃないと主張したが、ルフィの主張はしないほうがマシだった。

鼻をぎゅむっと摘まれて、今まで巻き込まれた数々を思い出してるのか、やや据わった目で睨まれてのお説教に、ルフィも気まずくなって視線を逸らす。


気まずくは思っているが、それでも自分を子供扱いすること、保護者のような口ぶりが不満なのか、唇はアヒルのように尖らせていた。


その様子にため息を吐きつつ、ローはまたバーテンダーに注文して作ってもらったカクテルをスイっとルフィの目の前に差し出す。


「拗ねるな。ほら、これでも飲んで機嫌直せ」

「うわぁ、ありがとうトラ男!」

「自衛しろって言っただろうが!!」


飲む前に機嫌を直して受け取り、グビっと呑んだ女の頭をローは躊躇なく張り倒した。


「罠!?」

「罠だとしても制作途中でお前からハマりにいってんだよ!!」


びっくり仰天と言わんばかりの顔で図々しい事言い出す女に、正論で突っ込むロー。

流石にこれに関しては自分が悪かったのを素直に認め、ルフィはへにゃりと笑った。

機嫌が完全に直っているのは、渡されたカクテルが思ったよりずっと美味しかったからもあるだろう。


「へへへ……ごめんねトラ男。

でもこれ、おいしーね。このお酒なら、わたし好きかも」

「ペパーミントの風味が強くて爽やかだが、ベースがブランデーだ。

調子に乗ってカパカパ飲むと、冗談抜きでトぶぞ」


今度は甘くないのとミント系な為、アルコール云々抜きにして好き嫌いが分かれそうなカクテルだが、サラダ好きのルフィにはこの爽やかさがたまらないらしい。

なのでおかわりを所望したが、それはあえなく却下され、代わりに似たテイストのかき氷のようなカクテルを出されたので、それを大人しくしゃりしゃりの飲む(食べる?)。


「酒そのものは嫌いでも、カクテルなら混ぜ合わせてお前好みの味なんていくらでも作れるんだ。

物珍しさも合わさって、お前は酒だとわかってても飲みかねないから、マジで出されたものを一気に飲み干すのはやめろ」

「はぁーい」


素直に手を上げて良い返事をするが、本日三杯目のアルコールがだいぶ回っているのか、既に彼女は表情も声もふにゃふにゃだ。


ルフィは気づかない。


「あとそうだな……。こういうのもある」


ローはまた、バーテンダーに注文して、ルフィの前にそれを置く。

「自衛しろ」「警戒しろ」「飲みすぎるな」と忠告した本人が、飲みやすくて、ルフィなら騙されかねない危険なカクテルの実物を勧めて飲ませているという矛盾に気付けない。


「……きれーな青。……海の色だぁ」

「だろう。こういう見た目がいいものも多い。

好きだろう?身につける趣味はなくとも、こういった綺麗なものは」


それは、アルコールのせいではない。

信頼と恋慕による無警戒。


「……うん、すき」


だからルフィは無防備に答え、笑い、そして無邪気にその青い青いグラスを手に取って、飲み干した。


それを満足そうに目を細めて見やる男は、力が入らずカウンターに突っ伏しそうになったルフィの肩に手を置いて、そのまま自分の方へと抱き寄せる。


「お前は本当に可愛い(バカ)だな」


自分の胸にもたれかかる無防備な女に、熱を孕んだ目で見下ろし

剥き出しの肩に置かれた右手は、その肌の滑らかさを愛でるように、嬲るように指先がなぞり

空いた左手は彼女の左掌を、捉えるように包み込み、逃さぬように指を絡めた。


「自衛しろって言っただろ?」


罠に嵌めた男がいけしゃあしゃあと口にする。


「……だって……トラ男だもん」


罠を仕掛けられる前から堕ちていた少女は、蕩けた瞳で見上げて言い訳を口にする。

未だ一欠片も損なっていない、信頼とひたむきな恋心を。


眩いものを見るように更に目を細めたローは、釣り上げた口角から歌うように答えた。


「愚行だな。海賊、それも懸賞金30億を信頼するなんて」

「……わたしもだもん」


そっくりそのまま自分にも当てはまる答えに、揶揄われていると感じたのか、再び拗ねて唇を尖らせるルフィ。


「違うな。俺と、お前とじゃ」


肩から首筋に移動した指先がくすぐるようになぞる。

獲物を前にした獣のような、舌なめずりの動作に背筋にゾクリとしたものが走る。


「俺は男で、お前は女だ」


絡め取られた左手が持ち上がる。


「海賊なんて『悪い男』の典型を、簡単に信じるんじゃねぇよ」


その手を、普通の少女とは違う、皮は厚くてゴツゴツした戦う者の、けれど間違いなく自分より小さくて華奢で、愛おしさを覚えるその手を、ローは自分の口元まで持ってくる。


「だから、こんなふうに食われちまうんだ」


カプリと、その手首に軽く歯を当てる。

子猫や子犬がするような甘噛みにはくすぐったさしか感じなかった。

しかしそのまま意外と肉厚な舌が自分の手首の静脈をなぞるように舐め回す感覚には、「ひゃあ!?」と色気のない声を上げて、手を、身を引こうともがく。


だが、絡み取られた手は、抱き寄せられた体はびくともしない。

能力や覇気を駆使すれば逃れられるかもしれないが、生身の腕力ではどうしようもない力の差を思い知る。


「……トラ……男?」


この海の四人の皇帝のうちの一人、女帝だとは思えぬほど弱々しい声で、縋るように彼女はローを見上げた。


助けを求めるような目で見られても、彼はいつものように慌てふためきも、怒りながらでも、諦めたようにため息もつかず、少し嬉しそうな苦笑もなく、いつものように助けてはくれない。


ただ、実に楽しそうな笑みを浮かべて、ルフィの手首に再び歯を立てる。

先ほどよりも強く、食うように噛みつき、強く吸い付いたリップ音を立て、尋ねる。


「俺が怖いか、麦わら屋」


フルフルと追い詰められた獲物の子羊のように震えてながら、薄く涙の膜を張って潤む瞳で彼女は答える。


「…………は……ずか……しい」


アルコールではないもので真っ赤にした顔で、上がり続ける体温に茹だりながら、爆発しそうな心臓が口から飛び出さないかを心配しつつ答えた。


その答えにローの双眸はキョトンと丸く見開いてから、おかしげに喉を鳴らしてまた細まった。


「……くくっ、なるほど。なら、カワイソウだから忠告を何一つ聞かず、自衛しなかったお仕置きはこれで勘弁してやるよ」


くつくつと全く堪えきれてない笑いを溢しながらの厚かましい終了宣言だが、もはやその厚かましさに気づける余裕もないルフィは、力が緩んだ彼の手から自分の手首も体も引いて、コクコクと意味もなく頷く。


その頷きは、たいして力を入れていない、けれど自分は絶対に、自分自身の意思で逆らえない指先で止められる。


「次からはちゃんと『良い子』でいろよ」


彼女の顎を親指と人差し指で摘むように固定し、熟れたトマトのように真っ赤になって固まる少女の、瑞々しい唇に親指が触れ、形を、感触を確かめるように、味見でもするようになぞる。


「そうしたら、今度は『ここ』にご褒美をくれてやる」


「…………きゅう」


最強生物を物理的にぶん殴り落として皇帝の座を奪った女帝が、完全敗北の声を小さく上げて、そのまま意識を手放した。


*   *   *


「……ガキ相手に何してんだ、トラファルガー」


心の底から呆れ、それが一周回って尊敬しそうになりながらも、ユースタス・キッドは率直な感想を口にした。


「何だ、いたのかユースタス屋」

「何だじゃねえわ。バカ猿と違って気づいてただろうが」


たまには静かなところで酒を飲みたいと思ったのが間違いだったと、らしくない後悔をしながらたまたまかち合った同期に話しかけたのは、一言くらい何か言ってやらないと気がすまなかったから。


存在に気づいた時は無視しておきたかったのだが、これもらしくないと自覚しつつも、放っておくには気分が悪いことをこの男はやりかけていたので、ついつい聞き耳を立てて、様子を伺っていた。

しかしそのやらかしていた当の本人はなんら悪びれず、自分が注文して手付かずだった真っ白いカクテルを煽って飲み干す。


キャパオーバーを起こして目を回している少女の腰に手を回して抱き寄せ、またしても自分の胸に寄りかからせながら。


「……俺たちがいうのもなんだが、人としてというより医者としてどうなんだ、トラファルガー。

あのチョイスは、弱いやつなら潰すどころかトばす気だろうが」

「麦わら屋は酒が好きじゃないのと、よくいるゾロ屋ナミ屋がザル過ぎて、弱く見えるだけだ。

だからこそ、油断して適量以上を飲まさる危険性を教えてやっただけだ」


一緒に飲んでいたキラーの方も、仮面の上でも割と引いているのがわかる様子でツッコミを入れたが、やはりローは全く悪びれずに、悠々と答えた。

もちろんキラーもキッドも、その答えの副音声、「急性アル中にはならないが、だいぶヤバいギリギリを見極めて飲ませた」を聞き取っているので、さらにドン引く。


「……見る目ねぇな、このバカ猿」

「10代に見る目を養えというのは酷だろう」


酒で追い詰めた癖に、酒の力を借りずに、むしろアルコールに自分の存在を紐付けで刻み込み、間違いなく彼女自身の意思で自衛するように教え込んだ、まさしく「悪い男」に呆れ、そんな男を「捕まえた」無知な少女に同情する無頼者二人。


「人聞き悪いな。こんな据え膳に手も出さず、『いつも通り』こいつの船まで送り届ける男に向かって。

あぁ、根性なしという意味では確かに麦わら屋に見る目はないな。俺が麦わら屋の汚名になるのは申し訳ないから、これから努力することにしよう」

「俺らをダシにすんじゃねえよ」


そんな彼らの言葉に飄々といつもはあまり見られない余裕を携えて、ローは勘定を払いながらひょいと自分を捕まえた少女を抱きかかえて嘯く。


彼の言葉に嘘はない。間違いなく「今まで通り」この男は自分の船でも、そこらの宿でもなく、彼女の家たるサニー号まで送り届けるだろう。

だがそこの堀はとっくの昔に埋まりきっている。

彼女の家は奴の巣同然なのだから、今更どこに送ろうが、それはもはやこの男の気分次第。


それを非難するのも馬鹿らしいので、キッドは自分たちに責任転嫁する発言だけは軽く睨みつけておき、キラーとうんうんと頷いた。


食うのも食われるのも勝手にやってろが、二人どころかこのバーにいる者全員の総意。

怖がるのではなく羞恥を彼女が訴えた時点で、これはどのような結末を迎えても、口出しした者は馬に蹴られて死ぬような話なのだ。


なのでもうこれ以上砂糖を吐いて酒を甘くしたくないキッドはしっしっと追い払う仕草で帰ることを促し、ローもそれ以上は絡まず、意気揚々と哀れな獲物にして自分を捉えて離さない少女を連れて、店から出て行った。


それをしたくもないが戻ってこられたくもなかったので見送ってから、キッドは疲れたような声で自身のライバルたる女帝に、今更過ぎて手遅れだろうが、それでも持ち前の面倒見の良さからわずかな同情を口にした。


「捕まえたのなら飼い慣らせよ。

手懐けた程度なら、獣は隙を見せたらすぐさま食いつくぞ」


相棒の言葉にキラーは、「違いない」と少し笑って同意した。











作中でルフィ子が飲んだカクテル


・バーバラ

ウォッカベース 23度

【材料】ウォッカ、クリーム・ド・カカオ、生クリーム

カクテル言葉「従順」


・スティンガー

ブランデーベース 32度

【材料】ブランデー、ペパーミント・ホワイト

カクテル言葉「危険な香り」


・ミント・ジュレップ

ウイスキーベース 27度

【材料】バーボン・ウイスキー、ミントの若芽、砂糖、クラッシュド・アイス

カクテル言葉「明日への希望」

(自分でやってて、スティンガー飲ませてから「これは度数高いからこっちにしとけ」でこれを飲ますのは鬼畜だなと思った)


・ブルーラグーン

ウォッカベース 22度

【材料」ウォッカ、ブルー・キュラソー、レモンジュース

カクテル言葉「誠実な恋」

(自分でチョイスしといて、カクテル言葉に「トラ男、嘘つくなやボケ」と思った)



作中でローが飲んでたカクテル


・XYZ

ラムベース 25度

【材料】ラム、ホワイトキュラソー、レモンジュース

カクテル言葉「永遠に貴方のもの」








「手首へのキスは、欲望のキス」


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