戯れ合い

戯れ合い


「悪かった」

「お前が捕まってちゃしょうがないな。な、お巡りさん」

「コソ泥ちゃんは手厳しいねえ。悪かったって」

 外で待ち合わせにしたのが悪かった。声をかけられて待ち合わせに遅れてしまったのは愛空には珍しいミスだった。いつもなら軽く流してしまえるのだが、こういった日に限って上手く行かないのは運が悪かったとしか言いようがない。愛空は手を合わせて謝った。

 ツンとそっぽを向いた潔。返る声は固い。いつぞやの試合中に使った呼称でもって愛空を刺してくる。今回は全面的に責があるので、愛空は眉を下げた。遅れた理由はわざとではないが、遅れたのは事実だ。精悍な顔付きが濡れた猫のようにしょぼくれた。

 潔が愛空のその顔を見て思わずといった風に笑い声を漏らした。しょぼくれ顔がツボに入ったらしい。笑い混じりの怒ってないよは穏やかな響きで愛空の耳に届く。

「別に良いよ。愛空がモテるのはわかってるし。ちょっと困らせたくなっただけ。ごめんな」

 潔が愛空の肩を軽く叩く。両者共に体育会系の育ち故、こういった身体の接触は慣れ親しんだコミュニケーションで。それに微塵も怒りがこもっていなかったので、愛空は肩の力を抜いた。さっきのはわざと怒った風にしてた、と潔は言う。それに、と潔は愛空の腕を引いた。位置の下がった愛空の耳に、潔が囁く。

「それに、俺のこと見つけた愛空の顔が可愛かったから良いよ。許す」

「……俺そんな顔してた?」

「嬉しそーな顔してたよ。目ぇキラキラしてた。写真撮ってたら良かったかも」

 ぱっと身を離した潔。悪戯に笑う顔はいつもより幼く見える。しかし嬉しそうな顔、とは。そう言われる程の顔をしていたとしたら気を引き締めないといけない。年上としてみっともないところは晒したくなかった。愛空が自分の顔に触れても、そこにはいつもの顔があるだけだ。本当に言われたような顔をしていたかは分からない。

「俺はあんま見たくねえな、それ」

「えー? 意外と気にいるかもよ。俺は好き」

「これでもイケメン路線で売ってるからな。ファンがびっくりしちまうだろ」

 イケメン路線ってのも変な話だが、ファンに応援してもらうのは大切だ。特に今は上が金を気にしがちなので、どうしてもそこら辺を意識せざるを得ない。

「ファンの人にも受けそうだけど……まあ、あの顔は俺だけが見るってことで良いか」

「お前だけに特別、だな」

「自覚してないのにそういうこと言うんだ? 調子良いなおにーさん?」

「クソガキ」

 肩を組んで揺らしてやると潔はやめろよー、とからから笑った。少しして解放してやるとそのまま楽しそうににこにこしている。

「さて、デートの仕切り直しだ」

 愛空は潔の手を引いた。

「お、愛空のお手並み拝見」

「まあ楽しみにしとけよ。がっかりはさせねえ」

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