戦闘終了後
虚夜宮
約束通り、更木剣八に戦闘を譲った後、カワキは一護の許へ歩み寄った。
井上の双天帰盾によって傷を癒す一護。傍に立つ井上は、胸の前で手を握り、込み上げる感情を堪えるような顔をしていた。
『さて。手が空いたことだし、私も治療を手伝うよ。…………? 井上さん?』
「…………よかった……。……本当に……カワキちゃんが無事でいてくれて……!」
驚き、心配、安堵……絵の具が混ざったパレットのように色々な感情が合わさって上手く言葉が出ない。
——驚き。
少し前に霊圧が消えたカワキが突然ここに現れたこと。たった今見せた、共に修行に打ち込んだ時と比べ物にならない強さ。
——心配。
恐らく先程まで瀕死の重傷を負っていた筈のカワキがあれほど動いて平気なのか。
——そして、安堵。
カワキが生きていたこと。ノイトラとの戦いを無事に切り抜けられたこと。
言いたい事も、聞きたい事も、たくさんあるのに、カワキの無事な姿を見ると言葉が形を失ったようだった。
『————……』
「カワキちゃんと茶渡くんの霊圧を感じなくなって……朽木さんの霊圧まで……あ、あたし、どうしようって……」
言葉を詰まらせて瞳を潤ませた井上。
カワキは人形のような顔の下で慣れない慰めの言葉を探して頭を悩ませていた。
井上がこんな顔をするのは自分にも原因の一端がある。泣かせたい訳では無いけれど、何と言えば良いのかわからない。
『…………私も茶渡くんも、卯ノ花さんが治療してくれた。朽木さんの方にも救援が向かっている筈だ。心配はいらないよ』
「…………うん……!」
おずおずと紡がれた不器用な慰めの言葉に、井上が目尻を拭って微笑んだ。
カワキには泣いている相手への対応などわからない。井上が調子を取り戻したことに胸を撫で下ろして話を変えた。
『私より井上さんの状態の方が気にかかるな。体調や思考に異常は?』
一護の治療の前に井上の様子を確認することにして、カワキは探るような眼差しで井上をじっと見つめる。
視線の意味には気付かず、いつも通りの気が抜けるような笑顔で井上が答えた。
「思考? はちょっとわかんないけど……体調なら平気!」
『…………。そうか、それはよかった』
「カワキちゃんは? さっきまで大怪我してたんでしょ……?」
『見ての通り、動きに支障はないよ。それじゃあ、早々に一護を治してしまおう』
万が一、更木剣八が敗れることがあれば破面の相手をしなくてはならないのだ。
今のうちに一護を癒し、井上と共にこの場から逃がせるようにしなくては。
『一護、傷を見せて』
問題無いとは思うが、一護は滅却師の血を引いている。念には念を入れるべきだ。
結界の中の一護と視線を合わせるように膝をついて、カワキは慎重に診察する。
「カ……カワキ、おまえ……! 一体どうなってんだよ! もう何がなんだか……」
治癒術式で治療を始めたカワキに、一護は戸惑いと驚きに染まった表情で、あれこれと問い掛けた。
「本当に体は平気なのか!? つか、いつの間にあんな強くなったんだよ!?」
「あたしもびっくりしちゃった……カワキちゃん、修行の時より強くなってて……」
追求されると困る質問だった。「いつの間に」と問われても「最初から」と答えるしか無い。
『体は問題無い』と前半の質問に答えてから、核心を避けて後半の問いに答える。
『彼は強かったからね。一護だって強敵と戦って成長を感じたことはあるだろう』
「それは……確かにそうだけどよ。それにしたって今のは……」
『さっきも戦ったばかりだ。同じやられ方はしない。治療に集中するから黙って』
「…………」
適当にはぐらかしながら、一護の治療を進めるカワキ。その態度に、一護は呆れたようにじと目でカワキを見遣った。
『その傷は彼に?』
「え……ああ、いや、それもあるけどな。その前にグリムジョーと戦って……」
『……あぁ。確か、現世にやって来た破面の……』
傷を治しながら、別行動をとっていた間に起こった出来事を聞いた。
カワキが意識を失っている間に、一護は危うい状況を幾つもくぐり抜けたらしい。話を聞いてゾッとした。
『君が無事で、本当に良かった……』
「そりゃお互い様だろ」
ヒヤヒヤさせやがって……とぼやく一護の声を聞き流してカワキは治療を終えた。
立ち上がって、くるりと砂漠を見る。
激しく斬り合う更木とノイトラに、獲物を窺う獣のような眼差しを向けて、カワキが囁いた。
『凄まじい戦いだな……』
「……ああ……」
一護は更木の戦いぶりに感嘆しての言葉だと思っていた。勿論、それもある。
だが、どちらかというと——
⦅更木剣八……情報(ダーテン)に記載があった内容よりずっと強い……この短期間でそこまで成長を? まるで……——⦆
——まるで、私と同じ……。
両手で刀を握った更木の一撃。その余波で打ち上がった砂の波を眺めて、カワキは頭を振った。
まだ結論を出すには情報が足りない。
「……へえ。まだ生きてんのか」
砂の滝が落ち切って、二人の戦いの幕が下ろされたかに見えた。
這い蹲るように更木を睨むノイトラは、いかにも満身創痍といった様子で荒い呼吸を繰り返す。
『あれで死なないか。見事なものだ』
本当は、彼にはもっと粘って情報を引き出してほしい。更木剣八の情報にある齟齬を埋めるには、まるで足りないのだ。
だが千切れかけた肩も、斬られた胸も、超速再生のない破面では治せまい。
決着は誰の目から見ても明らかだった。
「呆れたぜ、頑丈な野郎だ。じゃあな」
「! ま……待て!!」
『?』
——何故、止めを刺さない。
それはきっと、ノイトラとカワキの思考が一致した瞬間だった。
どこへ行くと、引き留めるノイトラを振り返って、刀を担いだ更木が答える。
「馬鹿か。終えだ、今ので。戦えなくなった野郎にわざわざ止め刺す義理ァ無えんだよ」
「………………。……そうかよ……だったら尚更……まだ終わりじゃねえ……。俺はまだ……戦えるんだからよ!」
最後まで諦めない姿勢は好感が持てた。無謀な挑戦は愚かだと思うけれど、それが彼の望みなのだろう。
自分には理解できない願望だが、望みのままに生きるのは良いことだ。
更木もカワキと同じだったのだろう。
「しょうが無え。来いよ」
笑って刀を構え直した更木に、ノイトラが突っ込んでいく。
斬り伏せられ、膝から崩れたノイトラに更木が笑いかけた。
「愉しかったぜ。ノイトラ」
これにて、今度こそ戦いの幕は閉じた。
***
カワキ…ちゃんと慰めてあげようと思う人の心が芽生えている。それはそれとして、洗脳系の技にかかってないか確認したりはする。一護の治療はガッツリ手伝う。戦いから得られた情報にはご不満な模様。
一護…ついさっきまで霊圧を感じなかったカワキが突然参戦したこと+何かめっちゃ強くなっててびっくり。質問にはちゃんと答えて貰えなかった。多分こういうところで隠し事ポイントが積み重なっている。
井上…驚きも心配も安心もあって、感情が忙しい。助けに来てくれた友達の霊圧が次から次に消えていった心労は如何ほどか。素直に伝えるので、カワキからの理解度がまた上がった。