なぜ俺がこんな目に 2
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最初は何をやり出すかと思ったが、シャンクスたちとのやり取りはこれまでと変わりなかった。いつものように談笑しいつものように歌う。見慣れたヘドが出る光景だ。
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そんなある日動きを見せた。ウタは徐にウタワールドを作り出し、武器を構えた。
ウタ「ここならあんたはいつでもいるんだね」
ウタワールドでの俺はウタの気分によらずに見えるようだ。姿は人型だが。
ウタ「じゃあ、私の相手になって!」
トットムジカ「は?」
ここで試合するからなんだというのだ。現実には何も影響が無いのに。それにこの俺に敵うわけが
ゴォッ!
トットムジカ「!?」
ドンッ!
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結果としてはまるで敵わなかった。俺が。元あった力のほとんどを失くしているとはいえ、この世界のウタは比喩でもなんでもなく最強だった。
ウタ「どうだった?」
この実力差で評価が出来るとでも?腹いせに俺を殴っただけじゃないだろうな?
トットムジカ「……その強さを元の世界で使えたらいいな」
ウタ「そうだよね…」
溜息混じりに呟いた。ここでいくら強くても元の世界で弱いんじゃ意味は無い。
トットムジカ「ヤソップ辺りに銃の扱いでも教わるか?飛び道具だから多少は怪我しにくいだろう」
ウタ「銃だと殺しちゃうじゃん…それにこの方がカッコいい」
槍や盾はともかく、そのでかい手脚の鎧はお前のセンスか。胴体を守れ胴体を!
トットムジカ「だが船には槍も盾も使う奴なんていないぞ。シャンクスは剣だしな」
ウタ「まあ槍も刺すつもりは無いし…あ、ホンゴウがいた!あの人棒使いだし!」
棒。確かに1番破壊は向いてなさそうだ。武器としてつまらんし殺しの嫌いなウタには向いてるかもな。
ウタ「武器破壊が得意って前言ってたし、殺さなくても相手を止めたりできるかも!」
おい棒でどうやって破壊するんだ。何か仕込んでるのか?それとも本当は棒って破壊的な道具なのか?
ウタ「あ、そうだ。トットムジカって呼びにくいから呼び名考えた」
トットムジカ「?」
ウタ「今からトムね!」
トム「…………勝手にしろ」
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翌日
ウタ「ホンゴウ!棒の使い方教えてくれない?」
ホンゴウ「急にどうしたウタ?」
ウタ「この前海賊に襲われちゃったじゃん?その時耳栓をされてて大変だったから、歌が無くても身を守れるようになりたいの!」
ホンゴウ「そういうことだったか。よしきた!」
ホンゴウの棒捌きは見事というしか無く、まさに自分の身体のように自在に動かしていた。確かにこれは立派な武器と言える。
ウタ「…すごい」
ホンゴウ「まあいきなりこんな風に出来る必要は無い。まずは簡単な動きからだな」
最初こそ辿々しかったが、ウタはすぐ棒に馴れていった。ウタワールドがイメージトレーニングに役立っていたらしい。無意味という考えは改めなければな。
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ウタ「はッ!」タンッ!
ホンゴウ「すごいじゃないかウタ!まるでダンスのようなしなやかな動きだった!」
ウタ「本当!?」
確かにこの動きのキレはダンスを見ているかのようだった。エレジアでの日々はただ無意味に歌唱力を上げただけでは無かったらしい。
ホンゴウ「ただ、こういうところをこうしたらもっと良くなるな…」
ホンゴウの指導は極めて正確だった。気がつけば俺もホンゴウの言葉に聞き入っていた。
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ウタ「凄かったね今日のホンゴウ!」
トム「そうだな。棒にあのような使い方があったとは…って俺を話し相手に使うんじゃない」
味を占めたのか、俺と喋る時にウタワールドを使うようになった。
ウタ「でも私と喋ってる時のトム楽しそうだよ〜?」
トム「やれやれ。とんだ思い違いだ」
ウタ「つれないな〜」
ウタは視線を離すと例の格好になり、昼間教わった棒術のように槍を振り回した。…結構様になっているな。身体丸出し鎧のくせに。
ウタ「でもやっぱりこれ(私は最強)をあっち(現実)で使いたいな〜!」
トム「随分気に入っているな」
ウタ「カッコいいからね!どうやってこれ出そうかな?」
やはり本人はカッコいいつもりか。
トム「能力を鍛えれば出せるようになるかもしれんが、この船に能力者はいないぞ」
ウタ「あ、そうじゃん」
能力者がいないのでは鍛えるノウハウなどわかりようが無い。
トム「能力は後で考えるとして、まずは棒に集中したらどうだ?」
ウタ「だよね!ちゃんと棒覚えなきゃ!」
本当に素直だなコイツは。私が元凶だと忘れちゃいないだろうな?そんなだからゴードンの猿芝居にも騙されるのだ。
ウタ「ありがとうトム!」ニコッ
……まあ、そういう奴だからシャンクスもゴードンも守りたがるのだろう。
トム「……礼を言われる筋合いは無い」
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それからもウタはホンゴウから棒術を学び、どんどん吸収していった。今まで1ミリも触れてなかったのにとても熱心に向き合っていて、ホンゴウも心なしか嬉しそうだった。
ウタ「ん〜〜!身体痛い!」
ホンゴウ「筋肉痛だな。慣れてない筋肉を使うと起きる。しばらくは休みだ」
ウタ「どうしたらすぐ治るかな?」
ホンゴウ「筋肉をほぐしたり血行を良くすれば傷ついた筋肉の修復が早くなる。それでも数日はかかるがな。一瞬で治す方法は無いから、間違っても変なもん食ったりしないように!」
言われてるぞネズキノコのこと。
ウタ「は、は〜い…」
ホンゴウに言われたんならしょうがない。大人しく休んどけ。
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ウタ「〜〜♪〜〜♪」
今度は曲を作り出した。ここ数日はホンゴウに棒教わってたから久しぶりな気がする。どんな曲になるのやら。
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ウタ「ねェトム!私の曲聴いてくれない?」
トム「何故俺なのだ?別に誰でもいいだろう」
ウタ「だってあんた楽譜なんでしょ?だったら私の曲がどんな感じなのか1番分かるかな〜って」
トム「まあ俺には歌を愛する者の(負の)想いが入っている。確かに素人よりはお前の歌の良し悪しはわかるが。……俺に曲の採点をしろと?」
ウタ「そッ!」
ウタの歌声は天から与えられたかのような美しさだ。並みの人間では何をどう歌っても満点以上の何かにしか聴こえないことだろう。
トム「ならば勝手に歌ってろ。とりあえず聞いておいてやる」
ウタ「ありがとう!」
そう答えるとウタは歌い始めた。
ウタ「—————————🎶」
……何度聴いても、ウタの歌声は素晴らしい。聴いていると心が安らいでいく気がする。初めて聴いたあの日から1度も、この歌声を疑ったことは無い。神とやらが俺たちを創っているのなら、ウタの声は最高傑作に違いない。
ウタ「———♪ 」
「ふゥ!どうだった?」
トムはいつもの険しい表情を少し緩めて、余韻に浸っているように見えた。
ウタ「ちょっと!聴いてた?」
トム「む!ああそうだった。以前より心の表現に幅が出たな。エレジアで作った曲とは違った葛藤。弱さを嘆き、強さを求め、前へと足を進めるかのような力強さがこの曲にはあった」
やっぱり曲そのものだからいろいろなものがわかるのかな。こういう風に評価してもらったのはゴードン以外じゃ初めてかも。
ウタ「じゃあ、前と比べてどうだった?」
トム「ああ、良いとは思う」
単にハッピー一色な曲が気に入らんだけだがな。
ウタ「やった♪」
ウタは笑顔になり、小声で喜ぶ。正直言って悲しんでる顔が1番好きなのだが、それを見るために曲の評価で嘘をつくことは楽譜としてプライドが許さなかった。
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ウタ「今日は波が静かだね」
シャンクス「そうだな。ここ最近じゃ1番だな」
ウタ「この海の向こうで、ルフィは何してるんだろうね」
シャンクス「さあ。でもあいつなら大丈夫さ」
ルフィ。ウタワールドでウタや私と戦ったウタの幼馴染か。私が倒れた後はどうしたんだろうか。
ヤソップ「お頭!船がこっちに向かってるぜ!」
ヤソップの視線の先にある船には、海賊旗があった。
ヤソップ「あいつら武器を構えてるな。つまり…」
シャンクス「“やる気”ってわけか」
シャンクスたちに正面から挑むのか。やめとけばいいものを。この前の連中の方がまだ賢かった。
シャンクス「よ〜し、行くぞ野郎ども!!ウタは船番を頼む!」
ウタ「シャンクス!」
シャンクス「?」
ウタ「シャンクスたちの戦い、見届けていい?」
シャンクス「大丈夫なのか?」
ウタ「ちゃんと“海賊としてのシャンクス”を知りたいの!」
シャンクス「……ああわかった!しっかり見ていろ!!」
シャンクスはそう告げ、戦いの火蓋が切られた。
やっぱり、シャンクスたちは強い。相手の海賊をずっと押している。
トム「怖がっているな」
脚が震えていると自覚した時、トムが姿を見せた。私はかなり怖がっているらしい。
トム「お前の事は俺が守ろう。とりあえず身の心配はいらん」
ウタ「それは大丈夫。だけど…」
今まで、シャンクスの戦いをちゃんと見たことが無かった。だからどんな風に戦うか見たくない気持ちがある。残酷な戦い方じゃないだろうかと。
トム「戦いである以上、命の遣り取りは避けられん。やらなければやられる。そういう状況は必ずあるのだ」
敵海賊はどんどん倒れていく。中には血を流しているものも。息が荒くなっていく。
ウタ「……」グッ
目を離しちゃダメ。これも“海賊”なんだ。私も名乗るからには、事実を目にしなくては。
ダンッ!
ウタ「!?」
???「1人船に残っていると思ったら、女か」
この男、シャンクスたちの目を掻い潜ったのか?そして携えているのは…。
トム「どうやら、只者ではないらしいな。棒使い」
ウラモ「我が名はウラモ。この戦いは我らの海賊団が負けるだろう。我も頭を打ち、耳が潰れた。もう長くは無い」
ウタ「だったらもう降参してよ。まだ手当てをすれば助かるかもしれないし、これ以上戦っても…」
ウラモ「だが、タダでは終わらん」
ウラモは武器を構える。
トム「わかっているな?この女は赤髪のシャンクスの娘だ。傷をつけようものなら命は無い…!」
ウラモ「命を乞えと?そんなものへの頓着は海に出た時に捨てた。むしろ強き者に殺されるのなら本望だ」
ウタ「……!」
並みではない覚悟を前に、思わず身がすくむ。
ウラモ「女。貴様に決闘を申し込む。“赤髪”の船員である以上見くびりはしない。隣の男も纏めて来るが良い」
トム「ならば、お望み通り殺してやる。来い」ビィイイイ...
ウラモとトムは激突する。トムのビームをウラモは的確にかわし、ウラモの攻撃をトムが受け止める。一進一退の攻防の中で、
トム「ぐッ!」
遂にウラモがトムを弾き、私に攻撃が来た。
ウタ「!」サッ!
ホンゴウとの特訓が活きたのか、ウタは攻撃を巧みにかわす。
ウラモ「その身のこなし…やはり素人じゃないな!」ヒュッ!
だが全て避けきるのは厳しい。
ガキッ!
トム「危ない危ない」
ウラモ「そんなに女が大事か?」
トム「俺が困るんでな」
ホンゴウのおかげで、棒の動きはなんとかかわせる。でも武器が無いからそれ以上のことが出来ない。何か武器が、それこそ棒でもあれば…
ウタ「…あった!」
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ウラモ「ぬゥ……!」ググググ....
トム「くゥ…!その棒を、離せ!」
揉み合う中で棒を蹴り飛ばし、それは宙を舞った。
パッ
と
ウタ「……奪った」
トム「お前の負けだ」
ウラモ「くッ」
ビィイイイイ....
トム「死n」
ウタ「待って。1人でやらせて」
トム「………はいはい、間違って死ぬなよ」
こう言われちゃしょうがない。トドメの攻撃を抑える。
ウラモ「我などもう1人で充分ということか…ゴフッ」
ウタ「…あんたを、見届けたいの」
ウタは凛々しく棒を構えた。
ウラモ「……行くぞ」
ゴォッ!
最後は一瞬だった。真っ直ぐ迫るウラモをウタが吹っ飛ばして終わり。ウラモは体力を使い切り、立ち上がれなくなった。
ウラモ「……ここまで…だな…」
ウタ「……」
ウラモ「女…名前はなんていうんだ…?」
ウタ「ウタ。…ごめん…痛いよね…」
ウラモ「ウタ…か…。謝るな…!死ぬ時はこうなることぐらい…わかっていたさ……」
ウタ「諦めないで!まだ助かるかもしれないのに…」
ウラモ「良いんだ…これで…!最期までおれは…自由に生きられた…!これ以上、幸せなことはねェ…!!」
彼にとってもっと良い人生はあったかもしれない。けど、それを彼に伝えるのは酷だ。だって彼は、今ある人生を全力で楽しみ、生きたのだから。私に出来ることは、これだけだ。
ウタ「…」スッ
ウラモ「?」
ウタ「——--——-♪」
耳元に顔を寄せ、ウタは歌った。それはまるで子守唄のように静かで、優しい曲だった。耳が潰れていたウラモに聴こえていたかどうかはわからないが、ウラモは眼から涙を流し、痛みを忘れるかのように安らかな笑顔を浮かべた。
ウタ「—————♪」
歌い終わる頃にはウラモは穏やかな表情となり、長い眠りについた。決着が着いたのは、これとほぼ同じタイミングだった。
ウタ「この人は、本当に幸せだったのかな」
トム「さあな。だが、この顔が不幸には見えないな」
私はウラモの最期を噛み締める。『幸せ』ってなんだろう?
ルウ「そこそこ強かったな!」
ヤソップ「“新世界”まで来るだけのことはあったぜ」
ホンゴウ「ん?あれは…」
こっちに気づいた。私は棒を握り、ウラモは倒れている。トムはいつのまにか姿が無く、みんなは気づいてないみたい。
ロックスター「おい!大丈夫か!?」
ロックスターが心配して真っ先に駆け寄る。
ウタ「大丈夫。怪我は無いよ」
ホンゴウ「その棒は…?」
ウタ「この人が持ってた」
シャンクス「じゃあ、初めての『戦利品』だな」
ウタ「……そうだね」
私はやりきれない気持ちで満たされた。