戦いの天秤は——
虚夜宮
更木はカワキの交代要請を渋々承諾し、後ろに下がった。
カワキは誰かの言葉を思い出すように、目を伏せて言葉を紡いだ。
『戦いの天秤は公平でなくてはならない、よく聞かされた言葉だ。受けた傷は返させてもらおう』
蒼い瞳が上向いた。カワキが動く。手にした銃から神聖滅矢が放たれる。
それはノイトラが先程の戦いで、容易く防いだ攻撃だった。学習能力が無いのかとノイトラが退屈そうな顔で舌打ちする。
鋼皮で弾き返そうと腕を持ち上げて——
「ぐ……ッ!?」
貫かれた箇所が抉れ飛ぶ。砂の上に血が飛び散った。
ノイトラの顔が驚愕に染まり、大きく目を見開いた。その様子にカワキが揶揄するように言葉を掛ける。
『天地がひっくり返ったような顔だ。準備した甲斐があった』
「……てめえ……!」
——「俺の体を砕ける奴なんざ、天地のどこにも居やしねえよ」
それは先程の戦いの後、倒れ伏すカワキたちを前に、ノイトラがテスラと交わした会話の内容だった。
話を聞かれていた——つまり、あの時のカワキにはまだ意識があったことを悟り、ノイトラが顔を歪める。
「ちっ……死んだフリかよ」
『死にそうだったのは本当だよ。“フリ”にしてくれたことに感謝しよう』
「……そうかよ」
感謝の言葉を告げるカワキ。ノイトラの眉間には深い皺が刻まれ、グラグラと怒りが煮えたぎった。
「なら今度こそ終わりにしてやるよ!!」
言うや否や、ノイトラが地を蹴った。
一瞬で距離を詰めると、8の字の大鎌を振りかぶってカワキの頭を狙う。
カワキは動きを読んでいたように避け、ノイトラの背後に回って肩を撃ち抜いた。
「ぐ……ッ!」
『返すよ。公平にはまだもう少し足りないかな』
ノイトラが振り向き様に大鎌を振るう。
「……ッ何が公平だ! 戦いに平等も公平も無えよ! 不平等で当然だろうが!」
刃は空を斬り裂いた。カワキは既にそこに居なかったからだ。迫る刃を飛び退いて躱したカワキが、空中で引き金を引く。
——ドンッ! ドンッ! と、数回砂を抉る重い音が響き渡った。
「さっきよりはやるじゃねえか……! 手ェ抜いてやがったのか!?」
『難しい質問だ。……“そうだ”とも“そうでない”とも言えるな』
「あァ!? わけわかんねえこと言ってんじゃねえよ!」
一連の攻防でノイトラはカワキへの認識を「障害物」から「敵」へと改めた。
放たれた弾丸を躱し、大鎌を構え直したノイトラがカワキをギロリと睨め付ける。
「俺に傷をつけたから何だ? 一回、二回くらいのまぐれで勘違いすんじゃねえぞ」
鋼皮を貫いた神聖滅矢を、「まぐれ」と切り捨てたノイトラ。カワキは顔の横まで銃を持ち上げて顎で指し示した。
『何度も言わせないでくれるかな。言った筈だ。“準備した甲斐があった”……と』
まぐれではなく実力だ、とでも言うような台詞にノイトラの表情が消えた。
カワキに向かって踏み込んで吼える。
「調子に乗んじゃねえ!!!」
銃撃を警戒して距離を詰めたノイトラ。
接近戦に持ち込むもカワキは動じない。予想外に堂に入った動きで応戦する。
ゼーレシュナイダーで大鎌を弾き飛ばすと、刃毀れした端から霊子への分解が始まっていく。ノイトラが目を剥いた。
「何だ、てめえのその剣は……!」
『ゼーレシュナイダー。……ああ、分解の方は自前だよ。君の力は私の力になる』
答えてから、武器を霊子へと分解されている事を疑問に思っているのかと気付いて言い直す。
結局、分解の詳細は判然としないまま。舌打ちしたノイトラが手刀を繰り出すも、カワキは巧みに躱し、往なし、打ち払う。
一瞬の隙を衝いて、胸元に霊子の銃口が突き付けられた。
「く……そ……ッ!」
『硬い上に素早い。素晴らしいよ。まさに今の私が目指しているところに近い』
返り血を浴びて微笑む女の顔は人間離れして見えた。
間一髪、心臓を避けたものの、ノイトラの胸から滝のように流れる血は、ペンキをこぼしたように砂漠に太く赤い線を描く。
ごぼりと口元から溢れた血が白い死覇装を血色に染め上げていった。
「……俺が……死ぬかよ……」
ノイトラは体を折り曲げ、苦しげな唸り声を上げた。胸から、口から、止まらない血がぼたぼたと落ちる。
「俺が……てめえに……てめえみてえな女に……!」
気道に血が流れ込んだのか、妙な呼吸音をさせながら、俯いたノイトラはぶつぶつと独りごちた。
「俺が……俺が……俺が……ッ俺が死んでたまるか!!!!」
複雑な感情が入り乱れた表情でノイトラが顔を上げた。
髪を振り乱し、血を撒き散らしながら、鬼のような形相で叫ぶ。
「祈れ!!! “聖哭螳蜋”!!!!」
***
カワキ…接近戦はむしろ大得意。うっかり近付くとボッコボコにしてくるガンナー。ノイトラへの負の好感度の高さがすごい。公平の名の下に報復を仕掛けてくる。公平という言葉の最悪の解釈を披露した。
ノイトラ…カワキを敵と認識。口を開くと煽りしか返してこない女との会話は激しいストレスを齎した。さっきの今で急に銃の威力は上がり、動きは良くなり、カワキに手抜き疑惑を感じる。追い込まれて帰刃。