或る一幕「とある会話」

或る一幕「とある会話」



「ロビン……相談したいことがあるの」


いつになく真剣な声色でナミが話しかけてきた。

その声にロビンは読みかけの本を閉じ、不思議そうな顔でナミに向き直る。


「あら……どうしたの? そんな真剣そうな顔で」


「ウタのことよ」


ナミの言葉にロビンは僅かに居住まいを正す。



ウタ。

”麦わら”の一味の最古参。

我らが船長ルフィが幼い頃、”赤髪”のシャンクスより受け取った不思議な動く人形。


……だった。


その正体はドレスローザを支配していた海賊ドンキホーテ・ドフラミンゴの部下、

”ホビホビの実”の能力者によって12年前にオモチャに変えられていた女の子。

12年もの間、誰からも忘れ去られ声すら上げることができなかった女の子。


そして、ルフィの幼馴染でもあった女の子。



一味の中で唯一彼女と同じく”ホビホビの実”の能力を食らい、

その恐ろしさを痛感したロビンは思う。

自分があの時受けた苦しみを、あの子は12年も味わい続けたのかと。


かつて”麦わら”の一味と敵対していた時、

挑発するためとはいえ、ウタに随分と手ひどいことをしてしまった覚えもある。


だからこそ、12年の間止まっていた時がようやく動き出した彼女の幸せを心から願う。

同時に彼女に危害が及ぶようであれば、率先して守ろうとも密かに誓っている。



あの子に何かあったのだろうか?

ナミ一人では対処できないことなのか?


そんな思考を巡らせながら、ロビンはナミが言葉を発するのを静かに待つ。


「ウタ……あの子ね」


重々しい口調でナミが語り始める。


「すっごく……」


ゴクリ、と知らずの内に溜まっていた唾を呑み込む。


「服のセンスがダ……独特でね」


「…………」


直前で言い換えたようだが、何と言おうとしていたのか察せてしまう自分が今日だけは憎かった。



「この前、街に降りた時にウタと二人で買い物しにいったでしょ?」


「ええ、確かウタの服を買う為だったわね」


本当は自分も一緒に行きたかった。

だが、その時はどうしても購入したい書籍を確保するために、

泣く泣く諦めたことを覚えている。


「その時にね……」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「そうだ。どうせなら、ウタも自分で好きな服を見繕ってみる?」


「いいの?」


「いいわよ。予算内ならね」


「ありがとう、ナミ!!」


そんなやり取りをしたナミの手には大量の買い物袋。


12年、人として生きてこれなかったウタに、

これから目いっぱい楽しいことを教えてあげようと、

張り切って少々買いすぎてしまったことをナミは僅かに反省していた。


「ナミ~」


「ああ、ウタ。買う服は決まっ……!?」


ウタが服を選ぶまで時間を潰していたナミの耳に、弾んだ声が届く。

さて、どんな服を選んだのだろうかと思いながら振り向いたナミは盛大に固まった。


そこには形容し難いデザインの服を高々と掲げたウタの姿があった。


「どう!? いいでしょ!!」


「え、ええ。そうねェ……」


なんだ「YOUR S ON G」って。

描かれている何とも言えない生き物とその言葉に何の関係があるんだ。

というか、一体どこの需要を狙って作られたんだこれは。いやウタには需要があったか。


口から出そうになる言葉を必死に呑み込みながら、ナミは答える。


「他にもこんな服とか……」


「……!!」


「これとか!! 羽の部分がヒラヒラしてかわいいよね!!」


「……!!!!」


次々と出される服にナミは絶句する。


これはいけない。とてもいけない。

こんな服を着てうろついてたら新手の不審者か、

ちょっと他とは違う自分を演出したいお年頃にしか見えなくなる。


この子にそんな業を背負わせるわけにはいかない。

ここは心を鬼にして、きっぱりとダメだと告げよう。


「ウタ」


そう。心を鬼に……


「あ、ナミ。どうしたの? ちょっと買いすぎかな?」


少し不安げに、こちらを見つめる眼差しがあまりにも純粋で……


「……一着だけにしておきましょう」


そう。妥協してしまった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「その後も、変なサングラスをかけてはしゃいだりして……流石に買わせなかったけど」


「……随分と、独特なのね」


ナミの口から語られるウタのセンスにロビンも思わず苦笑いを浮かべる。


元より12年間人形として過ごしてきた子だ。

オシャレに目覚めている可能性は低いし、

少し人とはズレてても仕方がないとはいえ、

話を聞くに、ウタのセンスは元々かなり独創性に満ち溢れているもののようだ。


「素材は良いのよ。でもあの子自身に任せてたらとんでもない服装になりそうで……」


「……ルフィは大笑いしそうね」


二人の脳裏に浮かぶのはウタの幼馴染にして一味の船長ルフィ。


――あひゃひゃひゃひゃひゃ!!! なんだよウタその恰好!!!

――あーっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!


想像の中で、ルフィが腹を抱えて笑い転げていた。


ルフィにそういったデリカシーを求めるものではないというのは分かっている。

分かってはいるが、この予測された未来をウタに迎えさせるわけにはいかない。


二人の意思は今、一つに定まった。


「そういうわけだから、ロビン……あたしの言いたいこと、わかった?」


「ええ、勿論」



――絶対、ウタにマトモなファッションセンスを身に着けさせる。



交わされる二人の誓い。


そんなことが起きているとは露ほども知らないウタは、

ルフィと共に穏やかな顔で昼寝をしていた。



密やかな女の誓いが交わされた、ある日の一幕。


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