融け合うように

融け合うように



「──あの、アルバスくん。その左目って、治りそうにないんですか?」


「ん……左目? どうしたんだ急に」


 それは、最後にして最大の決戦から既に数日を経た、ある夜のこと。

 教導国家や鉄獣戦線の仲間たちと復興作業に励みながら、新たな旅立ちに向けての準備を進め、今日も頑張ったと皆で夕餉の席を囲んだ、その後のことだ。


「アルバスくんの左目、出会った時からずっと傷付いて閉じたままじゃないですか。今更かもしれないですけど、ふと気になっちゃって……」


「あぁ……なるほどな。すまない、言われるまで気付かなかった」


 与えられている自室へと戻った俺を訪ねて来たエクレシアに問い掛けられたのは、俺の左目について。

 思い返してみれば、エクレシアと出会ったあの時は、左目の部分が灼け付くように痛かったのを朧げながら憶えている。それ以降も、確かに俺の左目は機能しないまま今日に至った。


 これは俺自身の記憶には無い、伝え聞いただけの話だけれど。なんでも、この大地に現れた当初の俺は、銀灰の鎧に身を包んだ一匹の竜だったという。

 教導国家へと降り立ち、今にも荒れ狂う劫火のように暴れ出すところだった俺を、あのフルルドリスが轟雷一閃のもとに撃墜したのだと。


 つまるところ、俺の左目が閉ざされている原因はフルルドリスにある、ということなのだけど……教導国家に住まう無辜の人々をおれが手に掛けていたかもしれないという可能性を考えれば、むしろ彼女には感謝しておくべきだろう。

 安いものだ、目の一つぐらい。エクレシアが無事でよかった。


「俺としては、こっちの目は潰れているのが当たり前になっているからな。治る途中の痛み、みたいなものも感じないし……まぁ、このままなんじゃないか」


「そう、ですか……」


 気にするほどじゃないだろうと考える俺とは対照的に、エクレシアは随分と沈痛な面持ちだ。……これは、おそらくだが。


「──昨晩、何か悪い夢でも見たか?」


「っ! どうして、それを……」


「悪夢というのは勘だ。でも、今朝からお前に普段の元気が無かったのは気付いた。単なる悩み事なら、すぐに首を突っ込むのも違うかと思ったけど……流石にな」


「ふふっ……アルバスくんはすごいです。わたしのこと、お見通しなんですね」


 俺をあまり見くびってはいけない。エクレシアのことだ、当然わかる。

 そう伝えれば、ようやくエクレシアは僅かながら表情を綻ばせて、ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。


「──姉様を、夢で見たんです。傷付いて、動かなくなった……あの時の姿を」


 それは、満身創痍となり敵の手中に堕ちていたフルルドリスの姿を、悪夢によって想起してしまったという内容の話だった。

 姉貴分として敬愛する相手の無惨な光景を目の当たりにした、当時のエクレシアの悲嘆が如何ばかりだったかを、俺には想像することしかできない。

 しかし、現状には納得できた。そのフルルドリス繋がりで、彼女に付けられていた俺の左目の傷を連想したということだろう。


「怖く……なったんです。今夜、このまま眠るのが」


 そう言ってエクレシアは、その掌で、俺の胸元に触れてくる。

 常であればドキッとしてしまうようなスキンシップだけど……服越しに感じ取れるほどな手の震えには、そんな気も起こせない。

 痛みは消えても、痕は未だ色濃く残り続けている、俺の戦いの傷。エクレシアの掌が、その上を優しく、それでいて怯えるような手付きで撫でていく。


「また、悪夢を見るんじゃないかって。いつか、その悪夢が現実になるんじゃないかって。わたしの大切な人が……今度はあなたが、その傷だらけの体のまま、わたしの傍から居なくなるんじゃないかって──」


「──エクレシア」


 それ以上を言わせたくはなかった。

 だから、抱き締めることにした。

 強く、強く。そうでなければ、想いは伝わり切らないと思ったから。


「あっ──アルバス、くん……」


「もう二度と、俺がお前から離れるものか。俺がお前を離すものか。悪夢なんてものに、俺たちの絆は断ち切れやしない。……違うか?」


「うぅ……アルバスくんっ……アルバスくん……!」


「うん。そして、それはフルルドリスも同じはずだ。大好きなお前ともう一度会えるのを、きっと待っている。だから、俺と一緒に迎えに行くんだ。そうだろ?」


「はい……はいっ……!」


 言葉を重ねて、想いを重ねて、熱を重ねて。

 やがてエクレシアも、負けじと強く、俺を抱き締め返してくれる。


「えへへ……アルバスくん、あったかいです」


「エクレシアもな。……二人で居れば、こうやって温まれる。だから、大丈夫だ」


 触れ合う互いの体の熱、俺の胸板に押し付けられた彼女の顔から静かに零れる涙の熱。そのじんわりとした温かさを噛み締める。

 しばらくの間、そうやって抱き合っていると──おずおずと、エクレシアが俺の顔を見上げてきて。


「あ、あの……アルバスくん。抱き合って、温め合って、安心できたのはいいんですけど……そのぉ……コッチの方まで、熱くなっちゃってですね……」


「……ああ、俺もそうだ……なんて、抱き合ってるんだから分かるよな。すまない、そっちから言わせてしまった……」


「い、いえいえ! そんなの気にしてませんし、それに……」


 俺の股座を撫で上げるように触れて、羞恥と興奮に紅潮した顔で。


「やっぱり、幸せですもん。愛し合いたいって気持ちが、一緒なのは……♡」


 そんな、嬉しいことを言ってくれるものだから。

 俺はもう辛抱たまらなくなって、彼女の艶やかな唇に口付けを落とした。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「ひゃっ……あっ、あぅぅ……やっ♡」


 お互いの衣服を取り払い、俺がベッドに腰を下ろし、その両脚の間に収まるようにエクレシアを座らせて。

 左の腕で彼女を抱き締め、白く綺麗な背中を自身の胸板と密着させつつ、右の腕でその肢体に触れていく。

 まずは首筋、おなか、太もも。柔らかで滑らかな感触を愉しむために、掌から俺の体温を刻み付けるように、ゆっくりと這うように……触れていく。


「ふ、あっ……う、あぅ……んんっ♡」


 それを一通り堪能できたなら、次はいよいよ乳房に手を伸ばす。

 フルルドリスやフェリジット等、周囲と比べて「大きくはないですよ」と自己申告されがちなエクレシアの双丘だが、俺は決してそんなことないと思う。

 円やかな曲線を描く胸の豊かな膨らみ、その柔らかさと温かさは、そこへ触れる手を伝って、俺に確かな幸福感をもたらしてくれる。何より──


「ひあっ♡ ん、くぅ、う……♡ ぅあ、あぁん……♡♡」


 ──エクレシアの胸は、こうして彼女の嬌声と共に愉しむものだ。

 常にも耳にしている、エクレシアの鈴を転がすような声。それが、この劣情による行為でもって零れ出す。そのことにどうしようもなく興奮してしまうのは、やはり男であることの性だろうか。

 理性の融解が急激に早まり、エクレシアを求める欲だけが研ぎ澄まされていくのを自覚できる。彼女の背中と接触している俺の肉棒が硬さを増したのは、彼女も間違いなく感じ取っているだろう。


「ふ、ぅ……アルバスくん、段々と……あっ♡ 触るの、上手くなってますね……♡」


「ん、そうか? ……そうだといいんだけど」


 確かに初めての時は、それはもう拙い交わりだった。

 お互いに具体的な知識なんて碌に持ち合わせていなかったからこそ、純粋な本能で「もっと強く触れ合いたい」と求め合っただけの、俺とエクレシア。

 あれはあれで、忘れられない幸福な記憶になったけれど──


「──どこを、どんなふうに触れば、お前が悦んでくれるか……回数を重ねるごとに、わかってきているのかもな」


「や、ぁっ……♡ ひゃぁ、あ……♡♡ もう、アルバスくんっ……♡♡」


 俺の指に合わせて形を変える双丘の真ん中、そこで主張を強めていた乳首を不意に強く摘み、弄んでやれば、エクレシアはひと際大きな嬌声を上げてくれる。

 先ほどに交わした抱擁のおかげか、既に彼女の身体はずいぶんと出来上がっていたらしい。ならば胸だけで一度イかせた方が長く愉しめるだろうか……と、考えた矢先だった。


「あ、アルバスくん……♡ わたし、その……♡♡」


 胸を堪能していた俺の右手を、エクレシアが握る。何かを伝えたいらしい。

 どうした、と口に出して訊こうとした。でも、それはできなかった──彼女は、俺の手を、自らの秘所へと導いていた。


「ごめんなさい……♡♡ いつもより、せっかちで……はしたないかもですけど……♡ 早く、アルバスくんのが、欲しくなっちゃって……♡♡ これ以上焦らされるの、我慢できなくなっちゃいましたぁ……♡♡♡」


 すっかり濡れそぼった己の蜜壺へ、男の手を掴んで招き、触れさせ……物欲しげに蕩け切った淫靡な表情を向けてくる少女。

 これが、少し前まで清廉な教導国家の聖女であった娘の晒す姿であると、いったい誰が信じられるだろうか。


 ──俺が、エクレシアを、このように変えたのだと。

 その高揚と背徳感を強く自覚してしまえば……もう、長く愉しむなんて余裕があるはずもなく。


「エ──クレ、シアッ……!!」


「きゃっ……ふふ♡ よかったです……アルバスくんも準備万端、ですね……♡♡」


 自分でも驚くほどの低い声を漏らしながら、膝に座らせていたエクレシアをベッドへ押し倒し、その上に覆いかぶさる体勢となる。

 今の俺は、ケダモノのようにぎらつかせた両の眼をエクレシアへと向けてしまっているのだろう。それでも尚、彼女の蕩けた表情は崩れない。


「いいですよ、アルバスくん……♡ わたしのナカに、来て、くださいっ……♡♡」


 もはや遠慮は無用。互いの両手を絡ませ合って、怒張した己の分身をエクレシアの秘奥へ一息に挿入した。


「──んんんぅうう~~♥♥♥ んあっ♥ はっ♥ はいっ、ちゃっ、たぁ……♥♥」


 エクレシアの蜜壺は一切の抵抗も無く怒張を呑み込み、俺もすぐに抽送を始めた。

 激しい水音の響きと共に、凄まじい悦楽によって、俺たちは融け合っていく。互いの肉、熱、心。それらが境界線を失って、一つだったかのように混じり合う。


「ふうッ、ぁあっ、はぁっ……はあッ!!」


「んっ♥ んうっ♥♥ んおっ……お゛おッ♥♥♥」


 その融け合う感覚が、たまらなく気持ちいい。心地いい。まるで、俺とエクレシアはそうであることが正しい在り方なのだと、そう錯覚してしまうような。

 絡まり合う互いの指、貪り合う互いの分身。それらを通じて交換される熱と快楽に際限なく耽溺していく。

 まだ足りない。何か忘れているはずだ。もっと深く融け合える、何かを──


「んあ゛っ♥ アルバス、くん……♥♥ き、キス……♥♥ キス、したいです……♥♥」


「はぁっ、あ゛ッ……そ、そうかッ……! そう、だったな……!!」


 ──失念していた。あったじゃないか、もっと深く融け合える方法。

 間髪入れず、俺は艶めかしいエクレシアの唇を奪い、彼女も俺を舌で迎え入れる。


「んむ、んぐ、ちゅっ……じゅる、あむ、はぅ……」


「れう、あぅ、じゅる……れろっ、んむ、はふ……」


 乱暴に絡め合って。/相手の酸素を奪うぐらいに。

 強引にぶつけ合って。/その呼気を全て吸い上げるぐらいに。

 狂おしいほどにくっつけ合って。/いっそ壊してしまうぐらいに。


 互いの味を堪能するかのような、捕食とでも呼ぶべきキス。

 手を握りながらも、腰を打ち付けあいながらも、それがどれだけ続いただろう。

 一分か、十分か……一時間か。どうあれ、やがては名残惜しくも酸素を求めて唇は離れてしまう。


「──はあっ! はあっ、はぁ……あっ、あ゛ぁっ♥♥ アルバスくんっ♥♥ 好きっ♥ 好きですっ♥♥ 大好きですうッ♥♥♥」


「ぜぇ、ふぅ──あ゛あッ、俺もだ! 好きだ、エクレシアっ、大好きだ……!!」


 涙でぼやけた視界のまま、酸素の足りない頭で考え出せる言葉は、それだけ。

 事此処に至れば、もはや口から漏れ出す音に然したる意味は添えられない。

 触れ合う肉、絡まり合う熱、融け合う心──眼前に存在する己の半身へと捧ぐ、絆。それが全てだ。


「んあっ♥ あ゛ッ♥♥ アルバス、くん……出そう、なんですね……♥♥ わたしも、もうっ、すぐにぃ……♥♥♥」


「あぁ、ああッ……! 出すぞエクレシア……お前のナカに、俺の、全部ッ!!」


「は、はいっ♥ イギますっ♥ アルバスくんの♥♥ ナカに出されて♥♥ 思いっきりイっちゃいます♥♥ お゛っ♥ イク♥♥ イグイグイグイグイグ……♥♥♥」


 エクレシアの後頭部に手を回し、湿った金髪も抱き寄せて、目一杯に触れ合う。

 彼女もまた、俺の背中を抱き締め、腰の後ろに両足を回した。

 限界へのラストスパートをかけるべく、互いに残る体力の全てを注ぎ込み──全霊の一撃を最奥へ突き刺した瞬間、その時は訪れる。


「エク、レシ……ア……ぁ、う……ぐううぅああッ──!!」


「イグッ──んんんんんぉぉおおお゛~~~~~っっっ♥♥♥」


 決壊した俺の欲望が、濁流となってエクレシアに注ぎ込まれる。

 その華奢な体躯を折れんばかりに仰け反らせた彼女と、奥歯を強く噛み締めながら最後の一滴まで吐き出し切ろうと力む俺。


 互いの絶頂が終わり、情欲の炎が静かな情愛へと鎮まるまでには……少々の時間を要することになった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「──アルバスくんは、ずっとわたしの傍に居てくれますよね……?」


 体を拭いて、寝間着を着直して、ベッドに並んで横たわって。

 融け合った熱も収まり、わずかながらに不安が再燃したのか……隣のエクレシアがそんなことを訊いてくる。

 もちろんだ、と改めて答えるのは簡単だけど──少し考えて、捻り出した。


「エクレシアがそれを望むのなら、そうだな」


「……どういう意味、ですか?」


「脅威は去った。この世界はもう閉ざされた深淵の地なんかじゃない。遠くへ行こうと思えば、何処にだって行けるはずだ。居たくもない場所で幸せになれるヤツなんていないだろうからな」


 好きな場所へ行ける。望む場所に居られる。それこそが自由だ。

 でも、だからこそ、俺は。


「俺は……エクレシアの隣に居たい。お前の隣を、俺の居場所にしたい。それが俺の幸せだ。……お前はどうなんだ? エクレシア」


「……決まってますよ。わたしだって、アルバスくんが隣に居てくれないと、何処に行ったって楽しくなさそうですから」


「そうか。じゃあ、やっぱり──ずっと一緒だな、俺たちは」


 この大地が開かれても、変わらない絆は此処にある。

 それを確かめ合って、手を結んで。微睡みの中でも、俺たちは見つめ合ったまま、眠りに落ちた。



 ──翌朝、同じ部屋から出て来たところをキットに目撃されて揶揄われたことは、語るまでもない。


Report Page