愛も恋もあげるから

愛も恋もあげるから


これは言い訳ではない。

本当に仕方ないことだった。命が掛かっていた。やらなければいけなかった。そうしなければ生き残れなかった。

「ごめんね、デイビット」

君がそんなふうに謝る必要はないんだ。本来それは君が恋して愛した人に捧げるものなんだ。

君はただの女の子なのだから。

カルデアのドクターやスタッフたちが懸命に守ってきた純潔を穢すのがこんな『人でなし』だなんて。

「謝るのはこちらの方だ、藤丸立香」

君がそんなふうに笑う必要はないんだよ。

それは全て、オレが背負うから。


「それで?お嬢の姿がフラッシュバックしてそんなしかめっ面してんのか?」

「……」

「なあ兄弟。オレはお前とお嬢の決断に対して『やるべき事だった』としか答えるしかないのは分かっているだろ」

「……」

「そうしなければお嬢は戦えなかった。お前は戦うお嬢のサポートをした。戦士を支えた素晴らしい決断だと認めよう」

「それは、そうなのだが」

「オレは全能神だ。だけどな、愛の神ではない。あるとしたら戦士への愛だ」


適任は他にいるだろ、と全能神はひらひらと手を振って去っていく。今は無人の食堂の片隅でデイビットは深いため息をはいた。

赤く色付いた頬に潤んだ夕焼けの瞳、自分の半分くらいの厚さしかないしなやかな身体が、自分にはない柔らかい女の『象徴』が、柔らかい唇が、己の5分に焼き付いている。

仕方ないことだった。純潔を失うか、死ぬかの2択ならデイビットだってそれを選ぶ。立ち止まることを選ばなかった(選べなかった)善い人である藤丸立香がそれを選ぶことを分かって提案した。それはほぼ強制的なものだったのだが。

覚えているのだって義務のようなものだ。奪っておいて覚えていないなど決して許されることではない。


「だから、だから──『また』だなんて善くないことだ」

「そんなことはないだろう?」

「なっ」

「さっきあの全能神とすれ違ってなあ。男女関係で悩める青少年がいるときた!ならばオレの出番だろう!」

「フェルグス・マック・ロイ……」

「さあ吐き出せ青少年!俺は男女の営みを否定はしない!それが平等で愛があるのならばな」

豪快に快活にケルトの勇士は笑う。武器を持つ岩のように硬い手がデイビットの肩を叩いた。力強く暖かい手は父を思い出させた。

「そもそも君たち彼女のサーヴァントはオレと藤丸立香の……行為はどう思っているんだ」

「それを聞くのか?オレ個人は特に思うことはないな。むしろ感謝している。あそこでマスターが倒れてしまうくらいならそれは正解であったとオレは答えよう……なあデイビット少年」

「なんだ」

「お前はマスターと寝たのを後悔しているか?」

「……後悔」

「そうならばオレはお前を殺そう。憐れみで我がマスターを奪い、あまつさえ後悔していると言うのならば1人の男として、ケルトの勇士として、他でもないマスターのサーヴァントとしてお前を殺そう」

殺気がデイビットを貫いた。気さくで忘れがちだが彼は紛うことなきケルトの勇士。愛に生きて愛に死んだアルスターの王。数多の男女を抱いて、抱かれて。営みこそ彼の人生そのものだと勇士は笑う。

「お前を殺した後にマスターを誘おうか。部屋は取ってあるからな!傷付く女を慰めるのも男の役割だ」

「それは駄目だ」

「なぜだ」

「……あの子が、他の人といるのを見たくない」

「なら悩む必要はあるまい!もう一度マスターにあって『お前を抱きたい』と言えばいい!」

「それでいいのか?」

「拗れてるお前たちにはシンプルなのが1番だろう?ほらマスターはマイルームにいるから向かえ」

勢いよく椅子から立ち上がり食堂を飛び出そうとするデイビットの腕を掴む。なぜ止めると不思議な顔をする彼を見て思わず笑う。

我がマスターはサーヴァントに負けず劣らずに面倒くさい、そして勇敢な男に捕まってしまったらしい。

「オレは男女関係なく寝るのが好きだ。しかし、平等でなければならない。気持ちよくなりたいなら相手を気持ちよくする。道具なんてもってのほかだ!デイビット、それを忘れるな」


藤丸立香は困っていた。

デイビットと魔力供給という名の性行為をしてからしばらく、デイビットはそんなことがなかったかのように振る舞う。

それは彼の優しさだ。下手に意識させずに当たり前のように過ごさせる。

ど素人魔術師だった自分にロマンやダ・ヴィンチちゃん、スタッフは魔力供給の知識を与えど、それを決して認めなかった。

一般人にそれだけはさせていけないと、犠牲の旅路にそれを失わせてはいけないと懸命にもがいていた。

それが嬉しかった。でも、でもね、

「デイビットに奪われて……とても嬉しかったの」

逞しい腕が、厚くて熱い身体が、不器用に自分を傷付けまいとしていた指が、少しカサついた唇が、

「気持ちよかったの、デイビット」

だからこれは仕舞おう。彼の善意を、彼が成した善いことを私欲にするなんて許されない。


「藤丸立香、デイビットだ。開けてくれ」

無断侵入だらけのマイルームに律儀に声を掛けるなんて本当に善い人だなとぼんやり思う。

笑え、藤丸立香。何時ものように。彼が認めた善い人のように。

「今ロック解除するから待って……どうぞ」

「失礼する」

思わず目を見張る。冷静で石のように動揺する事のない彼の息が少し上がっている。こちらにすら緊張が伝わってしまうほどに強ばっている。

「どうしたの、デイビット」

「藤丸立香、君を抱きたい」

「うん、抱きたい……抱きたい?」

「簡潔に述べれば性行為、SEX、それがしたい」

「落ち着いて?」

「オレは落ち着いている」

「落ち着いている人はそんなこと言わない!」

「……あの魔力供給はしかないことだった。そうしなければ君やオレはエネミーに襲われてここにいなかったかもしれない」

「うん。仕方ないことだったの、それに関しては凄く感謝している」

「仕方ないことだった。必要なことだった。それがオレには嬉しかったと記憶している」

「……は?」

「君が好きだから。君の善性を愛しているから。だからそんな君の初めてを奪ったことがとても嬉しかった」

そっと立香の手を取り祈るように囁く。

「君が好きだから、君を愛しているから……だからどうか、もう一度オレに奪われてくれないか」

立香は顔を真っ赤に染めてデイビットを見る。うるさく鼓動する心臓が静かなマイルームに響いている。

「……デイビット、その」

「なんだ」

「その、今からダ・ヴィンチちゃんたちに私のモニターを一時停止するようにお願いするから……」

「それは」

「あと……せめてシャワーを浴びさせて……!」

その答えに思うままに抱きしめる。細い腕が迷うように持ち上がって、そして男の広い背中に腕を回す。

「痛くしない」

「うん」

「無理はさせない」

「うん」

「……あまり知識はないが、頑張って気持ちよくさせよう」

「……あの時もそれなりに、その……気持ちよかったよ」

「ではその時以上だ」

(え、私死んじゃうのでは?)

「他に希望はあるか」

「え、それじゃあ、その……」

彼女はデイビットの耳に、彼にしか聞こえない声で囁く。

「いっぱいキスしてね、デイビット」

「……臨むところだ」

端末にモニターに関して『了承』のメッセージが届く。

無意識に唾を飲み込む、なにも言わずとも唇が近づく。ああ、夜が始まる。


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