愛のままにわがままに

愛のままにわがままに


推定年齢10歳前後のしかめっ面の少年がそこにいた。胸元に大きく『ミクトラン』とプリントされたTシャツを着たThe・夏休みの少年スタイルの彼の名はデイビット・ゼム・ヴォイド。そう、あのデイビットである。

「まあ!マスターの王子様が小さくなってしまったわ!」

「お父さん小さくなっちゃった」

「わたしと同い歳くらいかしら?なんだか不思議ね」

子どもサーヴァントに囲まれた彼は落ち着かない様子で彼女のマイルームで到着を待つ。あの戦神に呼び出されたかと思えば「祝福(笑)だ」と言い放たれて、気付いたら小さくなっていた。

そこに彼女がいなくて良かった。服の大きさはそのままだったため、上着も下着もずり落ちるみっともない姿を見られるところだった。大至急ミス・クレーンに服を用意して貰い尊厳は保てた。ちなみにあの機織り鶴は「カッ……カワ……ワ、ワァ……」と死にかけていたことは言うまでもない。

「デイビット!小さくなったって大丈夫!?」

「立香」

大慌てでマイルームに駆け込んだ立香はアビゲイルの隣に佇む少年に目を向ける。普段の彼の半分程くらいしかないであろう細い手足に、丸みを帯びた輪郭。年齢の割に大きく見えるのは彼がアメリカ人だからだろうか。

「小さくなったのは体のみ。思考は普段のオレと変わりはない。おそらく、この『オレ』が生まれた時より少し幼いと思う」

「……」

「魔術の施行は少し不安だ。戦闘能力は無いと思ってくれればいい。どうした立香……立香?」

ぽかんと自分を見つめる彼女に近付き見上げる。普段は彼女を見下ろすことになるため、下から見る彼女の顔は新鮮だ。大きな瞳をまん丸に見開いてじっと見つめるその姿にたじろぐ。

「か」

「か?」

「可愛い〜!デイビット可愛い!アビーと同い歳くらいかな?」

「っ!?」

「あーお父さん抱っこずるい、お母さんわたしたちも!」

「順番ね?次はジャックだから」

「はーい」

「立香!」

軽々と持ち上げられ抱き締められる。この姿では彼女より手は小さいし力もない。頬擦りをしながら蕩けた蜂蜜のような瞳を向けられる。ただただ愛しさだけを映しているのだから何も言えないのは惚れた弱みだ。

「今キッチンでブーディカたちがドーナツを作っていたの。一緒に食べにこうか」

「立香、オレは歩ける」

「ドーナツね!楽しみだわ!ジャックとアビーは何味が好き?」

「わたしたちはカラフルなチョコレートが乗ったやつ!」

「わたしはきな粉が美味しかったわ!デイビットさんは何が好きかしら?」

「オレはシンプルにチョコレートが好きだな。じゃなくて立香!」

「食堂にゴーゴー!」

「「「ゴーゴー!」」」

「……はあ」


食堂にいるキッチンメンバーは立香に抱えられているデイビットを見て、なんとも言えない微笑ましい顔をした。同じく食堂にいたカドックとゴルドルフはガン見して憐れみの表情を浮かべる。

「あらまあ、随分と可愛い姿になったねえ。ほらみんなの分のドーナツだよ」

「ありがとうブーディカ」

「んん……マスター。彼を降ろしてあげてはどうかね?精神年齢は元のままだ。さすがに歳下の女性に抱きかかえられるのは気恥しいだろう」

「あ、そっか。エミヤの言う通りだね。ごめんねデイビット」

「ああ……大丈夫だ。うん」

(大丈夫じゃないなこれは)


「大丈夫かデイビット」

「憐れみなら不要だカドック」

「まあ同情はするよ。心底僕じゃなくて良かったと思っている」

「大丈夫かねデイビット・ゼム・ヴォイド。あーその、テスカトリポカなら喫煙所にいるが……」

「ダメだよゴルドルフ新所長。さすがにこの姿のデイビットは連れて行けない」

「それに私も賛同だ。言いたいことは山ほどあるだろうが今日は耐えたまえ。完全に私の勘だが、あの神は今日姿を表さないと思う」

「僕も同意見だ。元に戻るまで現れないだろうな」

「今日はじっとしていてねデイビット。ほらチョココーティングのドーナツ。ほら、あーん」

「あー……」

((やさぐれている……))


こちらを見て笑うのは父だった。大きな手のひらで乱雑に髪を乱して笑う。ムッとした顔をすればまた目尻を下げて笑う。

「恋をしたのかデイビット」

そうだよお父さん。ボクは恋をした。いつかお父さんが言っていた善き人だ。暖かくて、優しくて、星を探す力強さを持った人。善良なありふれた人間。

「大切にしなさい」

うん、いつか彼女のようになりたい。あの子みたいに当たり前に善い行いが出来るなら、ボクはきっと誰よりも人間になれるから。


柔らかな感触と、頭を撫でる優しい手のひらで目が覚める。身体年齢に引きずられたのか、お腹が膨れてうとうとしていたら何時の間にか眠っていたようだ。

肌色で、柔らかくて、暖かいそれは太ももだ。素肌と素肌が合わさる感触に一気に目が覚める。がばりと起き上がると立香は驚いた顔をする。

「おはようデイビット」

「おはよう立香」

彼女はデイビットの頬を包み、コツンとおでこを合わせる。その顔があまりに幸せそうなものだから言いたかった言葉も忘れて受け入れる。

「ねえデイビット。私、今のデイビットしか知らないの。君がどんな人生を歩んできたのかは知っているけど」

悲しい顔をして立香は俯く。魔術なんて知らないで、ありふれた人生をありきたりに歩んできた立香には想像もつかない人生だ。デイビットも自分と同じく、ありふれた少年だったのだから。

「今の小さいデイビットを可愛がったって過去のデイビットが癒されるわけでもないのに」

やっぱり彼女は善き人だ。サーヴァントや人間、彼ら他人の悲しみに同感出来るのは愛されて育ってきた人間だから。それがとても尊いものだとデイビットは知っている。

「その気持ちで十分だよ。オレはそれだけで十分だ」

「デイビット……」

「君のその当たり前の善行にボクは救われた」

抱き締めてくる立香を何も言わずに受け入れる。いつもは簡単に覆うことができるが、この体では簡単に包まれてしまう。これは……うん。悪い気はしない。彼女との新しい体験は少しで記憶していきたい。

あと胸に顔を埋めるのはなんというか、よろしくないが、恋人なら当たり前だろうと言い訳をする。むしろ恋人に抱き締められて喜ばない方がよくないのでは?

「情けないところみせてごめん……」

「気にする必要はない」

「うー……あ、そうだデイビット」

「なんだ」

「一緒にお風呂はいる?」

「ああ……は?」

先程までの悲しみの表情は消えて、イタズラでどこか艶やかなその顔に心臓が疼く。一気に顔の熱が上がるのが分かる。それを見た立香は同じく顔を赤くして笑った。

「じょ、冗談!冗談だから!」

「……立香」

「は、はい」

それは元に戻ったオレに取っておいてくれ、そう耳元で囁かれ潤んだ瞳でこちらを見つめた。ようやく一本取り返した気分だ。


暖かな体温と滑らかな感触、心地よい重さで藤丸立香は目を覚ます。時計を見ればまだ丑三つ時。起床時間にはまだまだ余裕がある。自分の体を太い腕が包んでいる。

太い腕?

暗闇に慣れてきた目が彼を映す。傷だらけの逞しい体。戻ったのか、とホッとすると同時にあることに気付く。

「なんで全裸なの!?」

「それは小さい服を着たままだと元に戻った際に大変なことになるからだ」

「さすがデイビット!じゃなくてどこまで覚えているの」

「そうだな……自分の体が縮んだこと。それがテスカトリポカが原因であること。後は……」

「後は?」

のそりと起き上がった彼はなんの躊躇いもなくその裸体を立香に見せ付けた。顔を隠そうとする手のひらを抑え、細い手首を左手で拘束する。そのまま立香に跨り右手で首筋をなぞった。

「一緒に風呂に入るんだったな」

「しっかり覚えてやがる……」

「さすがに今は入らないが」

「あのあのデイビットさん、その、右手がですね!ひゃあ!」

「風呂に入るのは汗をかいてからでいいな」

近付いてきた唇も不埒な手のひらも拒むことが出来ずに、諦めてそれを受け入れた。

だって、自分だってそれを待っていたのだから。

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