『愛』だとのたまう
なにか悪いことしたかよ、と思う。
なんで、大病患って、親も阿呆みたいに泣かせて、ずっとずっと後悔して死んだと思ったら、馬なんて畜生なんかに…。
今世の母であった馬は俺を産んですぐに亡くなった。
前世の諸々で荒れていた俺にはなかなか買い手がつかなかったが物好きな爺がいつの間にやら俺を買っていて。
『…はじめまして』
連れられていった場所で出会った"ソイツ"。
美しい栗毛の隆々とした馬体に脚曲がりで毛色もドブみたいで貧相な体の俺は劣等感を刺激された。
お前なんて嫌いだ!と何度言い募ろうにも、"ソイツ"はいつも俺の傍について離れない。
いつしか、仕方ないと諦めて傍にいさせることにした。
そして、大きくなって。
競走馬って奴になった。
"ソイツ"とはそこでも離れないまま、一緒に走ったり何だりした。
"ソイツ"の雄大な馬体が横を通り過ぎていくのを見るのが少しばかり、好きだった。
それなりの頻度で外に出ていく"ソイツ"と勝ちきれないまま底にいる俺。
だから、あの時も、俺は"ソイツ"の添え物でしかなくて。
『まさか、まさかの!3歳牝馬、それも最低人気が!有馬記念を制しました!!』
ドブの中じゃ終われねぇだろう、と。
決死の覚悟で前を往く"ソイツ"を差し切った。
まぁ、それで脚をやったが一応は万々歳だ。
『…××』
『なンだ』
ちなみに、"ソイツ"も俺とほぼ時を同じくして引退した。
俺と同じように脚をやってしまったらしく、無敗の『さんかんば』だとかだったのに残念なもんだなと内心思わなくもなかったが。
『……、』
『…俺に勃つなんてお前も好きモンだなァ』
走る仕事が終われば、この仕事になるのは必然というか。
もうこの頃になると、俺は自分に欲を向ける"ソイツ"のために買われたんだな、と何となく察せられるようになっていた。
『…いいの?』
『……嫌だったら全力で蹴りぶちかましとるわ』
あ〜あ、コイツ体デッケェなぁホントに。
双方ハジメテだから勝手が分からんが、…多少時間が押してもヒトは許してくれるだろう。
『僕は、ずっとキミのコトが好きだった』
『…ヘェ?今は?』
『もっと好きだよ。愛してる。……嗚呼、惜しいなぁ。あの日のキミを、もうねじ伏せられないなんて』
低く、暗く、…それでいて甘い声が鼓膜を打つ。
それにぶるり、と震えてしまうのは恐怖のせいか、それとも…。
『別にいいだろ』
『うん?』
『…俺のことは、"こっち"で屈服させとけ』
*
『っ…クソ、待てコラ…っ!』
『ヤダ』
『ふー…っ、ふー…っ、』
『気持ちよくなれていい子いい子』
『クソ…がァ、ガキ扱いすんじゃ、…っ!?』
もう何度目やら。
結局のところ、俺の相手はコイツだけで。
まぁ俺が死ぬ気でコイツ以外を嫌がったからというのも理由ではあるのだろうが。
『そう言えば…キミのことが好きだって、他のやつに言ったら、変わってるって言われたよ』
『い、きなり…なんの、はなし…っ』
『凄く怖くて、体もガリガリで、全然可愛くないって』
『な、ンだよ…今さら捨てるって…っあ゛!』
『…?捨てるわけ無いだろ』
『ぁ、待て、止まっ…!』
『ずっと好きだったんだよ?今は仕事だからしてるだけだけど僕が興奮するのはキミだけなんだからね?そこのところ、分かってる?』
『しら、しらな…っ、───────っっ!!』
…物好きめ。
お前、『さんかんば』ってヤツなんだから、俺より血も、容姿も良い牝馬を宛てがわれてる癖に。
『本当は嫌だけどそうしないとキミの相手ができないから』なんて。
『…っと。まぁ、そういうわけで。
キミの魅力を知ってるのは僕だけってこと』
『はー…っ、はー…っ、ぜぇ、ぜぇ…』
・
・
・
荒い息で、必死に立っているキミを見やる。
誰もがキミを恐ろしい、みすぼらしい、牝馬としての可愛さの欠けらも無いと言うけれど、僕にとってはキミという存在のすべてが愛おしいもので。
『なンだよ』
華奢な体で必死に僕を睨みつけてくる様が可愛い。
何とか自分の方が上だって、プライドを保とうとしているのも可愛い。
しかしそのプライドを引き剥がせば、ひどく弱々しい面が見えて。
声を殺しすぎて、もはや引き攣った呼吸音になっていた泣き声を聞いたのは、一度や二度ではない。
『…××』
そっ、とキミの名をささやくとピクリと反応がある。
僕と一緒にいるときのキミは随分と落ち着いているね。
そう言うと『そんなことはない』とキミは返すだろうけれど。
『ぁ、お、終わった…?』
『さぁ?』
『っ゛!?』
震える声の問いに小休止を終える。
いつもはあんなに口調が荒いのに、この時だけは子どものように助けを求めて。
『ぁ、あ、たすけて、たすけて……っ、**!』
キミにこんな無体を強いているのは僕なのに、その僕に助けを求めるのか。
ひぐひぐと泣きながらも如実に反応している華奢な体をむさぼる。
可愛い、とか、愛おしい、だとか。
そんな言葉では言い表せない感情を、きっと僕は"彼女"に向けているのだ。
向けていて、ここまで来ている。
『あいしてるよ、─────××』
そうささやくと、ほぅ…と甘い吐息が聞こえた気がした。
***
俺:
元ヒトミミ♂系牝馬。ヒト時代は競馬にまったく興味がなかった。
競馬については有馬・天皇賞・宝塚・ダービーを知っている程度。
零細牧場・零細血統の生まれ。
母は俺くんちゃんを産んだあと産後の肥立ちが悪くあぼん。
ヒトミミ時代のあれやこれやのせいで荒れまくっていたところを格安で馬主に買われる。
それから僕と幼なじみになり過ごしていく(絆されたとも言うが)。
3歳時に決死で有馬記念を獲って屈腱炎にて引退。
ヒトミミの記憶を所持しているので滅茶苦茶口が悪い。
見た目はドブみたいな毛色に脚曲がり。そして矮躯でド貧相。
僕:
俺と幼なじみの牡馬。
隆々とした体の良血栗毛くん。
幼いころ俺に一目惚れし、俺に見てもらえるくらい良い男になる!と頑張ってたら無敗の三冠馬になっていた。恋の力って、凄いね。
3歳有馬で俺に負かされたあと、元々持ってた脚部不安が悪化し引退。
三冠馬となったため良血牝馬を宛てがわれたりするが全然興味がない。
俺限定で毎回二回戦をおっぱじめようとする。
なお同期連中間で僕→俺の激重感情が知れ渡り過ぎてて『怖〜…』ってされてそう。