想像と現実

想像と現実



「…どうしてこうなった」

手に持った同人誌を前に歌姫は呟いた。

ジャンルはアダルト向けのメルヘンチックな純愛モノ。内容は…尋も…じゃなくて聞いた話を簡潔に言うと【とある国で身分疲れと息苦しさに心を痛めるお姫様が、両片想いの騎士と愛の逃避行の末に結ばれる】というロマンどころか乙女心をも掻き立てられる物語とのこと。

だがそれだけならまぁよくある創作ネタだ。そういうのは書くも読むも自由だし、こうやって私が戸惑うことも、取引を行っていた部下の女海兵から没収してまでコレを確認しようとはしない。問題はその委細にある。

「やっぱり私と…る、ルフィだよねコレ」

表紙に描かれている姫と騎士のデザインに既視感があった。

姫はウタの髪を下ろして赤色部分を青に変えただけのもの。騎士はルフィの目元にある傷跡が無い代わりに、それより少し下の頬に騎士っぽく切り傷が付いている。全く同じではない…のだが、どう見てもちょっとイメチェンした程度の同一人物にしか見えなかった。

とあれば、もしやこのキャラクターたちの言動も私やルフィに寄せているのでは?

これだけ似せているんだ、言動すら似てるなら作者は間違いなく身近な海兵の誰かだろう。見つけたら内容次第で私直筆のサイン色紙を贈呈するか、二度と創れなくしてやる。

よし、そうと決まれば読むとしよう。これは必要なことであり別に下心はないのだ、決して。

「あくまで確認よ確認。そう、私の妄想の材料にするワケじゃないもの。

…周囲に気配はないわね」

好奇心が強くなりあまり冷静になれていない気もするが、見聞色も機能してるし大丈夫。

いやこんなことに鍛えた技術を使うのもどうかと一瞬考えたがそれはそれ、今日の仕事は終えてるし、今は自室であるルフィとの共有部屋に居る。時間は夕刻を過ぎてるけど、ルフィはまだ仕事中でこの時間帯に部屋の前を通る人はほぼいないから邪魔は入らない。問題ないと判断してベッドに座り読み始める。

それから数分後。

「…やば、ドキドキしてきた」

結論から言ってしまえば推測は当たっていた。なんならお姫様の趣味が歌うことだったり、騎士が昔からの歳下幼馴染で普段は子供っぽいのにいざというとき頼りになるというところまで上手く似せている。ただ何よりも惹かれたのが、お互いが両片想いであること。

そして今、騎士に助け出された後のとある辺境に隠居中のベッドで、姫が騎士へ想いを告げている。彼女は幼い頃から想いを募らせていたらしく心情も多く描かれていたのもあり、溢れる愛を乱れ撃つように伝えている。それを聞いている騎士はというと、あまり自分からは語らずモノローグすらもなかった。だがその分、真面目なときは会話の一つ一つが重みを持っていた。

姫からの想いを聞き届けた彼は笑顔と共にたった一つの言葉で、お互いの想いは成就した。

「…ルフィも、こんな風に想ってくれてたり、行動するのかな。いやでも結構ニブいし天然人たらしなだけで色恋沙汰には疎いし…でも今までずっと私の側に居てくれてるし…けどあのルフィが恋なんて…私だけを想っていてくれないかな…むぅ……あ///」

物語の姫と自分を重ねて、望みを含んだ心境を吐露する。だが冷静になる暇もなく更なる刺激を魅せられ言葉が止まる。

姫と騎士のお互いの想いが結ばれた後、誓い合うように優しくキスをした。それが火種になったらしく、二人は熱に浮かされるように舌を絡ませ口を貪る。混ざる蜜を垂らしながら、そのまま姫は騎士をゆっくりと押し倒し、上気して潤んだ目で騎士に愛と飢えを呟きながら、彼のズボンを下ろし下腹部で張り詰めていた熱を露わにした。姫はそれをうっとりと見つめながら手に取り、既に濡れ溢している自分の肉壺へ迎え入れ、淫靡な声を漏らしながらお互いを求め愛の交わりを始める。

(わ…すご…。なんか、こういう幸せそうに繋がってるの良いな…私も、ルフィと…うぅ、体が熱いよ…)

物語に惹かれて読み耽る熱は治らずウタの体温も上がる。さらには二人の情事を自分とルフィに置き換えてしまい欲求も膨れ上がる。

(ルフィ…あぁ、私がこんなにもルフィを求めるのは、ルフィのせいなんだからね…でもどうしよ、今のうちに発散しちゃおうかな…)

予測していても回避できなかった興奮に火照る体を鎮めようと、本を一度置き片方の手で抑えつつ、もう片方の手を下腹部に沿って伸ばしていく…が、僅かな理性がそれを止めた。熱を帯びた吐息が漏れる。

(んん…だめ、がまんしなきゃ…るふぃのこと、もっと欲しくなっちゃう…でも欲しい…るふぃ…)

ルフィ「ウタ。何読んでんだ?」

(ああッ…♡だめるふぃ♡そんな耳元…で……


………へ?「ルフィ?)」

思わず声のする方へ振り向く。

ルフィ「おう!メシ食いに行かねェか?」

自分の体が軽く震えるほどに浸かっていた妄想から、意識が一気に現実へ戻される。

その瞬間。

ウタ「△⬜︎×〜◑※◇♨︎✳︎〜×☀︎〜!!?」

ルフィ「うお、大丈夫か?」

ままならない声を上げながら勢いよく本を閉じ、大慌てでベッドから立ち上がって振り向きざまに本を背中に隠す。先程背後から顔を覗かせていた、ウタが求めてやまない愛しきルフィと対面する。

が、そんなウタの口から出でるは罵倒であった。

「ばか!バカ馬鹿!!ルフィのえっち!!すけべ!!耳元で囁くのは反則!いつから居たの!?」

ルフィ「なんかよくわかんねェけどごめん!さっき来たとこだけどよ、何読んでたんだ?」

ウタ「そ、それは良かったわ。読んでたのは…えと、あんたには難しい本よ。ほら、晩御飯食べに行くんでしょ?私は準備するからルフィは先に食堂へ行って待ってて!」

ルフィ「おう、わかった!」

疑うことなく聞き入れてくれたルフィが部屋から退室し、食堂へ向かったのを見送ってとりあえず安堵する。しかし思考は錯乱したままだ。

私としたことが、まさか夢中になってルフィの気配にすら気付かなかったなんて。あーもう、顔が熱い、鼓動がうるさい。それに体の熱りが冷めない。多分原因は…さっきの、ルフィからの囁きだろう。気持ちが昂ってたとはいえ、あんなのずるい。ヘッドフォン越しなのに、彼の声で体が悦んでたなんて言えるわけない。名を呼ばれた時の感覚を思い出すだけで、ゾクゾクと甘い痺れが再び駆け巡る。

しかしこれ以上はまずいと考えたウタは、冷静になろうと煩悩を追い出すように頭を左右に振る。どのみち妄想は妄想。この先、結ばれるとしても立場的にルフィと私があの物語のようになる訳ないだろうし。

今在る現実と夢の区別はしっかりつける。落ち着け私。

ルフィを待たせてしまっているため、急いで本を隠し下着を変え、手を洗う。しかしすぐには冷静になれず、先程のことが頭から離れないせいで動きはぎこちなかった。しばらくはルフィとまともにやり取りできそうにない。

「どうしてこうなるのよぉ…」

未だ悶々とし紅潮している顔を写す鏡を前に、歌姫は嘆いた。




後日、件の同人誌の作者がバレてウタから呼び出しを受けることとなった。

さらにその後の作者の部屋には、ウタ直筆サイン色紙と次期販売予定のグッズ一式を先行プレゼントされたものが、丁重に飾られていた。

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