幸せだった?
もう、駄目なのだと思った。
戦い続けた。
逃げ続けた。
傷ついた。
傷つけられた。
どうしようもなく……限界だった。
故にこそ、ここに至った。縋るようにして。
歌声の果てにある──世界へ。
「ねぇ、ルフィ。覚えてる? この場所でこのマークをルフィが描いたの」
「ああ、覚えてる」
薄汚れて、ボロボロの姿で。傷だらけの身体で。
身を寄せ合うようにして二人はその場所にいた。
それは思い出の世界。過ぎ去った過去の世界。
「あの時、なにこれって言われたんだよな」
「だって下手だったし」
言いつつ、ウタは自身の左腕にあるマークに撫でるようにして触れた。
全ての始まり。共に誓った“新時代”はここから始まったのだ。
「随分遠くまで来ちゃったね」
「十年だからなァ」
互いの顔を見ることができなかった。並び立つようにして二人はいる。
「シャンクスに置いて行かれて。ガープさんには無茶ばかりさせられて」
「ジャングルに放置された時は大変だったなァ……ウタが猛獣を眠らせて、その間におれがウタを抱えて逃げて」
「ダダンに預けられてからはエースとサボに出会って」
「今思えばあの時のエース怖かったよなー」
「今では優しいお兄ちゃんの記憶しかないけどね」
「サボもいい兄ちゃんだったぞ」
「うん。……そうだね」
二人で思い出の場所を……フーシャ村を歩いていく。人の姿はない。
ここは二人だけの世界だ。全てを終わらせるための。
「────」
風が吹いた。直後、何かが宙を舞う。
麦わら帽子だ。ルフィの大切な帽子。シャンクスの……帽子。
「……子供?」
麦わら帽子が飛んだ先。そこに、一人の少年がいた。その少年は足元に落ちた麦わら帽子を拾う。
自分とルフィ以外にいない世界。そのはずなのに、そこにいる一人の少年。
その少年をウタは知っていた。
「──ルフィ」
幼き頃の、出会った時の姿のままのルフィがそこにいた。
◇◇◇
風に飛ばされた麦わら帽子。それを拾ったのはウタであった。だがその姿は今の彼女の姿ではない。
あの日の……出会った頃の姿だ。
「……ウタ」
麦わら帽子を拾った彼女へと声をかける。そこでルフィは気付いた。いつの間にか自分の体も小さくなっている。
あの日。シャンクスの船に乗ってウタが現れた日。あの頃と同じ姿だ。
「ねぇ、ルフィ」
麦わら帽子を被りながら、幼いウタが言葉を紡ぐ。
「──幸せだった?」
麦わら帽子に隠されていて、表情は伺えない。
「海賊になる夢を諦めて。私なんかと一緒に海軍に入って。挙句にこんなことになって」
あなたは、幸せだったの?
幼き少女は問いかける。
「フーシャ村を出て、よかったの?」
この場所で、ずっと穏やかに過ごしていれば。
そうすれば、もっと。
「幸せに、なれたんじゃないの?」
風が吹く。
二人は、いつしか触れ合うほどに近付いていた。
◇◇◇
麦わら帽子をルフィが被る。そのせいで表情が読めなくなった。
そこでウタは気付く。自分の体も小さくなっている。あの日、ルフィと初めて出会った日と同じ姿に。
「なあ、ウタ」
少年は問う。
「──幸せだったか?」
その言葉から、感情は読み取れない。
「辛い思いはたくさんしたはずだ。痛くて、怖くて、どうしようもなくて泣いた日もあったはずだ」
お前は、幸せだったのか?
幼き少年が問いかける。
「フーシャ村を出て、よかったのか?」
そうすれば、こんな辛い思いなんてしなくてもよかったんじゃないか。
今のお前みたいに、泣かなくてもよかったんじゃないか。
お前は、もっと。
「幸せに、なれたんじゃないのか?」
風が吹く。
二人は、いつしか触れ合うほどに近付いていた。
◇◇◇
幼き最愛の人からの問いかけ。それはきっと、ずっと心のうちにあったこと。
だから、二人は答えたのだ。
「幸せだった」
「幸せだった」
ルフィも、ウタも。
「いや、今も幸せだな。ウタと……一緒にいられる」
「今も私は幸せ。ルフィと……一緒だから」
それが最大の幸福であったから。
「おれの夢はウタと一緒にいることだからな。色々あったけど、まあ、済んだことだ」
「泣いたことは何度もあるけど。いつだってルフィが側にいてくれたから。だから大丈夫だった」
決して平坦な旅路ではなかったけれど。
それでも、後悔はない。
それだけは、していない。
だから──
「フーシャ村を出たことに、後悔はない」
その果てが今であっても。
あの始まりは、否定できない。
「今はまあ、色々としんどいことも多いけどな。ウタが一緒なら大丈夫だ」
「今は辛いことばかりだけど。でも、ルフィが一緒なら大丈夫だから」
息を吐く。
こんなことも、忘れていたのか。
私たちは──二人で最強だ。
今がどんなに辛くても。
──ウタがいるなら。
──ルフィがいるなら。
どこまでだって、歩んでいける。
「おれは」
「私は」
だから、きっと。
「幸せなんだ」
麦わら帽子を受け取る。目の前にいる幼き大切な人は。
小さく、微笑んで。
「頑張れ」
そう、言葉をくれた。
「頑張るよ」
二人の声が重なる。
──また、風が吹いた。
一度閉じた目を開けると、そこにいたのは大切な人。
ずっと一緒に歩いてきた人。
「はい、帽子」
「おう、ありがとう」
その帽子を被せるその瞬間に。
二人の唇が、重なった。
「行こう」
どちらがそう言ったのか。
もう、どちらでもよかった。
光が見える。その先に待つのは過酷な現実。
けれど、二人なら。
──きっと。
淡い光の中で。
こちらに手を振る、幼き少年少女の姿が見えた。