情緒不安定
ラウダに八つ当たりし逃げ出したあとからのラウダ視点です呆然としたまま書類を持ったラウダに発破を掛けたのはセセリアだった。
「突っ立てないで早く追いかけろ!!!!」
珍しく敬語も煽りも忘れて声を荒らげたセセリアに、弾かれるように正気を戻したラウダは近くまで慌てて来ていたシャディクに書類を押し付ける。既にグエルの姿は廊下にはなく、盛大な舌打ちをしてはグエルの後を追い掛けた。「嫁あっち!」「こっち走ってたよ!!!」「嫁そのまま中庭行ったよ!」と廊下にいた生徒の先導のおかげで迷うこと無くグエルの元まで辿り着いたが、息はもう切れきっていた。なんだあのフィジカル。元々タフなのは知ってたが体力凄すぎないか、パイロット科だぞこっちは。ベンチに両足を乗り上げ、膝を抱えたままぴくりとも動かないグエルにゆっくりと手を伸ばす。
「グエル」
手を肩に置き、ゆっくりと揺さぶる。返事も何も無い。冷たい体に息を呑む。グエル、と何度も声をかけるも返事もなく、ぴくりとも動かない彼女に意識がないことを理解しては、なりふり構わずラウダはグエルを抱き上げた。あっさりと抱き上がったグエルの体はやはり通常の体温より低く、ラウダはゾッと肝を冷やした。なんでこんなに冷たいんだ。一般寮に送り届けなければ、いやこの状態なら医務室か?でも医務室も一般寮もここからは遠い。じゃあ何処に。…ここから、1番近いのは。腕の中でグエルが小さく声を上げる。痛みを耐えるような呻き声を上げ、はぁ、と息を吐き意識は無いのに眉間に皺を寄せているグエルを見ては、ラウダはぐちゃぐちゃ考えることを放棄し、そのままここから1番近い、ジェターク寮へと走り出した。
───
突然嫁を抱き抱えながらジェターク寮に帰ってきた寮長を揶揄うほど、ジェターク寮生は馬鹿ではなかった。と言うより、余りにも真剣な顔をしたラウダ・ジェタークとその腕の中で顔色悪くぐったりとしているグエル・レンブランを見て「お持ち帰りっすか寮長!」「寮長ったらおあつー!」と口笛やらクラッカーを鳴らすほど空気が読めない訳でもない。
ラウダの元に駆け寄ったカミルを眺めながらペトラとフェルシーはどうしたんだろうと首を傾げた。なんでグエル先輩がここに?と疑問符を飛ばす2人に、後ろから自分たちの先輩が声をかける。振り向けば少し暗い顔をした先輩が、2人だけに聞こえる声でそっと耳打ちをし、ペトラとフェルシーはぎょっとした顔をしながら慌てて話をする2人の元へと走り出した。
「ペトラ、フェルシー?」
どうした?とこちらに気づいたカミルに、ペトラとフェルシーは、グエルの状態をなるべく正確に、それでも一応はオブラートに包んでは小声で2人に告げる。カミルはやはりかという顔を、ラウダは目を見開きながらも、どこか納得したような顔をしてはグエルを見下ろしていた。
「2人は必要なものを用意してくれるかい?僕はグエルを部屋で寝かしてくる」
「「はい」」
「カミルはグエルの外泊申請をして欲しい、内容は…カミルに任せるよ」
「了解」
ラウダはありがとう、と微笑んではグエルを愛おしげに抱いたまま寮長部屋に消えていく。ペトラとフェルシーは先程自分たちに耳打ちしてくれた先輩に頭を下げ、購買へと走り出す。カミルはラウダに頼まれた通り外泊の書類をタブレットから呼び出していた。
──
ベッドの中で、小さな唸り声を上げながらも眠り続けるグエルを横目に、ラウダはベッドの端に腰を掛けた。フェルシーとペトラが買ってきたものと、1部の女子生徒が渡してきたというものが入った袋の中身を確認する。女性用用品はわかる。お菓子やらお湯で溶かして飲む粉末ドリンクもわかる。何だこのモフモフの服は。誰だこれ渡したの。あと何だこの謎の真っ白いよく分からないぬいぐるみ、ボタンを押すと暖かくなるから湯たんぽかなにかなのだろうか。だとしてもなんか、気味が悪い。白く長い体がちょっと、なんだろう、不気味だ。顔を見てるとすごく、こう、心がざわめく。怖い。頭の当たりになにか生えてるし、あと何故か立つ。立つなよ。ラウダはそっとそれをサイドテーブルに横たわらせ、袋も一緒に置いた。再びグエルを見るも彼女は起きる気配はなく、むしろ少し体を丸めては苦悶の表情を浮かべている。脂汗を浮かべる額をタオルで拭えば、グエルは「さむい」と小さく呟く。ぼんやりと開いた瞳が、涙の膜を貼りゆらゆら揺れている。
「グエル」
「…ら、うだ…さむい……いたい……」
「寒くて、痛い?」
薬を飲む?と問い掛けてもグエルはふるふる首を振る。効かない、とか細い声で告げられた言葉に、ラウダはそっと布団の中に入ってはグエルをあまり刺激しないよう、優しく抱きしめた。ゆっくりと背中を撫で、体温を分けるように腕の中にグエルを仕舞ってしまえば、彼女は小さく息を吐いた。
「あ、たかい…」
「よかった、グエルが暖かくなるまで、痛くなくなるまで、ずっとこうしてるから」
「…そ、う…よか、た…」
うれしい、そんな言葉を最後に、漸く眉間の皺がとれ穏やかな顔になったグエルの小さな寝息が聞こえ出す。余程痛かったのか、余程寒かったのか、ラウダには一応知識としてのそれはあるが、女性特有のそれは無いので痛みもしんどさも分からない。しかし後輩たちから袋を渡された際「多分めっちゃ重い人だと思います」「結構しんどい人かもなので、優しくしてあげてください」と言われたので、女性の中でも特に辛い方の立場なのだろうとは察することは出来た。触るなと悲鳴をあげた時の顔、ごめんなさいと謝る時の顔、何方も悲痛と苦痛を混ぜ合わせた見たことの無い顔…いや、見たことがある。己の父に、お前は自分の娘だと告げられた時に似たような顔をしていた。怒りと悲しみと、辛さと、何も信じられなくなった絶望の顔。同時に、星の煌めきのように前を向いた彼女の顔を思い出す。美しく、芯のある、誰にも真似出来ない一番星のように。貴方の罪を許さないと言い、そして、何も分からなくなって逃げ続けていた自分の手を握り、「結婚してくれ」と跪いた彼女の美しさを、ラウダは知っている。
「痛みも、苦しさも、寒さも、悲しさも…今度は僕が全部受け止めるから」
今はゆっくりおやすみ。僕の愛しの1番星