悪魔の五つ子がいい子if

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鳥の囀りが聞こえる。緩やかに意識が浮上し、デリザスタは目覚めた。ベッドから抜け出してカーテンを開ける。日の光が眩しくて目を細めた。しかしそれは不快ではなく心地よいものだった。マゴル城にいた頃は太陽が届くことも、決まった時間に寝て起きることもなかったため慣れるまでは大変だったが今では板についてきた。木目の温かみある自室の景色にも愛着を持てるようになった。

デリザスタは軽く髪を括り、身支度を整えリビングに向かった。リビングではドゥウム、ファーミン、エピデムが朝食の準備をしていた。刃物の使用は禁じられているが、パンケーキやプリンを作るのに必要ないため特段不便ではない。

デリザスタがおはようと言えば兄達から挨拶が返ってくる。手伝いに加わって準備が終わればテーブルを囲って朝食を共にする。当たり前になりつつあるそれに未だ心をくすぐられる。

食後は本日のスケジュール確認だ。リビングの壁にかかけてあったスケジュールボードをテーブルに置いて4人で眺める。魔法のスケジュールボートには各々の監督責任者による筆跡で今日の予定が書き込まれていた。これは魔法局にあるスケジュールボードと繋がっていて文字を書くと、この家と魔法局のボード両方に反映される。

ドゥウム宛は「魔法警備隊訓練監督補助 ついでに人類最高傑作直々に自己肯定感の高め方をレクチャーするぞ!」、

ファーミン宛は「管理局 事務処理 時間厳守で来い」、

エピデム宛は「研究所で手伝い プリン貰ったからおやつに食べよう」、

デリザスタ宛は「本が入荷されたため、開架書庫の整理をお願いします。気になる本があれば借りられます」と書かれていた。

「兄者、今日は魔法警備隊の訓練補助だって。あと自己肯定感の高め方を教えてくれるってよ」

「そうか。ありがとう。訓練補助はわかるが自己肯定感の高め方を教わるとは…?」

「わからない。また配ってくれるんじゃない?」

ドゥウムの予定を読み上げるのは専らファーミンだ。

「オレは書庫整理だって〜新しい本来たらしいから良さげなのあったら借りてくんねぇ〜」

「でしたらプリンに関する本があれば是非お願いします」

「モチ探しとくー」

無邪気な深淵が倒されたあの日から彼らの全てが一変した。お父様が計画を成功させようが、魔法局がそれを阻止しようが、死ぬことには変わらない。自分達を殺す相手が変わるだけ。そう考えていたのに、現実はどうだ。心臓は元に戻り、処刑もされずこうして兄弟で穏やかに生活を送っている。曰く、セル・ウォーの熱心な供述によって「悪魔の五つ子は情状酌量あり」と判断され、神覚者の管理下で社会奉仕を課すことになったらしい。ドゥウム、ファーミン、エピデム、デリザスタは魔法局にて神覚者のサポートをし、ドミナは変わらずヴァルキス校に通っている。加えて、学校に行けなかった4人は時折、暖炉の間で基礎的な教育を施されている。

現在、彼らは魔法具によって魔力を制限されていて、一線の白魔導士程度の魔力量になっている。魔法具が吸収した魔力は定期的に魔法局に回収され、イノセント・ゼロによってばら撒かれてしまった魔法不全ウイルスの罹患者の治療のために利用されている。有事の際は管理者の許可の下魔力の解放及び杖の使用が認められているが、今まで一度も解放されていない。それが平和の証左でもあった。

食器の片付けをしていると、玄関からノックが聞こえた。

「デリザ、頼めるか?」

「おっけー」

デリザスタは小走りで玄関に向かう。この時間ならノックの主は十中八九彼だ。

「セル坊ー!おはよ、朝からお疲れー」

「デリザスタ様、おはようございます。牛乳をお届けに参りました。」

扉の先には牛乳を抱えたセル・ウォーが深々と頭を下げていた。

「牛乳ありがとー。調子どう?」

「はい。この生活にも慣れてきまして順調です。ご兄弟様はいかがですか?」

「オレらもいい感じよ〜あ、そうそう!今日の夕方ってセル坊暇?」

「終業後でしたら空いております」

「ドミナとマッシュがさ〜放課後にこっち来てくれんの!セル坊も来いよ!」

「え、ですが…私めがご兄弟様の歓談に加わるなど烏滸がましいです」

「んなわけねぇよ!それにマッシュのやつ絶対大量にシュークリーム持ってくるからさぁ。オレらと一緒に食べるの手伝ってよ。な?」

「…では、お言葉に甘えて」

「ヨッシャ!んじゃ仕事終わったらここな」

「かしこまりました。楽しみにしてますね」

「おう。仕事がんばれ〜」

セルは牛乳を渡すとまた頭を深く下げて去っていった。

リビングからはデリザスタを呼ぶ兄達の声がした。それそろ魔法局に行く時間だ。

「じゃ、オレもがんばるか〜」

悪魔の五つ子は、現在、人間として生を全うしている。

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