悪魔と約束

悪魔と約束



(僕はどんな手を使っても、姉から呪いを取り払う…

そう…どんな手を使っても…)


グエルは目の前で頭を下げている彼女に問う。

「…何故、俺にそんなことを頼む?」


 「姉のためです」

 「俺はジェターク家の者だ、地球寮に入ることはできん、そのことはわかっていただろ?」


 「わかってます…」


 「地球寮には許可取ってあるのか?

そんなに地球寮に地球所属じゃない奴が出入りしたら寮の名前に傷が付くだろ」


(その通り…

やっぱり、人の好き嫌いでなびく問題ではなかった…

このアスティカシアにおいて確執がバランスをとっているのは変わらないか…

どうしたら…) 

「……」

「もう今日は帰って――」


 ガサッ

 キャンプ場近くの草むらが揺れる気配がした。

「!」

グエル目掛けて拳1つ分の石が投げられたのをアイリスは庇うようにして咄嗟に前に出た。


 ゴッ

「あがっ…」

嫌な音、ヤバい声がしたと思ったらアイリスはグエルの目の前でこめかみを抑えていた。


「おい!!」


「だ、大丈……怪我…ありませんか、グエル先輩…

…うわぁ、血が…

でも、いや見た目よりかは浅…」


「とりあえず抑えてろ!」

グエルはアイリスの抑えている手をどかし傷を確認する。

彼は青ざめてテントの救急箱のスプレーを慌てて当てた。


「何で…、そんな体を張るんだ…どうしてこんなことをした…?」

「…姉のため…です、どんな手を使えるんですよ…」


「……っ」


仏頂面の彼の顔が歪むのをアイリスは見逃さなかった。

 意識が遠退くのを感じる。

 ――そう…どんな手を使っても…――


――――

ああ、そうだ、思い出す、ここは…知ってる、あの時の夢?


「あははっコラコラ~そんなに舐めないでよ!」

犬と戯れてる小さい頃の僕は、ゴドイさんに保護されるまでオックス・アースの子会社の1つ「シェバト」で働いていた。


「みんなー、ごはんだよ!」

鉄格子に囲まれた動物たちに毎日餌をやってお世話をする。

それが僕の仕事だった。

衣食住もそこで過ごすため、完全に髪はぐしゃぐしゃで、身体中草だらけ。

だけど、それが嬉しかった、彼らが僕に対する警戒心はなくなっていったから。

置くのすみで震えている犬がいた「おいで?」

犬の震えは止まらない。


「そうだよね、こわいよね、でもごはんは食べないとね?

君のために砕いて食べやすくしたんだ、それと僕のパン少し…他の子にはヒミツだよ」


 通じたのかわからない、でもそうしてご飯を食べてくれて少しでも心身が回復していくのを僕はとても嬉しかった、必要とされているようで。


こうやって動物たちのケアをしていたから大人からも、「健康的な動物に仕上げてくれて助かる」と頭を撫でた。嬉しかった。

“彼らが何をされているのかも知らないで”


―――

 その夜、僕は一緒に寝ていた牛の寝相がよくなくて、別の子と寝るために少し移動していた。



「… だから、このまま研究を続ければきっとうまく行く!」


 この声は、知っている僕を一番に優しくしてくれていた老人の研究員だった。

 若い研究員と話してるのか、熱弁をしている。


 「夢みたいな話と思いません?

それのためだけに動物をみんな…ねえ?」


 「ヴァナディース事変での記録、データストームを克服する存在がいるに違いない!

それを擬似的に再現できれば我々も正当に評価される!」


 (むずかしい話?データストーム…?) 


「キャリバン・エイクなんてもの、使い物にならないって格付けされてるのに?」

「そうだ!

ちょうど、ジャンク扱いで回ってきたルブリスがあるんだ!

それにあの子がケアすることで健康的な動物も揃っている、これはチャンスなんだ!」

 いつもは優しい口調のそれは利己と好奇心に取りつかれたそれだった。


 それが恐くて僕はその場でよくわからないまま逃げてしまった。


 ――――

 

 「どうして!?みんな帰ってこないの?」


 動物たち全員を連れていく研究員に泣きついていた。

 最初は種別にされて連れていった。

だんだんと動物たちをなだめてもなだめても、無情にも連れていかれ、もう誰も残っていなかった。


「大丈夫、みんな帰ってくるよ」

 上辺だけの笑みを残して老人は立ち去ってしまった。


 一人取り残された飼育小屋で泣くしかなかった。

「どうして…みんな、どっかいっちゃうの?

みんなも…スレッタも、お母さんも…会いたい…」

 

 「探しましたアイリスお嬢様。」

 「ひっ…だれ?」

 先程話していた研究員の血を浴びてゴドイさんはそこにいた。

――――

 僕はゴドイさんの片腕に抱えられながら研究室の奥地に連れられていった。


 「確保した、あとはこのガンダムを起動し輸送するだけだ」 

 何人かの部下に声をかけるが、彼らは明らかに動揺して「それがですが…」

「ギャぁああああ!!」

 コクピットから人が出るとデータストームが発生していた。

 「このガンダムを起動しようとした者の何人かが、データストームになっています!」

「なんだと…」

キィィイイ――

 そこで機械音が鳴り響く。

 (呼んでる、待ってる…)


 恐かったんだろう、何故なら“ルブリスにされたんだから”誰にも近寄ってほしくなかったんだ。

 僕はゴドイさんの片腕から抜け出てコクピットに入った。

 「アイリスお嬢様…!」

 「死ぬ気かあの子は!?」


 「データストームが発生しない…?

……

彼女は俺に任せろ、お前たちは待避だ」

「会いたかった…ここにいたんだね?

いてくれるんだね?一人にしないでくれるんだね…?」

 ガンダム・キャリバン・エイクから感情が溢れる。

 [嬉しい][喜び][安堵]

 「大丈夫、僕がここにいるよ…どうしようね?」

 そう聞くとまた感情が流れ込む。


[痛い][恐怖][痛い][悲しい]

    [壊す]

 「いいよ、[壊す]をしよう!君と一緒ならできるよ!君のやってほしいことを!」

そうして、迷わず呪いの海に飛び込んだのは紛れもない僕自身だった。


そうしてオックス・アースの子会社「シェバト」はこの世から姿を消した。

 表向きは“研究による大爆発”で処理された。

 ………

  そう、もう、最初から手が汚れてるなら。

いっそのことどこまでも汚れてしまえばいいんだ。

――――


 そして意識は、現代に戻る。

 そうだ、僕はグエル先輩を庇って石に…

 いや、ちがう


あの時、

魔が差したのだった。


草むらの音で位置も把握していた。

投石が誰にも当たりそうにないこともわかっていた。

 きっと向こうだって本気で当てにきた訳ではなかったんだろう。

ヒュンッ


 だけど、思ったのだった(ああ…ここで当たれば、この人はきっと…)


ゴッ

それがどれほどグエルの首を絞めるのかも知らずに。

 (最低な考えだ)夢の中でさえも心底自分を軽蔑するアイリス。

 


  「わかった…責任は取る…」

 まだ意識が遠退いてる中でも、その言葉だけがハッキリと聞こえた。

 

 (責任なんてもの、あなたにはないのに…

そのまっすぐさを利用する自分はまるで…

手段を選ばない悪魔だ)


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