悪夢
◆ZrONIBKxMk「…めろ……や……くれ…………なんで………………やめろォ!!」
まただ。グエル・ジェタークは悪夢から覚醒した。
正確には、今もまだ彼は悪夢の中にいる。だから外の様子など全く理解もしておらず、今自分がどこにいて、誰がここに連れてきたかすらも理解していない。理解できるだけの余裕が、ない。父親の血で汚れた手と脳にそんな余地などあるものか。
ただ悪夢を打ち切って、呪詛のように言葉を唱え、たまに部屋を漂う栄養ドリンクを吸って、ひとしきり涙して……やがて泣き疲れたら意識に幕を下ろし、再び悪夢を見る。それがここ数日の彼のサイクルである。
「進めば、2つ…………進めば……」
「何を言ってるんだ、あいつは?」
「さあ、イカれちまったんでしょう。話を聞くにはもう少しかかりますよ、アレは。」
今見ていた悪夢は、かつての知り合いの命を悉く自分で奪ってしまう夢だった。殺めたくはない。そう思っているのに手が、モビルスーツが動いてしまう。その魔の手はヴィムのみならず、かつての級友にも向いてしまうのだ。
「ぐ、グエル先輩!」
「先輩、何で……こんなことを……」
「グエル・ジェターク……そうか、君は……」
「グエル、そういう冗談はやめてくれ」
「アンタ、正気なの……?」
「兄さん……兄さん…………」
決まって彼にとって救いだったのは、彼の悪夢には"彼女"自身が出てこないことだった。それはそうだ。彼にとってその人はどうしようもなく強くて、大切な人なのだ。……だからこそ進んだ。そして、目の前に立ち塞がった物を打ち倒した。それが父だったと知らずに。
……そこだけは疑いたくなかった。しかし、狂気に抗って必死に考えれば考えるほど、そこが元凶なのだ。
逃げたら1つ、進めば2つ。
その言葉で、ようやく進む決心がついた。しかし進んで手に入れた2つは、人殺しなどということをしてしまった経験と、親殺しという呪い。こんなもの、誰が望んだ。
逃げて1つを、父親にけじめをつけてもらうことを望めばこんな苦しみはなかったはずなのだ。……今からでも逃げ道は、あるにはある。
そういう夢だって見た。彼は何度、自分の手で自分を物に帰そうとしたか。しかしその度に真っ赤な──それこそ、今では血の色にすら見える──髪の女が脳裏に浮かび、それを止めて目を覚ます。
「スレッタ・マーキュリー……」
あの時と違い、血塗られた手では手を取ることすら許されないかもしれない。でもやっぱり、今の彼の中には、そこに進むしか生きられる理由がないのだ。
いっそ彼女の手も血に塗れていれば。そうならば、共に這い上がることも、堕ちることも……流石にそれは、悪趣味が過ぎる。
悲しくて、笑いが零れる。丁度やって来ていた、食事を届けに来た人間はその光景に何を覚えただろうか。
こうしてグエル・ジェタークは再び悪夢に堕ちる。瞼を閉じたその視界はおそらく赤く、鮮血か、"彼女"の幻に染まっている。